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第122話「サイクロプスとの戦い」

前回、第121話「自由課題」

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 リンはアトレアと一緒に魔獣の森の中を歩いていた。

 今日の狙いはサイクロプス(一つ目の巨人)だ。

 リンは道すがら彼女にテオの思いついた構想について話していた。

 リンの予想通り、アトレアは興味を持ってくれた。

「確かに飛行船を塔の内部で輸送できれば、効率よく運用できる。その発想はなかったわ」

「うん。僕もその手があったなって思って」

「賢い子なのね。そのテオって子は」

「そうなんだ。賢いヤツなんだよ」

 リンはテオが褒められると自分が褒められたように嬉しかった。

 アトレアはケントレアの杖を操っている。

 今日は精霊の集まりがよく、その数は既に30体に達しようとしていた。

「あら? 『飛行フキ』の花だわ」

「ホントだ。もうそんな季節なんだね」

『飛行フキ』はレトギア大陸全体に上昇気流が発生する時期、一斉にその花と共に種子を飛ばす植物だ。

『飛行フキ』の花が咲くということは、もうすぐ塔に属する飛行船が世界各地に飛び立って行くことを意味した。

「もうすぐ『出航の季節』だわ」

「アトレアは今年も出張に行くの?」

「うん。だから森にはしばらく来れなくなる」

「……そっか」

 リンは少し寂しそうな顔をした。

 アトレアはそんなリンに対して明るくはにかんでみせる。

「出張までにヘカトンケイルを倒せるといいわね」

「……うん」

 イリーウィアに飛行船の製作を諦めるよう言われたリンだが、まだアトレアにそのことは言っていなかった。

 流されていることは自分でも気づいていた。

 それでもまだアトレアと一緒に居たかった。

(イリーウィアさんにはああ言われたけど、まだ時間はある。ギリギリまで粘るんだ)

「そろそろ二手に分かれる?」

 風の精霊の言うことに耳を傾けているアトレアにリンは提案した。

 いつもならこの辺りで索敵効率を上げるため二手に分かれるところだった。

「ちょっと待って。ふむふむ。それは朗報ね」

 アトレアが風の精霊の言うことを興味深げに聞いていた。

「? どうかしたの?」

「二手に分かれる必要がなくなったわ」

「えっ? じゃあ……」

「サイクロプス(一つ目の巨人)が見つかった」

 アトレアはチーリンの上に跨る。

 リンもアトレアの後ろに乗った。

「もう『出航の季節』まで時間がないわ。今期中にヘカトンケイルを狩るには今日中にサイクロプスを狩りたいところね」

「……うん」

 リンの頭の中にイリーウィアの言葉が蘇る。


 --人が平静でいられない時、それは身の丈に合わないことをしている時です--


(それでも……今はもう少しだけアトレアと一緒に同じ場所を目指すんだ)



