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牛の命とビジネスの狭間で(後編)

みなさん、こんにちは。牛ラボマガジンです。牛ラボマガジンでは「牛」を中心としながらも、食や社会、それに環境など、様々な領域を横断して、たくさんのことを考えていきたいと思っています。
第2回となる今回は、現場に近い視点をお伺いするため、畜産事業を展開される経営者の方へインタビューを実施しました。

ご協力いただいたのは、株式会社Meattech 代表取締役社長の中山智博さんです。中山さんはご実家が牧場を経営しており、小さなころから畜産が身近に存在する環境に身を置かれていました。現在は、なかやま牧場・ルミノ牧場の経営に関わりながら、「畜産×テクノロジー」という分野で新たな事業を展開されています。今回は、畜産に直接関わる経営者の目線をお借りし、これからのビジネスについて考えていきます。今回はその後編です (前編はこちら)。

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畜産業界の倫理と責任

──ビジネスと倫理はとても難しいテーマですが、日々の仕事の中で、ビジネスよりも倫理を優先できるということが非常に重要なことだと思いました。
なかやま牧場が大切にしている考え方を象徴するエピソードがあります。なかやま牧場の冷蔵庫には、社長が大切にしている言葉が貼ってあるんです。それを目にしたとき、ハッとさせられました。
それは、二宮尊徳の「報徳」という言葉です。なかやま牧場ではその言葉に、「Give&Takeの精神で仕事をしてはいけない。私たちはすでにTakeしている。牛が生きている状態、牧場がある状態。それをすでに受け取っている。それを返す場所がここにあるのだから、そのために働きなさい。」という意味を込めています。

それまで私は、「ビジネスを円滑にまわすためにGiveする。そうすれば、いつかTakeが帰ってくる。」、そういうものだと考えていました。でも、「報徳」を意識しはじめてからは、「先に受け取っているという自覚がなければ本当のGiverにはなれないのではないか、その倫理観がなくてはこの商売は続けられないのではないか。」、そう考えるようになりました。それに気づくことができただけでも、起業した価値があったと思っています。

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──畜産に限らず様々なビジネスでも、目先の売上や利益を優先してしまう場面をよく目にします。頭では倫理が大切だとわかっていても、どうしても目の前の売上を優先してしまう。このような状況の中で企業が倫理観を持つことは大変難しいと思うのですが、そういった企業へのアドバイスなどはありますか?もしくは、そういった企業はどのようなことから始めれば良いのでしょうか?
私がアドバイスするのも大変おこがましい話なのですが、近年「SDGs(持続可能な開発目標)[*3]」という言葉を耳にする機会も増えてきました。畜産業にとってのSDGsとは何か、悩んだ時期もありました。100年続けるという話や、地球に優しい畜産という話は、想像力を総動員してもなかなかたどり着けない大きなテーマです。
その中で私は、自分の力でできることとして、「企業成長の中で、継続性を尊重する」という決断をとりました。急速な成長戦略や出口戦略を考えるのではなく、継続性を尊重するという姿勢です。一言で言えば、「生涯その産業の当事者であり続けるという持続可能性」ということになります。

以前に経営者の集まりの中で、「経営の終着点は4種類しかない。上場、吸収、事業承継、精算の4つだ。この区切りを起業家は想定していた方がいい。」という話になりました。そのときの私は、「上場」「吸収」「精算」の3つばかりが頭の中に浮かんでいましたが、それからしばらく経って、いまは「事業承継」の考えが強くなっています。
私自身の生涯が終わっても、地球のこの先の長い月日は続きます。だからこそ、地球や人類規模での超長期的視野で企業経営を見ることができる経営者が必要であると考えています。

また、そうしたことを体現するために大切にしている習慣があります。畜産や牛に関連した言葉なのですが、「牛歩(ぎゅうほ)」と「反芻(はんすう)」です。
「牛歩」は文字通り、歩む速度に関しての教訓です。結果やアウトプットを急ぎすぎてはいけないと、常々考えています。「反芻」は牛の第一胃の生理現象で、一度飲みこんだ食物を口の中に戻し、また飲みこむことを言います。そのように私も、一度飲み込んだ考えをもう一度口の中に戻し、何度も何度も繰り返し考えるようにしています。そのため、当意即妙や機知(ウイット)というような瞬間的な考え方とは、少しだけ距離を取るようにしています。

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──畜産は歴史が長いからこそ、社会的責任や社会的使命など、考えなければいけないテーマが豊かなのかもしれないと感じました。いろんな業界の方が中山さんのようにビジネスと倫理のバランスを取っていくことができれば、より良い世の中になるのではないかと思いました。
昨年末に、One Earth Guardians[*4]の討論会に参加し、「あなたはお肉を食べますか?食べませんか?」というテーマで意見交換を行いました。
その中で食べない派が、アニマルウェルフェア的な考え方やメタンガス排出、環境破壊など様々な切り口で主張する一方で、食べたい派が「だって肉を食べたいじゃないか」とシンプルに主張していることに興味を抱きました。

