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人と牛のための建築――管理する舎ではなく、敬意を表する社としての設計(後編)

みなさん、こんにちは。牛ラボマガジンです。

今回は千葉ウシノヒロバの建築設計をお願いしている建築設計事務所「TAIMATSU」と協働メンバーであり、個人でも設計事務所を主宰されている溝部礼士(みぞべれいじ)さんにお話を伺いました。

溝部さんは、千葉ウシノヒロバの中で牛の居場所である牛舎の設計を担当されています。人が過ごすための建築と、牛が暮らすための建築、そこにはどのような違いがあるのでしょうか。今回はその後編です。前編はこちら。(このインタビューはオンラインで行いました。)

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「神社」としての牛舎

──前回の中山さんのインタビューでも、「みんな牛を殺したいわけじゃないんだけど、状況的にそうなってしまう。山地酪農の選択肢がない人も牛に対して冷たくしたいわけじゃない。もちろん愛はある。でも、仕方なくそうなってしまう。」というような話がありました。だからこそ、予算や環境といった現実的な部分とバランスをとるような違う選択肢が用意できるとすごく素敵だと思います。今回の設計では、そういった現実的なことと、牛を大事にすることのバランスはどう考えられましたか。
まず牛舎の形態でいうと、つなぎ飼いやフリーストール牛舎などさまざまある中で、「フリーバーン牛舎[*1]」と呼ばれる方法を採用しています。アニマルウェルフェア的な観点からもフリーバーン牛舎が一番良いだろうと判断しました。成田ゆめ牧場さんに見学させていただいた八千代市にある牛舎が同様のフリーバーン牛舎を採用しており、人と牛との関係のバランスがいちばん取れていると感じました。

デザインに関しては、あれもこれも考えたのですが、経済的な理由やオペレーション的な面で、なかなか良い手立てがなく、本当に行ったり来たりの繰り返しでした。なので、やっていること自体はそんなに目新しくないかもしれません。
今回のケースは、キャンプ地が隣り合っているので、それぞれの関係性や距離感をどう調整していくかということと、牛舎にしかないスケール感をどう出していくかに気を配っています。

──「牛舎にしかないスケール感」について、詳しく聞かせていただけますか?
設計前に、神社の話をしていたことを覚えてますか?

──はい、覚えています。ぼくは牛ラボマガジンの編集だけでなく、施設コンセプトの設計にも携わっているので、溝部さんとはこれまでいろんな話をしてきました。牛舎についても、今回の施設は牛が主役なので、牛舎を特別な場所にしたいと、ぼくから溝部さんにお伝えしました。人間と比べて牛のほうが大事だと言うつもりはありませんが、そこが大事な場所だという雰囲気が溢れ出るような場所になれば良いと思い、「神社」というメタファーをあげました。人間が気軽に牛にちょっかいを出すために近づくのではなく、ちょっとここ大切な場所っぽいなって外から見ても感じてしまうような。といっても、入りづらい空気があるわけでなく、身近にある特別な空間というような。ウシノヒロバにおいて、牛舎をそういう場所にしたいと相談をしましたね。
メタファーとして、「神社」はすごく的確なイメージでした。お互いの時間を邪魔せずに建っている点が良いですよね。たとえば、神社にお参りに行っても中には勝手に入れません。宮司さんだけが中に入ることができて、神事が行われている風景を外から眺める。でも、それだけで精神的な繋がりを感じる。牛舎もまさに同じです。
観光牧場と言ってしまうと、見世物小屋みたいに感じてしまうかもしれません。でも、牛と人間の関係はそういうことではない。何か通じるものを感じとれる施設として、そういうことが伝わる構えの建築をめざしました。

身近にある建築の多くは、人間の身体寸法を基準につくられています。でも、中には人間以外を意識した、人間の寸法からは生まれない建築も存在します。たとえば、神社とか、教会とか、工場とか、ハチのための虫小屋「バグハウス」とかもそうです。ぼくはもともと、そういった「普段の寸法と違うスケール感でつくる建築」を非常に魅力的だなと感じていました。さきほど言った、ウシノヒロバ内の既存牛舎もそうですね。
今回の牛舎は、屋内高さが4.6mあり、太い柱が1.5mピッチで続く空間になっています。これは普通の建築だとなかなか見られないモジュールです。高さは、除糞や敷料作業の際に重機がぶつからないように計算されている。柱のピッチは、牛のつなぎ止め具の寸法に合わせて決められています。そうして形を決めていくと、特殊なサイズ感になり、普通とは違う現れ方をする。わざわざデザインしようとしなくても、人間の生活する空間とはまったく違う空間ができあがっていきます。
それ自体は他の牛舎も同じなんですが、それをうまく見せている牛舎は少ないんじゃないかと思います。なので、そういう部分をしっかり見せていくことが、「崇高さ」へと近づいていくんじゃないかと考えました。そして、それを実現できれば、キャンプ利用客との関係性とか、従業員との関係性とか、ふれあい牛との関係性とかも、整えていけるのではないかと考えています。