 二人はサイクロプスの手前100メートルほどの距離で待機した。

 木々の高さを軽く超える身長。

 その肌は青銅のように燻んだ青色で覆われていた。

 オークやグレンデルとは明らかに雰囲気が違った。

 まるで幽鬼のように生気なく立ち尽くしていた。

 手には棍棒を持っている。

 顔には一つだけ目がついている。

 目が一つだからといって視界が狭いというわけではない。

 むしろその目は顔の至る場所をグルグルと縦横無尽に這い回っていて、首を回さなくても360度全て視界におさめることが出来た。

 これ以上近づくと感づかれる恐れがある。

 しかもサイクロプスはグレンデルに比べて格段に知性が高いと言われている。

 中には魔道具を使いこなす者もいるという。

「リン。サイクロプスは今までの魔獣とは違うわ」

「うん」

 二人はヒソヒソ声で話した。

「力押しではおそらく仕留められない。しっかり準備をしないと」

「準備……」

「そう。できればサイクロプスが獲物を追いかけている時、気づかれないうちに水面を張り、死角から攻撃。その上で……えっ? ……そう」

 アトレアが精霊から何か言われて眉を顰める。

「? どうしたの?」

「今、風の精霊が教えてくれたんだけれど、私達の後ろ1キロ先に他の魔導師がいるみたい。多分マグリルヘイムの団員」

「マグリルヘイム!? まさかサイクロプスを狙って……?」

「でしょうね。グレンデルの剣を装備しているみたい。どうやら準備をしている暇はなさそうね」

 アトレアが少し厳しい顔つきになって言った。

「横取りされる前に狩るしかないわ。リン。『城壁塗装』の準備はできた?」

「うん」

 リンは先ほどから塗料の入った瓶を服の中に忍ばせ、体に塗りつけていた。

 身体中に入れ墨のような紋様が刻まれる。

「それじゃ、行くわよ」

 アトレアはリンの肩に触れて感覚を共有した。

 リンはアトレアの見ている世界に入り込む。

(これがアトレアの世界……確かイリーウィアさんも以前この魔法を使ってたな)

 アトレアの魔法はイリーウィアのものよりも一段高次元のようだった。

 上空から俯瞰したかのように二人のいる場所を中心として周囲の様子が見える。

 どうもこれは『ケントレアの杖』の勢力範囲内のようだった。

 視界には先ほど集めた精霊達が漂っているのが見える。

「リン。聞こえる?」

「うん」

「じゃあ作戦を伝えるわね。サイクロプスは見えるでしょう? マグリルヘイムの二人組がいるのがこっち方向」

 アトレアは風の精霊を動かして方向を示してみせる。

「うん」

「川があるのがこっち。だからサイクロプスをマグリルヘイムから引き離しつつ、川の方におびき寄せたいの」

「なるほど」

「本当は適当な魔獣を囮に使いたいんだけれどあいにくこしらえてる時間がないわ。私は川を拡張しなくちゃいけないから、あなたが囮になって」

「わかった」

 アトレアの魔法が解ける。

 リンの視界が元に戻った。

 サイクロプスは依然として幽鬼のように生気なく立ち尽くしている。

「では行くわよ」

 アトレアはリンに空間魔法をかける。

 リンの周りの空間が歪んであらゆるものが彼を避ける。

 リンとアトレアは二手に分かれて作戦を開始した。

(アトレアがいつもより焦ってる。ここはなんとしても作戦を成功させなきゃ)

 リンは唇を噛み締めて静かに、しかし素早くサイクロプスに接近する。

 アトレアはチーリンを急がせながら、チラリとリンの方を振り返った。

 アトレアもアトレアでリンの様子がいつもと違うことに気づいていた。

(リン。焦ってる?)

 少し心配だったが何も言わないことにした。

 今、指摘しても事態が好転することがないのは分かっていた。

(リン。気をつけてね)



 密林の向こうに巨人の青い肌が見える。

 アトレアの空間魔法の加護を受けたリンは、密林のわずかな隙間に飛び込むだけですり抜け前に進むことができる。

 まだサイクロプスはこちらに気づいていない。

 先制攻撃を仕掛けるチャンスだった。

 とはいえ相手の身長は10メートルを超えている。

 心臓を貫くにはリーチが足りなかった。

 リンはサイクロプスの手前、数メートルに迫ったところで、近くにある背の高い木に呪文を唱えた。

「木よ! 敵の心臓までの道を作れ!」

 木はヤシの木のようにその身をしならせてサイクロプスの胸元に向かって自らを傾ける。

 リンは『加速魔法』で加速しながら木の幹を駆け上がった。

 多少の勾配でも加速魔法ならものともせず駆け上がることができる。

 リンは杖の先に括り付けた『グレンデルの剣』をサイクロプスに向けながら突進して行く。

(このまま気づかれなければ、アトレアの援護を受けるまでもない。刺せる!)

 しかしサイクロプスは直前でリンの気配に気づく。

 顔の向きを変えることなく、一つ目が顔の表面を這うように動き、耳の辺りで止まって、リンの方をギョロリと向く。

(気づかれた。でも……関係ない!)

