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第120話「イリーウィアの建築魔法」

前回、第119話「塔の製作」

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 イリーウィアは教室中の注目を集めながらラージヤの前に進み出た。

 こんなシチュエーションであるにも関わらず緊張した様子は一切ない。

「ヘルド。助手を務めていただけますか?」

 リンが自分もついて行ったほうがいいのかな、と思っているとイリーウィアがヘルドの方を振り向いて呼びかけた。

「もちろんです。姫」

 ヘルドが恭しくお辞儀してイリーウィアの後からついていく。

「さすがの姫様でもここであんたを指名したりはしないようね。リン」

 アイシャがからかうように言った。

 リンが困ったような笑顔を浮かべていると、後頭部に紙くずが当たるのを感じた。

 後ろを見るとそこにはユヴェンの不満そうな顔があった。

(バカ。なんで自分がやりますって言わないのよ。あんなモヤシ男なんかに良いところ持っていかれちゃって)

(いや。そんなこと言われても。ヘルドさんは普通に凄い人だし……)

 リンとユヴェンは口パクで会話した。

 そうこうしているうちにもイリーウィアは建築魔法の準備に取り掛かり始める。

 彼女は圧縮瓶の中の土台を点検しているところだった。

(ふむ。この素材と土台では高さは30階の塔が限界ですね。ラージヤ先生のお眼鏡に叶うには最低でも50階以上の塔を建てなければ……)

 イリーウィアはリンと一緒に作った土台を作り変えることにする。

「ヘルド。設計図を変えます。ここを短くしてここの素材を変えて……。それと土台を強化します」

「はっ」

 ヘルドは瞬時にイリーウィアの意図を汲み取って土とセメントを追加する。

 土台は盛り上がり3階分高くなった。

 大地の精霊に固めさせ、それに合わせて小人の位置と光の印も変更させていく。

 イリーウィアの一連の作業を見て、ラージヤは目を細める。

(ふむ。さすが噂に名高い賢姫。言われるだけのことはある)

 ラージヤは今まで以上に彼女の作業に注視する。

 彼女の魔法を見逃さまいと。

「ふう。思ったより下準備が大変でしたね。では組み立てを始めましょうか」

 イリーウィアはてきぱきと指示を出してヘルドと一緒に建物を組み立てて行く。

 魔石を放り込むのをヘルド、魔石を材料に組み立てるのをイリーウィア、という風に役割分担して建物が組み立てられていく。

「ヘルド。柱の1番から5番までを……」

「はっ」

 ヘルドは注文された材料を生成するのに必要な分の魔石を放り込む。

 イリーウィアはそれらを彼女の指輪から放たれた光の道によって定められた位置へと運んでいく。

 光魔法で立体的に物質の位置を定められるイリーウィアは、数個の魔石を同時に喚起することができた。

 位置を定められた魔石はその場で柱に変わっていく。

 柱が出来上がるのを待たずに壁や天井も設置し、次の階の柱に取り掛かる。

 こうしてどんどん建物は組み立てられて行った。

 塔の中心を貫くエレベーターから始まり、内部の部屋、骨組み、内壁、外壁の順に瞬く間に設置されていく。

 作業はグングン進み瞬く間に塔が建てられていく。

(さすがイリーウィアさん。いろんな魔法を駆使している)

 リンは座席から惚れ惚れとしながらイリーウィアの作業に魅入った。

 やはり自分と一緒に作業していた時は自分にレベルを合わせて力を抜いてくれていたのだな、と思った。

(でもあんなに急いで組み立てて大丈夫かな。ただでさえ設計図を変更して計画を修正したのに……。どこかで無理が出てくるんじゃ……)