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象徴としての「屋根」

──「しっかり見せていく」というのは、具体的にはどういった部分になるのでしょうか。
預託の敷地は高低差5〜7mほどの緩い傾斜地になっていて、その頂上側に牛舎を配置します。放牧地にあたる斜面は西日で照り光るような場所です。やること自体は非常に単純で、見上げるようにして見える大きな屋根を丁寧に見せていくことを意識しました。
ひとつひとつのパーツについては、牛舎専門の施工会社の方がいままでに蓄積してきた仕様があるので、形を細かくデザインし直すことはしていません。ただ、どこを強調して見せるべきかにはできる限り気を遣って進めています。
今回は、崇高さを出すための解として、「屋根」に着目しました。

少し話がそれますが、実は家畜化に至る歴史や動物の住処について勉強をはじめたんです。素朴な疑問として、野生だった頃の牛はそもそもどこで寝ていたのかということが気になって、本を買って読みはじめました。ライオンなどの野生動物が巣をつくらないことはよく知られていることかと思います。でも、鳥やビーバーなどは巣をつくるんです。その違いは何なんだろう、牛はどうなんだろうと思ったのがきっかけで調べはじめました。
家畜のはじまりは、1万年以上前、イヌ(現在でいうとオオカミ)が最初と言われていて、人間が狩猟採集民で定住せず移動していた時代から関係があったそうです。その後人間が定住生活をはじめ、農耕文化へと移行していくと、他の動物の家畜化も加速していきます。現在の牛の祖先であるオーロックスが家畜化されていったのもこの頃だそうです。当初は、森へ行かない程度の囲い込みで人間の近くに留まらせ、半家畜化ともいうべき緩い管理でした。人が近づいても平気でいられる従順性が備わっていたことも重要な点とされています。そして長い年月(1000年以上と言われています)を経て、人間のコントロールが及ぶようになってきて、搾乳や運搬などさまざまな用途に使われていったと考えらえています。

そして、ここからはあくまでもぼくの予想です。今でこそ、牛舎は動物を管理下におくための家として捉えられているかと思いますが、最初はその意味が違ったかもしれません。
牛や家畜全般のために初めて屋根をかけた瞬間は、純粋に「管理下におく」という意味よりも、「敬い」の気持ちがあったのではないでしょうか。だから今回の牛舎を設計する際に、今の近代酪農のような、牛を管理していくためのものでなく、牛を敬うような意味で屋根をかけられるといいんじゃないかと思ったんです。

──たとえば、昔は木が神の依代だとされていました。そこに屋根をかけてあげることで、「社(やね+よりしろ=やしろ)」になっていく。それが神社だった。そう考えると、牛を崇高な存在とみなして屋根をかけてあげたとき、そこが社になっていく情景は、神社のメタファーと繋がってとてもしっくりきました。
牛だけではなく、植物でも良いんです。なにかを敬って屋根をかける行為は非常に重要で特別な行為のはじまりだと感じます。あくまで仮説ですが、これは今後の牛舎建築にとってヒントになるんじゃないかと考えています。

ただ、これはこれまでの牛舎を否定したいのではありません。飼育に関わる人の愛情も知っているし、これまで設計に関わってこられた人たちの知識や工夫の蓄積も、もちろん大切にすべきことです。
全体の形は合理的に決まっていくものの、効率化しすぎてもよくない。しかし、効率化せず牛にとってよい環境ができたとしても、人がストレスを抱え込んでしまうかもしれない。それはそれで意味がないので、人と牛の幸せをどう両立するかを考えながら進める必要がありました。