 サイクロプスの心臓がリンの間合いに入った。

 リンは杖の先に括り付けた『グレンデルの剣』で突こうとするが、サイクロプスは上体をのけぞらせてひねりつつ、軽いフットワークで斬撃をかわす。

 その巨体に見合わぬ意外な機敏さだった。

(外した)

 すかさずサイクロプスはリンの乗っている大木を棍棒で叩き折る。

 もう一度斬りつけようと木を動かそうとしていたリンは、体勢を崩しながら落下する。

「っ」

 サイクロプスは落下するリンに向かって手を伸ばしてくる。

 巨大な手の平がリンを包み込もうとする。

 その手はゆうに1メートルはあって簡単にリンを握り潰すことができた。

 しかしサイクロプスの掌はリンをすり抜ける。

 アトレアの空間魔法のせいでリンに触れることができない。

 リンは自分の靴に質量の杖を向けて空中で体勢を変え着地する。

 クルーガに教えてもらった『飛行魔法』だった。

 まだ空中を自由に飛び回ることはできないものの、高いところから落ちた時に衝撃を殺して着地することならできた。

(不意打ちは失敗。なら予定通り、アトレアの罠がある場所までサイクロプスを誘導だ)

 リンはサイクロプスと距離をとって対峙する。

 リンとサイクロプスは少しの間、睨み合ったまま両者動かずじっとする。

(来い! 不用意に踏み込んで来たら、カウンターで仕留めてやる!)

 リンは闘志をみなぎらせながら杖を構えるものの、サイクロプスは一向に攻撃して来ない。

 サイクロプスは戦闘態勢に入っているというのにいやに静かだった。

 その姿勢は先ほどから一向に変わらず、猫背のままだらりと腕を垂らしている。

 その巨体に似合わず、生命力というものを一切感じさせなかった。

 リンは頰に冷や汗が流れるのを感じた。

(マズイな。このままだとマグリルヘイムの二人組が来てしまう)

 それだけでなくリンは城壁塗装のせいでジワジワと魔力を消費していた。

 このままではいたずらに消耗するだけだ。

 アトレアの空間魔法もいつまでもつか分からない。

 時間が経てば経つほどリンの方が不利だった。

 しかしサイクロプスは一向に動いてくれない。

 その不気味な一つ目でリンを見つめるだけで微動だにしない。

 その瞳からは何の感情も読み取れなかった。

 敵への恐怖も、戦いへの高揚も、そして怒りさえも。

(カウンターでダメージを与えながら誘導するつもりだったけど……仕方ない。こっちから打って出るか)

 リンは『物質生成魔法』を唱えて鉄球を撃ち出す。

 サイクロプスは引き戸が右から左にスライドするように最低限の動きだけで真横に移動した。

 膝を曲げることさえなく、一切スキのない動きだった。

 鉄球はサイクロプスの脇を虚しく通り過ぎる。

 サイクロプスは特に姿勢を変えずリンの方を睨み続ける。

 まるでリンの焦りを見透かしているかのようだった。

 リンは底知れぬ恐怖を感じた。

 今までの相手とは違う。

 リンの額に脂汗が浮かぶ。

 もしかしたらまだ自分には手に負えない相手なのかもしれない。

(遠距離からではラチがあかない。こうなったら……、やってやる!)

 リンはまた木に呪文を唱えてサイクロプスの胸元までしなだれさせた。

 加速魔法で駆け上がっていく。

 本当はアトレアにここまで川を運んでもらい、位相魔法で縛りつけた上で仕留めたかったが、贅沢は言っていられなかった。

 リンは自分の10倍近い身長、数倍のリーチを持つ相手に対して真っ正面から突っ込んで行った。

 サイクロプスはリンが間合いに入ってくるまで、まるで死んでいるかのようにじっとしていた。

「……っ。あああああっ」

 リンは剣でサイクロプスの腕に斬りかかる。

 突然、サイクロプスは消えた。

 背後に回り込まれる。

 風圧を感じた。

「っ」

 大木は真っ二つに折れ、リンは真っ逆さまに落ちる。

 そのリンに向かって手に持っている棍棒を振り回す。

 リンは『飛行魔法』で体勢を変えながら棍棒を紙一重で躱す。

 しかし棍棒はリンをすり抜ける事が無かった。

 リンの頰をかすり、そこに付いていた城壁塗装を剥がしてしまう。

「!」

(当たった? アトレアの空間魔法が効いてるはずなのに? どうして?)