 リンが心配していると案の定、建物が40階に達したところでヘルドが顔をしかめた。

 ちょうど彼が30階〜40階の骨組みを質量の杖で支えているところだった。

「姫様。いけません。問題が発生しました」

「ふむ。なんでしょう?」

「28階の支柱に微妙な傾きが見られます。どうもヒビが入っているようです」

「それは致命的な欠陥ですか?」

「いえ、鉄柱が十分に固まっていないため起こった問題かと。鉄柱固まるまで他の柱で代替できれば……」

「ふむ。では固まるまで『物質生成魔法』で補強しましょう。こちらからでは見えません。支えを交代するのであなたが物質生成魔法で補強してください」

「はっ」

 イリーウィアが代わりに支点に杖を向けるのを見て杖を下ろす。

 二人は流れるように作業を交代した。

 ヘルドはまるで外科医が人体の内部に金属を埋め込むように『物質生成魔法』で作った柱を差し込み、建物の微妙な歪みを修正する。

 ヒビの入っていた鉄柱に再び『冶金魔法』をかけ固まってから応急処置的に付け加えた柱を取り除く。

 危機は回避された。

 二人はその後も阿吽の呼吸で建物を組み立てて行く。

 やがて60階の塔が完成した。

 出来上がった建物は非の打ち所がない見事なものだった。

 内側を覗かなくても分かる精巧さと頑健さ。

 妖精達が心地良く宿り、建物の内部から魔力が充実していることが分かる。

 最後にイリーウィアは精霊を建物の中に入れて仕上げる。

 精霊は居心地良さそうに建物の中で安まっている。

 拍手が巻き起こる。

 教室は名医の執刀を見たような興奮に包まれた。

 ラージヤも手放しに賞賛する。

「うむ。すばらしい出来だ。この通り建物は外部よりも内部こそが大切なのだ」

「ありがとうございます」

 イリーウィアは教授への敬意を表して一礼する。

「ヘルドあなたのおかげでもありますよ」

「私は姫の指示に従ったに過ぎませんよ」

 二人の姿はいかにも王族とそれに忠誠を尽くす公子という構図だった。

 それは彼らの将来を暗示しているようであった。

 きっと今後も公子は姫を支え続け、姫は公子の働きに報いるだろう。

「やはり学院生で姫様の助手を務められるのはヘルドだけね」

 アイシャが言った。

「アイシャさんでも無理なんですか?」

 リンが聞いた。

「ええ、悔しいけれど建築魔法ではヘルドに敵わないわ。ま、いずれヘルドは姫様の右腕になるんでしょうよ」

「いやしかし素晴らしい。さすがイリーウィア姫」

 ラージヤはイリーウィアの発表が終わってしばらくしてもなかなか彼女を席に帰らせようとしなかった。

 彼女を褒め続けてその場に留めさせる。

 心なしか彼の頰は緩み、シワの入った口元に浮かぶ笑みはいやらしい。

「内面の美しさこそ真の美しさというが、まさしく姫にはその言葉ぴったりだ」

「ありがとうございます」

「姫とは時間を取ってゆっくり建築魔法の理論について話し合いたいところだ。どうですかな。今夜お食事でも」

「あらまあ。先生ったら」

 ラージヤは単に生徒を褒めるというのを超えてイリーウィアを一人の女性として扱い始めた。

 デレデレと顔を緩ませてお世辞を言い始める。

 それはあまり見ていて気持ちの良いものではなかった。

 教師という立場を利用して若くて美しく、自分よりも身分の高い女生徒に近づこうとしている。

 そういう風にしか見えなかった。

 イリーウィアが軽くいなしているからかろうじてその場の空気が救われているようなものだった。

 リンは内心呆れながらその様を見ていた。

 隣にいるアイシャもちょっと引いていた。

 その後もラージヤはイリーウィアを誘い続けたが、彼女は老教師の誘い文句を適当にいなして座席に戻る。



「さて他に誰か前に来てやってみる者はおらんかね。もう時間もない。次で最後になると思うが……」

 心なしかテンションが下がったラージヤが生徒を見回して問いかける。

 生徒達は今度はイリーウィアと比べられるのを恐れて前に出たがらない。

(ここだわ)

 ユヴェンは今こそ自分をイリーウィアに売り込むチャンスだと思った。

 自分の後に行われるとなると、イリーウィアも注目せざるを得ないはずだった。

「はい。先生。私の作品を見てください」

 ユヴェンが威勢良く前に進み出た。

 意外な人物の名乗りに教室がザワザワする。

 ラージヤも驚いたような顔をする。

「ほう。まだ学院魔導士か。なかなかいい度胸だな」

 ラージヤは気を取り直してユヴェンの方を見る。

 ユヴェンはキッと真剣な顔で睨み返す。

「いいだろう。前に出なさい」

「はい。リン! 助手をやって」

「えっ? ぼ、僕が!?」

「そうよ。ほらさっさと来て」

 リンは戸惑いながらユヴェンについて行く。

(何考えてんだよ。ユヴェンのやつ。こんなタイミングで前に出るなんて。下手すれば恥をかいちゃうぞ。何か考えでもあるのか?)

