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牛の命とビジネスの狭間で(前編)

みなさん、こんにちは。牛ラボマガジンです。牛ラボマガジンでは「牛」を中心としながらも、食や社会、それに環境など、様々な領域を横断して、たくさんのことを考えていきたいと思っています。
第2回となる今回は、現場に近い視点をお伺いするため、畜産事業を展開される経営者の方へインタビューを実施しました。

ご協力いただいたのは、株式会社Meattech 代表取締役社長の中山智博さんです。中山さんはご実家が牧場を経営しており、小さなころから畜産が身近に存在する環境に身を置かれていました。現在は、なかやま牧場・ルミノ牧場の経営に関わりながら、「畜産×テクノロジー」という分野で新たな事業を展開されています。今回は、畜産に直接関わる経営者の目線をお借りし、これからのビジネスについて考えていきます。今回はその前編です(後編はこちら)。

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テクノロジーによる畜産業界のアップデートを目指して

──中山さんは大学で農学を専攻され、卒業後15年ほどはIT関係のお仕事に従事されていたそうですが、畜産ではなくITへ進もうと決めたきっかけは何だったのでしょうか。
当時は、費用対効果や時間効率の良いビジネスに憧れがありました。牛は3年間手間暇かけて育てても、生産者へ入るお金はこれっぽっちです。「なんて効率が悪いビジネスなんだろう」という、もどかしさがありました。一方、小岩井乳業株式会社さんや日本ハム株式会社さんは、事業規模に対して飼っている牛の数が極端に少ないにもかかわらず、自社ブランドで食品加工メーカーとしての知名度を上げ、売上を確立しています。「(費用対効果や時間効率の良い)これこそが、これからの畜産農家がめざす形だろう」、そんなことを考えて、メーカーやITの道を志望しました。

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──2000年代は時代の空気としても効率化が重視されていた時代だったように思います。あらゆることが、簡単に、わかりやすく、便利になることが求められていました。それが最近になりようやく「便利なだけでいいのだろうか?」と、安易なわかりやすさを疑う雰囲気へと変わってきました。そういった中で、逆に「畜産において、テクノロジーだからこそできないこと」はありますか。
たとえば、野菜や魚はテクノロジーを武器に一次生産者から最終消費者へのDtoC(Direct to Consumerの略。工場や生産地から、中間業者を介さずに直接買い手に届けること。)をつくりあげつつある状態です。それと同じように牛や豚でも、当然DtoCを実現できるだろうと考えていました。しかし、牛や豚は生きたままECサイトに載せるわけにはいきません。誰かが「と畜(食肉や皮革にするために、牛や豚、馬などの家畜を殺すこと。)」しなければ提供することができません。そしてそれには、と畜場や、と畜検査員が必要になります。つまり、かんたんには中抜きができないのです。

普段誰かがやってくれていると畜の事実を、理屈上、構造上、概念上、理解しているつもりでも、本質的に理解できていませんでした。それは、テクノロジーで解決ができない問題としてとても初歩的なことなのですが、大きな障壁でした。

流通の改善から、味覚の研究へ

──テクノロジーでDtoCが実現できないとわかった後、中山さんが取り組んだプロジェクトについて詳細をお聞かせいただけますか。
と畜場でと畜した肉を買い戻し、ECサイト上での販売ができれば、いくらかの流通マージンを削減することができます。しかし、流通方法よりも「枝肉等級」や「格付け等級」と呼ばれる流通規格を変えられないかと考えるようになりました。 

牛一頭をと畜する際、C-1からA-5までの15等級いずれかのランクが割り振られます。日本の流通規格ではA-5に最も高値がつき、A-3と比較すると約1.6〜1.7倍もの違いがあります。つまり、A-5を育てる方が圧倒的にビジネスとして効率が良い仕組みになっています。
一方、なかやま牧場で生産される肉の多くは、BやA-3です。A5をめざすには、サシが多量に入るような育て方をしなければなりません。しかし、なかやま牧場では、その動物本来の行動や状態を尊重する飼育方法を採用しています。格付け基準を意識した育て方とは、方針が少し違うのです。
では、A4以下のお肉は美味しくないのかというと、そんなことはありません。たとえば、アメリカやフランスではA5のような霜降りの脂身よりも、赤身に寄った肉質の方が好まれます。

そこで、流通規格以外の食味規格をつくれないかとはじめたのが「味覚研究」でした。それは、人が食べて実際に感じた官能評価や、科学分析・画像解析を用いて、牛肉の味覚測定を行う研究です。それをさらに血統別、農場別、部位別に分類し、マトリックスを作成して消費者に提示することができれば、食の価値を、既存の流通規格で決めるのではなく、「食べる側が食べたいと思ってくれるかどうか」で決めるようにできるかもしれない。そんな市場の変化をめざしてはじめたのがMeattechでした。

──それを実現するためには、食べる側のリテラシーも上げる必要があるかと思いました。テレビでもWebメディアの記事でも、「A5」や「食べログの星3.5」など、他人の基準を使って食材を選ぶことが一般化してしまっているように感じます。普通に生きていると牛について勉強する機会もないので、わかりやすい基準に思考停止しているとも言えるかもしれません。
五感自体が言語化するには不確実な感覚であるにも関わらず、画一的な定義を求めすぎる風潮は感じます。ただ、この活動を2年やってみて、自分たちの取り組みの中にも一種の矛盾を発見するに至りました。例えば、「従来の格付け基準よりも、アニマルウェルフェア[*1]的に育てた抗生物質も使っていないクリーンなお肉が良い」という価値基準をつくれたとしても、それは今の流通規格の上塗りにすぎません。