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「舎」から「社」へ、利便性や効率性を越えて

──ぼくも、便利とか効率とか、そういった簡単な言葉で片付けられる場所にしたくなかったんです。2010年代は効率や便利の時代でした。でも、人間にはもっといろいろなことが考えられるはずだと思っています。とはいえ、インテリ以外お断りみたいな場所にしたいわけではなく、複雑でさまざまな問題を一生懸命ひとつひとつ考えた、意味のある場所にしたいんです。そういう意味で、屋根を大事に考える牛舎はとても素敵だと思いました。
ウシノヒロバには牛を飼育する牛舎とは別に、観光客が牛と触れ合うことができるふれあい施設もありますが、その施設についても共通するメタファーを用いようと考えています。防疫・感染の観点から、ふれあい牛は預託牛と離さなければいけません。でも離してしまうと、いわゆる観光牧場でもよく見られる、さわり放題の牛が孤立してポツンといる存在になってしまう。そうなると、ウシノヒロバが大切にしている理念も伝わらない。なので、もともと存在している樹形を起点にエリアを決めて、樹木に沿わせるような形でつくろうと考えています。さきほどのメタファーでたとえるなら、社の摂社や、神社の近くにある小さい祠のイメージです。先住の神様を祀る祠だったりお地蔵さまだったり。
牛舎は崇高な空間だけど、ふれあい牛の舎は地域住民と近い距離感。お地蔵様によだれかけをかけてあげたり、お花を添えてあげたり、そういう存在にできないかと考えています。

──ありがとうございました。最初の「1000年残る建築」の話から、一直線に繋がりましたね。
ウシノヒロバのプロジェクトがはじまり、どこから取りかかろうかとチームで話をしたとき、待ってましたと言わんばかりの勢いで「牛舎設計がやりたい」と手を挙げました。なかなか大変なこともありますが、もともと人間とは違うスケールの建築を建てたいと思っていたので、そこには縁を感じています。

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編集後記

過去から学び、本質を見つめ、問い直す。溝部さんのお話からは一貫した思考プロセスを感じました。特に「問い直し」は今回の取材全体を通したキーワードであり、これからをどう考えるかにおける重要なヒントだったのではないでしょうか。
取材後の雑談の中でも、今まさに多方面で問い直しが起こっているという話題になりました。新型コロナウイルスの件があり、暮らし方や働き方が大きく変化しました。それに伴い、あらゆることが今までと同じ様式のままではうまく機能しなくなっています。

たとえば、私たちが暮らす家は「住」だけを扱う場ではなくなってきています。テレワークになり、家が「職と住」の場へ変化しています。これは余談ですが、かつて家は「職と住」の機能を一緒に担っていたそうです。仕事も冠婚葬祭も、家で行われていました。しかし産業革命以降、人々は都市を発明し、家の機能を都市へとアウトソーシングしはじめます。その地点から今を見れば、再び機能が家へ戻ってきているといえます。
私たちは今まさに過去から学び、本質的な問いをもって暮らし方を捉え直すべきタイミングにいるのかもしれません。もっといえばそれは、人間以外の動物や地球といった自分の外側にあるものとどう付き合っていくべきかを考え直すことにも繋がっているように感じます。

溝部さんのお話を伺う中で、もうひとつ発見がありました。問いをもつには学びが必要不可欠だということです。無知である事柄に対して、学ぼうとしなければ「わからないことがわからない」状態のまま、問うための視点を得ることができません。溝部さんからお伺いした「1000年残る建築」という話や、東大の高橋先生が言われていた「100年後の地球のために何ができるのか」は、まさに問い直しのための視点ではないかと思います。
正直私はまだ、何をどう問うべきか、視点を定められないままでいます。これまでずっと、自分の今と将来を考えることに必死で、地球や動物といった自分の外側にあるたくさんのことを知らないままでした。しかし、自主的な学びや牛ラボマガジンでの取材を通して、未知と向き合う姿勢を得ることができています。小さな変化かもしれませんが、私にとってとても大きな一歩だと認識しています。
これからも、読み手にとっても、そんな学びを提供できる牛ラボマガジンにしていきたいと思います。(s)

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*1 フリーバーン牛舎
フリーストール牛舎と同様に、牛が自由に歩き回れるスペースを持った牛舎の形態。フリーストールと違い、寝床の仕切りが存在せず、牛はそれぞれ牛舎内の好きな場所で休息を取ることができる。室内で放し飼いに近い環境を実現できる、アニマルウェルフェアに配慮した牛舎の形態。

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インタビューに答えてくれた方
溝部礼士(みぞべ れいじ)
1985年東京生まれ。早稲田大学芸術学校を卒業後、設計事務所勤務を経て、2012年に溝部礼士建築設計事務所を開設。
住宅をはじめ、福祉施設や集合住宅など、用途や大きさを問わず、社会性を持った視点で取り組む。「残る」ことこそが建築にしかできない価値だと考えて、「1000年残る建築」を意識するようになる。
みんなで創り上げる緊張感、誰も目を向けないことにも拘りの愛を持つこと、そんなことを楽しみながら活動している。
Reiji Mizobe Architects  http://reijimizobe.com

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(執筆:稲葉志奈、編集:山本文弥)