(あんたが一緒じゃないとイリーウィア様の注意を引けないのよ)

 ユヴェンの狙い通りイリーウィアは席からこちらに注目していた。

 ユヴェンは早速設計図を取り出してリンに指図を始める。

「ここは鉄の魔石を使って。ここは一杯通路にするの」

「ねえこれ土台脆くない? もうちょっと強度を高めるか塔を低くした方がいいんじゃ……」

 リンが設計の欠陥を指摘する。

「うるさい。あんたは黙って言うことを聞くの」

 方針をすべて伝え終えていよいよ組み立ての時間になる。

 ユヴェンは顔を緊張させながら杖を構えている。

(大丈夫かな)

 リンは心配そうにユヴェンの方を見た。

「さあ。リン。魔石を」

 リンは鉄の魔石を圧縮瓶の中に放りこんだ。

 ユヴェンは魔石を喚起し、鉄柱を作り出して、組み立てていく。

 みるみるうちに骨格が組み上がっていく。

 しかし途中から傾き始める。

「ちょっとちょっと。塔が傾いてるじゃないの!」

「土台に亀裂が入っている。やっぱり基礎工事が足りなかったんだ」

「修正するわよ。そっちの方で『物質生成魔法』で補強して」

「うん」

 二人は危なっかしい感じで支える役割と嵌め込む役割を交代する。

 リンは物質生成魔法で柱を作りヘルドがやったように埋め込もうとする。

 しかしその柱の大きさは建物に合わなかった。

 不適切に埋め込まれた柱のせいで却って建物に負荷をかけてしまう。

「あ、あれ?」

「ちょっ、バカ、何やってんのよ」

 そうこう言ううちに建物の亀裂は深刻なものになって修正不可能になっていく。

 ユヴェンの顔が青ざめる。

(ああ、ダメだ。ここはもうこれ以上修正できない)

 ユヴェンはそれでもめげずに崩壊した部分を無理やり補強してどうにか完成までこぎつける。

 しかし完成した建物はなんとも言えずいびつなものだった。

 全体的に傾いているし、屋根がデコボコ、塔のいたる部分は内部がむき出し、内部に至っては通路の体をなしていなかった。

 ユヴェンは無理に笑顔を作ってラージヤの方を向く。

「あ、完成しました。どうでしょうか?」

「どうでしょうか? どうでしょうかだと?」

 ラージヤはあざ笑うように言った。

「一体これを私に見せてどうしようというのかね。何を評価しろと? これが塔? 建物かどうかすら怪しいではないか」

 ユヴェンは目をつぶりながらラージヤからの叱責を受けた。

 彼の怒鳴り声にさらされるたびにビクビク体が震えている。

「どうも君には建築魔法の才能はないようだ。これ以上私の授業を受けても意味がないと思うがね」

 ラージヤはそれだけ言うと荷物の片付けに入る。

 チャイムが鳴る。

「今日の授業はこれまでだ。来週は自由課題の時間とする。各々準備しておくように。ああそれとそのオブジェみた
いなものは作ったものが片付けておくようにな」

 ラージヤはユヴェンの作った建物を指してそう言った。

 教室にクスクスと笑い声が起こる。

 ユヴェンは顔から首元まで真っ赤になった。

(あーあ、だから言わんこっちゃない)

 リンはため息をつきながらユヴェンの作った塔まがいのものを片付ける。



「なんなのよあのクソ教師は」

 ユヴェンはティーカップをガンとテーブルに叩きつけた。

「元700階だかなんだか知らないけれど偉そうに! 今は私達と同じしがないアルフルドの魔導師じゃないの。落ちぶれた分際で偉そうにして!」

 リンはげんなりした様子で隣の椅子に座っている。

 ここはアルフルドの街中にある喫茶店。

 授業の後、いつも通りイリーウィアと一緒に狩りに出掛けようとしたところをユヴェンに引っ張られ、強制連行同然の体でてここまで連れて来られたのだ。

 先ほどから小一時間ほどユヴェンの愚痴に付き合っている。

「だいたいこっちはお金を払って授業を受けてるのよ。もっと優しく教えてくれてもいいじゃない。リン。あんたも黙ってないでなんか悪口を言いなさい」

「えーっと。なんかいやらしかったよね。イリーウィアさんに対して」

「そうよ。あのエロジジイ。イリーウィア様にデレデレしてみっともない。セクハラよセクハラ。もうあんなやつクビよクビ。あんな奴の授業を受けるなんて、こっちから願い下げだわ」

 リンはユヴェンの罵声を聞きながら、彼女の製作を手伝ったせいで、自分の評価まで落ちていないかと思って憂鬱になった。



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