本当に大切なのは、基準を塗り替えることではなく、一人ひとりが自信をもって好きなものを選べる社会をつくることです。自分なりの理由で、これが好きだと堂々と言えるようになることです。だから、A5を求めるユーザーがいれば、それをつくることも決して間違いではありません。私たちは、私たちの選択として、育成理念の観点からそれをしないというだけです。育てる側にも食べる側にも、そういう多様性が必要なのだと、最近になってようやく気づきました。

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牛の命、人間、ビジネス

──アニマルウェルフェアに関しても様々な議論があるかと思います。例えば、「アニマルウェルフェアといくら言っても結局は牛をビジネスにしている」そんな批判も耳にします。それに対して、中山さんならどう答えるでしょうか。
それは難しい質問です。Meattechの立場から答えるならば、生産する牛の数は減らす必要もあるのではないかと考えています。日本には年間約100万頭の牛が出荷されており、と畜されています。その事実はどうしても覆りません。だから、今後30年で場合によっては頭数を減らしていく決断もあり得るのではないかと考えています。ただ、経済としては、減らした分を何か別の領域で補っていかなければいけません。例えば、代替の動物性タンパク質をつくったり、代用肉や培養肉を活用したり。環境負荷的な罪を最大限少なくしていくことが、今の代の経営者としての使命であると自負しています。

ただ、知っておいて欲しいのは、畜産業を生業にしているものの、私も牛を殺したいと思っているわけではないということです。多くの畜産家は、アニマルウェルフェア的な考え方を持っているけど急にやめることはできないやむを得ない状況にあるのです。だから、そこで現実的な解決策として何を提示できるのか。それをアニマルウェルフェアの視点を持つ、様々な人たちと一緒に考えていきたいと思っています。
シンプルな対立構造にすると、いつのまにかこちらは殺したい側になってしまいます。しかし、本来そんな人はどこにもいないんです。

──「培養肉が畜産を滅ぼすんじゃないか」というように、培養肉と畜産もわかりやすい対立構造で描かれる場面をよく目にします。以前、CNET Japan主催のイベントで、中山さんは「畜産と培養肉は対立ではなく、共立していくものです」というようにおっしゃっていましたが、具体的な構想はあるのでしょうか。
共立の方法としては、大きく2つの構想があります。1つ目は、IPビジネスへのシフトです。
培養肉には、いくつかのつくり方が存在します。一つは、東大の竹内先生が実践されている牛の筋繊維から筋繊維を培養する方法です。こちらの場合は、筋繊維を採取するための生体が必要になります。もう一つは、アメリカ、イスラエルなどで盛んに取り上げられている方法で、受精卵の中にある幹細胞を培養する方法です。この場合には、和牛の胚が必要になります。これこそが畜産農家の持つ権利です。この権利をうまく活用する方法があるかもしれません。また、バイオリアクター[*2]などを牧場に併設することで、牧場と培養肉プレイヤーがしっかりと握手できる時代が来ると言えます。

2つ目は、市場をわけることです。この方法において重要な点は、培養した和牛の味が食材として活きるものであるかどうかです。味が半減しないのであれば、廉価版、安いお肉、ミンチなどはどんどん培養肉へ代替されていく可能性もあります。だからその場合は、畜産農家と培養肉とで市場をわける必要があります。畜産家が育てる生体としての牛がより高付加価値の和牛へ向かっていくことで市場のセグメントを明確にわけることができれば、手を組めるのではないでしょうか。

──アニマルウェルフェアに関しては、小さい頃から持っていた観点だったのでしょうか?
実はアニマルウェルフェアという観点を認識したのは起業してからでした。家業の牧場自体、アニマルウェルフェアを意識して飼育方法を選択しているというよりも、「良いと思ったことをやっているだけ」という姿勢です。自分の家のスタイルしか知らなかったので、他の牧場を見るようになってはじめて「これはアニマルウェルフェアという飼育方法らしい」と自覚を持ちました。

とくになかやま牧場は、商売よりも倫理的な部分をすごく大切にしています。それゆえに、ビジネスの判断においては慎重に決断するケースも多いのではないかと思います。しかし、倫理的な思想を大切にしながら事業をやっていたからこそ、自然とアニマルウェルフェアの姿勢へと繋がっていったのだと思います。

(後半に続く)

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*1 アニマルウェルフェア
生き物である家畜を、誕生から命を終える瞬間まで、なるべくストレスが少なく健康的な生活ができるように飼育することを目指す畜産のあり方。なかやま牧場ではこの考え方で牛の育成をしている。

*2 バイオリアクター
酵素やタンパク質などを利用して有用物質を単離する装置。化学触媒を用いたケミカルリアクターと違い、繰り返し利用することができる。

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インタビューに答えてくれた方
中山智博(なかやま ともひろ)
大手電機メーカーでタブレットデバイスの市場開発を務めた後、大手医療ヘルスケア企業に入社し、遠隔診療事業と栄養士事業の責任者として従事。2017年に株式会社Meattechを起業し代表を務める。テクノロジーによって畜産の未来を考える会社として事業を展開。現在は畜産業界向けのコンサルティング事業と畜産業における周辺領域の事業開発としてフードテック事業を行う。
Meat tech Inc https://meattech.jp/

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(執筆:稲葉志奈、アシスタント:西田 佳音、編集:山本文弥)