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第137話「ファルサラスの派遣」

前回、第136話「秘密の取引」

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 爆破事件によってアルフルドは騒然となった。

 人々は突然起きたこの事件に様々な噂話をまくし立てる。

 誰が犯人だとか、何が目的だとか。

 誰もが自分に災いの種が降りかかるのではないかと恐れていた。

 どうすれば爆破の犠牲から免れることができるのか知りたくて一杯一杯だった。

 一方で魔導師協会には爆破犯からの声明が届いた。

 声明には以下のような要求が書かれていた。

 塔及び三大国によって行われている全ての戦争を直ちに止めること。

 さもなければ巨大樹と協会への攻撃は永遠に続けられる。

 声明は500階層にある評議会で読み上げられた。

 評議会はこの爆破事件を塔への反逆とみなした。

 500階層の魔導師がアルフルドに派遣される。



 アルフルドの巨大樹の前には朝早くから人々が詰めかけていた。

 500階層から来る魔導師の顔を一目見ようと思って。

 集まった人々の顔には期待と不安が半分半分映っていた。

 やがて巨大樹の扉から白いローブを着た評議会議員、ファルサラスが現れる。

 人々はざわざわと囁き合った。

 ファルサラスは憮然とした顔で住人の前に立つ。

(チッ。かつては『天空の住人』にまで手が届くとまで言われたこの俺が、こんなチンケな事件に当たらされるとはな。評議会のジジイどもめ。厄介ごと押し付けやがって)

 ファルサラスは人々に向けて演説する。

「私は500階層に所属する魔導師、ファルサラス。評議会より爆破事件の解決のために派遣されてきた。此度の事件、残忍極まりないだけではなく、魔導文明を支える塔の中枢と身分制度への反逆行為でもある。決して見逃しておくわけにはいかない。評議会議員の名にかけてこの事件を解決し、犯人を捕らえてみせる。アルフルドは立ち所にその安寧を取り戻すだろう」

 聴衆は少しばかりほっとしたような表情になる。

 500階層の魔導師が解決に動いてくれるならなんとかなるだろうと。



 演説を終えたファルサラスは『飛行魔法』ですぐに事件現場へと向かった。

 事件現場には今も爆破の傷跡が残っている。

 その被害の大きさにファルサラスは顔をしかめた。

 しばらくその場に立っていると、警吏部のものが迎えに来る。

「お待ちしておりました。私は魔導師協会アルフルド支部警吏部のダミアンと申します」

「説明しろ」

 ファルサラスはダミアンの方を一顧だにもせず、歩きながら言った。

「は。犯行に及んだのは奴隷階級の少女です。使われた爆弾はミスリル製」

「ミスリル製だと? ミスリル製の爆弾は輸送が禁じられているはずだろ。なぜアルフルドに住む奴隷が所持しているんだ」

「密輸かと思われます」

 ファルサラスは難しい顔になる。

(学院魔導師にミスリル製の爆弾なんて作れるはずもない。少なくとも200階、300階層の高位魔導師が裏で糸を引いているということか)

 ファルサラスは眉を吊り上げる。

 高位魔導師でありながら、塔への反逆を企てるなど彼には理解できないことだった。

「自爆した少女の身元は?」

「分かりません。残った遺骸からは彼女の身元を示すものは何も……。奴隷を所有している魔導師に失踪した奴隷がいないか当たっていますが、今の所誰も何も言ってきていません」

「首謀者を特定する手がかりは何もないというわけか」

 ファルサラスは少し足を止めて考えた後、指示を出した。

「各階層のエレベーターと空港における検閲を強化しろ。階層を超えたミスリルの輸送は全面的に禁止だ。平民、貴族、商人の区別なく取り締まれ。あらゆる積荷を開封してミスリルは全て差し押さえろ」

「そこまでしては住民から反感が出ますよ」

「そんなこと言っている場合ではない。分かっているのか。これは反乱かもしれないんだぞ。奴隷共が一斉に蜂起してみろ。いかに魔法都市といえどタダでは済まない。住民の反感など気にしている場合ではない。どんな手を使ってでも裏で糸を引いている奴の首根っこを捕まえるんだ」