たしかにそこには、ビジネスチャンスがあるかもしれません。ですが、私たちはただ欲望のまま、需要のまま、ビジネスをこの流れに任せてしまっていいのでしょうか。この流れはどこまで加速していくのでしょうか。ビジネスの激流の中で本質を見誤ってしまえば、なんのためにこの仕事をやっているのかという意味を見失ってしまうような気がしました。

──確かに、ニーズを捉えればビジネスになります。しかし、そのニーズとはなんなのか。ニーズに応えることが社会にとって本当にいいことなのか。ビジネスの側面だけで思考を止めてしまっていいのか。そういうことを考える必要がありそうですね。テクノロジーも然りですが、2010年代はわかりやすさや効率化が求められた時代でした。でも、結局この10年間20年間で幸福度はまったくあがっておらず、ニーズへの対応と幸福度に相関は無かったと証明された期間になってしまいました。今後はどんな産業においても、どのようにして正しいニーズを育てていくのかが重要になってきそうです。
ビジネスの視点になると、どうしても短期的な計画が中心になってしまいます。1年の計画の場合もありますし、長くてもせいぜい5年かと思います。そうなると、「100年後にはどうなっているんだろう」というような、自分がいなくなった後の世界を考えることができません。その100年の想像力を育むには、倫理が必要だと思っています。

牛は家族から受け継いできた財産でもあり、命を扱う事業そのものでもある。そういう意味で、畜産とは、私たちに倫理を考えさせてくれる仕事なのかもしれません。

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編集後記
中山さんの、「誰も牛を殺したいとは思っていない」という一言を聞いて、不明を恥じました。自分ではなるべくフラットに考えていたつもりでしたが、牛について勉強していく中で、いつの間にか自分の中に「アニマルウェルフェア派 vs そうでない派」という二項対立をつくっていたことに気づきました。たしかに一見対立があるようにも見えますが、そこにはそれぞれの「事情」が存在しているだけで、本当は対立なんて存在しないのでしょう。だからこそ、関係者それぞれがそれぞれの事情を尊重しながら、お互いにとって良い未来に向かっていくために手を取り合うことが大切なのだと思います。

しかし、「誰も牛を殺したいとは思っていない」にも関わらず「殺している」ということはたいへん難しい問題です。動物福祉の観点だけでなく、倫理、資本主義、生態系、政治、環境など、さまざまな観点から考えなくてはならないと思います。人間はどうしても人間中心主義の世界に生きてしまいがちです。牧場のように生殺与奪の権利が(基本的に)人間側にある状態において、動物のことをどう考えるのか。そんな哲学的な問いを、中山さんが与えてくれた気がします。
同時に、実はすでにたくさんのヒントがあることにも気づきました。偉大な哲学者たち(アリストテレスもデカルトもルソーもカントも)は昔から、動物について多くの本を書き残してきたからです。つまり、動物について哲学的に書かれた本はすでにたくさん存在しているのです。そういった書籍をいま一度読み直し、歴史から学び、自分なりに考えてみようと思いました。

中山さんもきっと、様々な事情で悩むことがあるはずです。牛の命とビジネスの狭間で苦しい思いもしているはずです。しかし、どんなときも「報徳」という崇高な理念が、中山さんを支えているのだと思います。様々な事情を崇高な理念によって乗り越える、そんな中山さんの姿に非常に感銘を受けました。

今回のインタビューを通じて、中山さんのように、哲学的な問いに対して真摯に向き合い、ビジネスの論理を超えた思考を続けていくことが、次の時代をつくっていくのだと思いました。100年先のことを考えるためには、ビジネスだけでは材料が足りません。100年後には資本主義だってどうなっているかわからないからです。
そして、100年先を考えるための材料を私たちはすでに持っています。それは、愛、情、思いやりなど、人間がこれまで数十万年、数百万年大切にしてきた人間らしい感情です。それさえあれば、100年後を考えることくらい容易いはずです。

私たちも今後、倫理とビジネスのあいだで悩むことがあるかもしれません。しかし、そのたびにそれを乗り越え、胸を張ってみなさんをお迎えできる施設をつくっていこうと思います。(f)

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*3 SDGs
2015年に国連サミットで採択された、持続可能でより良い世界を2030年までに実現するという国際目標。貧困、環境、エネルギーなど、国際社会が抱えるさまざまな問題を解決すべく、17の大きな目標と169のターゲットから構成される。

*4 One Earth Guardians
東京大学大学院農学生命科学研究科が中心となり発足した、専門家育成プログラム。100年後に人類が地球上のあらゆるものと共存していける世界を作るため、社会を巻き込んで行動できる専門家(=地球医)を育成することを目指している。

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インタビューに答えてくれた方
中山智博(なかやま ともひろ)
大手電機メーカーでタブレットデバイスの市場開発を務めた後、大手医療ヘルスケア企業に入社し、遠隔診療事業と栄養士事業の責任者として従事。2017年に株式会社Meattechを起業し代表を務める。テクノロジーによって畜産の未来を考える会社として事業を展開。現在は畜産業界向けのコンサルティング事業と畜産業における周辺領域の事業開発としてフードテック事業を行う。
Meat tech Inc https://meattech.jp/

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(執筆:稲葉志奈、アシスタント:西田佳音、編集:山本文弥)