 リンは自分をはたいた棍棒に目を凝らす。

(アトレアの空間魔法が効かない……、まさか!)

 リンの目がサイクロプスの棍棒の先に付いているものに注がれる。

 そこには魔石が嵌め込まれていた。

(魔道具! 空間魔法を無効化できるのか)

 リンはまたサイクロプスから距離をとって敵の攻撃に備える。

(焦るな。予定地点まで誘導さえすれば……)

 リンは剣で牽制しつつも後ろに下がる。

 また突然、サイクロプスの姿が消えた。

 木々をなぎ倒して進む音と背後に棍棒を振りかぶる音がかろうじて聞こえる。

 振り返っていては間に合わない。

 リンは加速魔法で前方に緊急回避する。

 先ほどまでリンのいた位置に棍棒が振り下ろされ、近くの木が吹き飛び、地面が抉れる。

(まただ。急に後ろに回り込まれる。いくら何でも速すぎる。それに小回りも……、一体どうして……)

 リンはなんともなしにサイクロプスの足元を見る。

 サイクロプスは魔法の靴を履いていた。

(あれは! ルシオラの履いていた魔法の靴!?)

 またサイクロプスは音も無く移動する。

 リンは恐怖に囚われた。

 サイクロプスはその巨体と攻撃力にも関わらず自分よりも機動力が高い。

 おまけに200階クラスのアイテムを身につけている。

 背後にプレッシャーを感じる。

「っ、うわあああああ」

 リンは闇雲に走り出す。

 サイクロプスは追撃する。

 リンは方向転換する度に一度止まって足元を踏みしめなければならないが、サイクロプスは全く体勢を崩さず進行方向を変えることが出来る。

 やがてリンはサイクロプスの間合いに捉えられる。

(やられる)

 リンは背後からの攻撃を予測して身構えた。

「リン! 右よ」

 アトレアの声が聞こえるが、リンに対応する余裕はなかった。

 棍棒がリンの横っ腹に直撃する。

 城壁塗装越しに鈍器をぶつけられる感触とともにリンは気を失った。

 リンは木の枝を弾き飛ばしながら吹っ飛んで行く。



 リンが目を覚ました時、柔らかなものの上に仰向けになっていた。

「これは……」

「『飛行フキ』の葉よ」

 アトレアの声が傍から聞こえた。

 彼女も『飛行フキ』の葉の上にチーリンと一緒に座っている。

『飛行フキ]の葉はハートのような形をしていてふんわりと柔らかい感触を備えていた。

 個体差によりその葉の大きさはまちまちだが、モノによっては人間が何人も横たわることができる。

 リンはその寝心地の良さについ安心してしまうが、なぜ自分がここにいるのかを思い出すと慌てて体を起こそうとする。

「! サイクロプスは……」

 リンは起き上ろうとしたが、痛みで立ち上がることができなかった。

「ぐっ」

「無理しないで。今、回復してるところだから」

「……サイクロプスは?」

「マグリルヘイムの二人組に狩られちゃった。リンを安全な場所に運ぶので精一杯だったから」

「そっか」

 リンはそれだけ聞くとまた『飛行フキ』の葉に体を預ける。

「残念だったね」

「……うん」

 突然、狼の鳴き声が聞こえる。

「今のは……」

「ウェアウルフの鳴き声ね。もう深夜だわ」

 辺りはアトレアのたいた焚き火でオレンジ色に光っていた。

 夜の帳は完全に下りている。

「もう帰らなきゃ」

「……」

「師匠に怒られちゃう」

「うん」

 リンはまだおさまらない痛みに顔をしかめながらチーリンの背中に身を預けた。

(サイクロプス。倒したかったな……)

「くっそお」

(……リン)

 リンは無意識のうちにつかまっているアトレアの肩をぎゅっと握りしめてしまう。

 アトレアはそのことに気づいていたが、何も言わず飛び続けた。



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