「確かにエレベーターと空港は検閲によってどうにかなります。しかし、『次元魔法』で移動されればいくらエレベーターを封鎖しても」

「『次元魔法』対策については私に考えがある。200階からハーピー(鳥人間)を呼び寄せる。街中の残飯をかき集めろ」

「は。ところで、今、どちらへ向かわれているんです?」

「学院だ。会わなければならない人物がいる」



 学院の廊下がざわつく。

 リンがざわついている方を見ると、そこには白いローブを着たファルサラスがいた。

 みんな彼の白いローブを見るとギョッとして道をあけ、急いでお辞儀した。

 ファルサラスは目当ての人物を見かけると厳しい顔つきで話しかける。

「イリーウィア姫」

「あら、ファルサラスさんではありませんか」

 イリーウィアは親しみを込めた笑みを向ける。

 ファルサラスはウィンガルド出身の上級貴族のため、イリーウィアと顔馴染みだった。

(全く。この非常時に一体何を考えているんだか)

「なぜまだ学院に居るんです? あなたは100階層の魔導師だと言うのに」

「ラージヤ先生の授業を受けるためですよ。彼は700階層にも到達した高位魔導師。例え100階層魔導師といえども、学ぶことは尽きません」

「『元』高位魔導師でしょう? 今は何の変哲も無いただの教師ですよ。まあそれはいいです。それよりも私が聞きたいのは、なぜ爆破事件が起こったというのにアルフルドを退去しないのかということです」

 ファルサラスは詰問するように言った。

「お遊びも結構ですが、少しはご自分の立場も理解していただきたい」

 ファルサラスがそう言うとイリーウィアは困ったような顔をした。

 ファルサラスはため息をつく。

「ウィンガルドではあなたの方が身分が上ですが、ここは塔です。例え王族であろうとも、500階層魔導師である私の指示に従ってもらいますよ」

「ええ、もちろんですわ。ウィンガルドに、塔に逆らう意思はありません」

「では高位魔導師に対する礼を」

 イリーウィアはファルサラスに対して服従の礼を示した。

 つまりファルサラスに対して片手片膝をついて跪いた。

 ファルサラスはイリーウィアの頭の辺りに手をかざして、彼女の服従を受け入れる。

「100階層魔導師、イリーウィアよ。貴方はここにいてはなりません。私が許可するまで、アルフルドヘの立ち入りを禁じます。100階層に戻りなさい」

「はい。仰せのままに」

 遠くからその光景を見ていたリンは驚愕した。

(評議会議員の権力はこれほどなのか。500階層の魔導師になれば……王族でも……イリーウィア様であっても跪かせることができる……)

 リンはそこまで考えて、首の後ろがぞくっとするような感覚に襲われた。

 そしてなぜみんな塔の上階を目指すのかが分かったような気がした。



「500階層の魔導師がアルフルドに降りてくるなんて。今回ばかりはさすがの評議会も本気みたいだね」

 ディエネが言った。

 彼はテオやアルマと一緒に学院の控え室に集まって今回の事件について話していた。(ディエネは今となってはラドスの四人組の目を気にすることなくリン達のグループに混じるようになっていた)

「そんなに珍しいことなのか?」

 テオが聞いた。

「ああ、記録によると500階層の魔導師がアルフルドに来たのは平民派の反乱によって街が火の海になった時だ。崩壊寸前だった、魔導師協会を立て直し、炎を消したそうだ」

「評議会はこの爆破事件を反逆とみなしたって事か? ちょっと大袈裟すぎやしないか?」

 テオが怪訝な顔をして言った。

「とにかく今回の事件の恐ろしいのは、敵からの攻撃を防げないことだ」

 ディエネが言った。

「爆破魔法は自分も巻き込まれるから、普通慎重に放たなければならない。その威力が高ければ高いほどね。ましてや建物が密集している街中で撃つなんて自殺行為だ。だが、今回は奴隷に自爆させた。一体どうやったのかは分からないけれど、ここアルフルドでの生活には魔法だけではなく奴隷も不可欠だ。建物や空間の隅々に沢山の奴隷が生活している。つまりはいつどこで爆発に巻き込まれてもおかしくないということだ」

