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肺の在処

2ヶ月に一度くらい。
煙草を吸いたくなり、吸う。

1本だけ。もしくは、多くても2本。

そんなペースなので、一箱買うと、一年は持つ。
銘柄は「American Spirit」一択。
他のも色々試したけれど、不味くてダメだった。


我が家のベランダの目の前には、建物が何もなくて、空だけが大きく広がっている。
ベランダにある、エアコンの室外機の上に座って、煙草の先に火を点ける。

深く吸い込むと、穂先が赤く光る。
ゆっくり吐き出すと、目の前の大きな空。
ゆっくり流れる雲と、そこにとけこんでいく煙草の白い、きめの細かい煙。


煙草を吸いたくなる明確な理由はわからないけど、多分、考えることが多すぎて、ちょっと脳を休ませたいときなんかに、吸いたくなっているのだと思う。


煙草を吸ったときの、自分の身体の反応を観察するのは楽しい。

舌先が、ピリッと、薬味を乗せたみたいに痺れる。
時間をかけて吸い、時間をかけて吐いたりしているうちに、鼻の奥が開通する。
喉の奥がひんやりとして、湿り気のある湯気でコーティングされていく感じがする。
その「ひんやり」は、徐々に肺も埋めつくしていって、喉と同じように肺も、隅々までコーティングされる。

ここまでくると、肺の形を、これ以上ないほどに確認する。
肺の在処を、これ以上ないほどに意識できる。


時間を測ったことはないけれど、一本を吸い終わるまでの束の間。
煙の動きと、身体の反応をゆっくり観察しながら、空を見るともなく、空に視線をやっている。

思考が、いつの間にか「しん」としている。
それでいて、力むことのない、程よい集中がそこにある。



お酒は、飲んでいると、自分の皮膚と外界との境目が、とけてわからなくなる感じがある。ふあーーっと、外へ外へと拡がっていく感覚。

日本酒は、身体の芯が温まる。
ワインは、身体の芯が冷たくなる。

珈琲は、飲んでいると、身体の力は緩んでいくというのに、自分の内側に、意識が集まってくる感じがある。

内へ、内へと向かう力。

孤独感を感じたときなどに珈琲を飲んでいると、孤独感は「さみしいもの」から、「安心感のあるもの」へと、色を変える。



不思議なものだな、と思う。

身体に何か、外の世界の「もの」を取り込むとき。
その「もの」は、自分の身体に影響を与える。

外の世界の一部が、自分に与えている影響を、味わって、確認する時間は、とても楽しい。



煙を吸いたくなる時もある。
野菜ばかりを食べ続けていたい時もある。
ジャンクをやたらと取り込みたくなる時もある。
わたし肉食獣になったのかなってくらいな時もある。
水だけ飲んでいたい時もかなりある。


「いいもの」も「悪いもの」も、本当はないのかもしれないなと思う。

そのときどきで変化する「自分が欲しているもの」を、「健やかとされているもの」だろうと「毒とされているもの」だろうと、取り込んでみて、身体への影響を味わってみて、楽しんでみる。

この経験を重ねていくことは、「自分という存在を確認する時間」を、積み重ねていくことでもあるのかな、なんて思うこともある。

「外の世界との関わりを感じる時間」を積み重ねていくことでもあるのかな、とも。


自分の中の安心感は、自分で育てることができる。

外の世界とのお付き合いを、ますます楽しんでいけたらいいな。


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