「指輪の危険を知らせる機能は?」

「指輪は所有者への明確な敵意があったり、魔獣が近くにいる時は光り輝いて知らせてくれる。けれども今回の場合は、不特定多数を狙った無差別な爆破。ただミスリル製の魔道具を持った人物が近づいてきたところで指輪は危険と判定したりはしない」

「なるほどね。だからみんなこんなにビクビクしているってわけか」

 テオは少し呆れた顔をしながら言った。

 爆破事件が起こってから街の人々は異様に周囲を警戒しながら外を出歩くようになっていた。

 何か持ち物を持った奴隷を見かけるだけでギョッとして道を引き返したり、通報したりする有様だった。

「それはそうとリンは?」

 アルマがキョロキョロ周りを見回しながら言った。

 最近のリンはいつもディエネやテオと一緒に行動していたから、この場にいないのは不思議だった。

「ファルサラスに用があるんだって」

「へ? あいつ評議会の議員と知り合いなの?」

「さあね」

 テオは肩をすくめるばかりだった。



「ファルサラスさん!」

 リンは学院の廊下でダミアンと打ち合わせしているファルサラスに話しかけた。

「ん? お前は確か……アトレアの知り合いの」

「リンです。100階層の迷路ではお世話になりました。あの、僕も捜査に協力させてもらえませんか?」

「お前は学生だろ。大人しくしていろ」

「待ってください。ファルサラス殿」

 ダミアンがリンに背を向けて立ち去ろうとするファルサラスを制止する。

「彼は何か手がかりを知っているのかもしれません。」

「手がかり?」

「彼はユインの弟子だったものです。ユインの反逆事件解決に協力してくれました」

「何? ユインの?」

 ファルサラスはリンをジロリと睨む。

「まあいい。付いて来い」

 ファルサラスとダミアンはリンを控え室に連れて行き、事情を聞いた。

「つまり君はそのマルシェ・アンシエの紋様を事件現場で見たということだね?」

「はい」

「そのマルシェ・アンシエというのはギルドなんだろう? 協会には登録されていないのか?」

「非公式のギルドのようですね」

 ダミアンが手元の書類を見ながら言った。

「チッ。闇ギルドか。まあいい。とにかく200階層を本拠地にしているギルドだってことだろう。俺の方で200階層の協会に掛け合っておく」

 ファルサラスはそう言った。

「あの、あともう一つ。フローラという女の子のことなんですが……」

「フローラ? 誰だそれは」

「エディアネル公のところで奉公している少女です」

「あのバアさんか」

 ファルサラスは少し嫌な顔をした。

 彼は昔の事をいつまでも引き合いに出してくる彼女のことが苦手だった。

「それで、そのフローラという娘が今回の事件と一体どいういう関係が?」

「それは……上手く言えませんが……」

 ダミアンは難しい顔をした。

「そんな曖昧な根拠で大貴族の所有物の取り調べをするわけにはいかないぞ」

「まあいい。リン。とにかくお前はそのフローラって奴が気になるんだな。ならその件はお前に任せた。ダミアン。リンのサポートをしてやれ。俺は今から200階層に行く」

 ファルサラスは半ば厄介払いするように言った。



 翌日、ファルサラスの言った通り、検閲は予告なく強化された。

 貨物エレベーターはもちろん、人間用のエレベーターにも臨時の検閲所が設置されいかなる荷物も検閲を通さずには運べないようにした。

 運ばれるものは全て一旦開封され、係員のチェックを受けることになる。

 そのため輸送作業は滞り、人と品物の行き来は行き詰まった。

 人々は不満を感じたが、かと言って爆破事件への対策と言われれば止むを得ず、不平を口に出して言うわけにもいかないし、ましてや逆らうわけにもいかなかった。

 下手に逆らえば自分が疑われる可能性があったし、当局から罰せられ、下手をすれば逮捕される恐れがあった。

 人々の不満はくすぶり、渦巻いた。

 街はなんとなく暗い影を落として、ギスギスした雰囲気になる。

 さらに人々を驚かせたのは、おびただしい数のハーピー(鳥人間)がアルフルドの上空に現れたことだった。

 空に蠢くハーピー(鳥人間)の群れは街の人々を不安にさせた。



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次回、第138話「封鎖されるアルフルド」

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