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自由詩

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リーディングや投稿・寄稿で発表済の作品を掲載します。
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#spokenwordpoetry

わたしは答えない

わたしは答えない

わたしは答えない。
わたしの名前よりも先に学歴を尋ねる質問に。

わたしは答えない。
恋人がいなくてさびしくないのかという問いかけに。

わたしは答えない。
詩なんて役に立たないという台詞に。

その代わり、
ぱん、と破裂するような声で、
目の前のスネアドラムを触れずに鳴らすことだってできる。

だって、わたしから声が出るんじゃなくて
声のなかにわたしがいるから。
どこへ行っても怖くない。どこへ行

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A Poem for a Cup of Coffee

A Poem for a Cup of Coffee

Your words turn into
a cup of coffee today
It warms your frozen fingers
through the white ceramic cup

It goes well with sugar
It goes well with milk
It goes well with cinnamon
and honey glittering go

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白亜の恋文

指先で触れることすらもためらう。
ふとしたはずみで壊してしまいそうだから。
それでも、優しくつかまえなければ
たやすく指先をすりぬけるあなた。

遠い異国の山あいにそびえる
白亜の城からやってきた使い。
あるいは、彫刻家の恋人の忘れ形見でいることに
飽き飽きした石膏の化身。

あなたの姿はたとえば、におやかに濃さを
増していく五月の芝生の色や、
時折小さな星が眠そうに瞬く
藍色の宵闇に、ことによく

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ヘイズバラの海岸にて

飛行機雲が彗星のように白い尾を引きながら、
2月の澄みきった空を行き交う。
その下で海は見渡す限り
深い藍色を広げている。

スニーカーの足が少し沈みこむほどの
ふかふかな芝を頂く崖の上に立っている。
1年ごとに2mずつ
この海岸は削られていく。

白とグレーのまだらの石を
美しく組み上げた600年前の教会も
かつてよりも海にずっと近くなった。
その足許はすでにもろく不確かだ。

崖の下の波打ち際

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高度35,000フィート

海の底に沈む
クジラの全身骨格
のような
山脈が
眼下の
そこかしこに
横たわる

あと2時間もすれば
あかるい夕方の国に
着いてしまうことが
にわかには
信じられない

どこまで
泳いでも
どこまで
進んでも
夜明け前の海
なのではないか
という恐れを
かすかな望みに
変えるとき
高度35,000フィートの深海を
永遠の風景として
再び眠りに落ちゆく
まぶたの
うらに
たたみこむ

(2017年

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石畳と秋の蝶

石畳にアオスジアゲハがいる
たった一匹で翅を閉じてぴんと立てている
危うく踏みつけそうになる足を引く
飛び立つのを待つでもなく眺める
一枚の紙切れのようでいてはためかず
海原を行くダウ船の帆のごとく
青のパステルで描いたドロップスを
並べた翅を垂直に立てている

隣を歩く人が足を止めた
暖かい秋の日だまりに風が凪いだ
目を細めて何を眺めるのかその人は呟く
――ここ、昔、海だったんだ
その目には石畳

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ことばのことばかり

ことばのことばかり考えて遠回り、
物わかりのわるい物語の横流し。
連なり、転がることばたち。横並びの
中からなかなか出ない大当たり。

ことばのフレームからはみ出した世界を虫取網で捕まえに行った子どもが帰ってこない。あの笛吹きに連れ去られたんじゃないか……街の噂は膨れあがり瞬く間にしぼむ。
彼は早速、旅先で面白いものに出会った。
(1)武士の侍が馬から落ちて落馬したとか
(2)鳩時計から出てくるの

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海のエスキース

日焼けした大きな手の甲 節くれ立った指 
両ひざの上に押さえる乾いた新聞紙
ゆるやかにたたまれた紙の端が時折ぱたぱたとひかえめに海風にはためく
やせ細った木の椅子に もたれるでもなく 姿勢をただすでもなく 
老いた漁師がテラスにひとり
昼寝の眠り 太陽は傾き 変わる風向き 
目覚めのまばたき
あの日見たライオンの夢を今日も見なかった 
昨日の夢も至極雑多
尻尾だけ残して骨だけになったばかでかいカジ

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Après nous le déluge

晴れ渡る空の下を流れる川のほとり
向こう岸の華やかな街を望む見晴らし
遠く時計台の屋根は金色の輝き
かすかに届く祈りの鐘の音の響き
橋桁に寄せるさざ波の穏やかさとは
裏腹なこちら側の岸の騒々しさ
叩き売る輩あれば買い叩く輩
戯作と皮肉が酒の肴、本の商人たちのたまり場

商人たちの売り声は石つぶてよろしく
飛び交ってぶつかりあって窓を震わす
青天井の売上に夜ごと祝杯を挙げるから
潰れた声が紙屑みたい

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真夜中と金魚鉢

宵の雨風、冷たく輝く夜半の月
凍りゆく水たまりに閉じ込められる落ち葉
コートを脱いでハンガーに掛けるとき
手放した体温の行き先をふと思う

夜更けの台所でひとりマッチを擦れば
生まれた朱色の小さな炎はおもむろに
身震いして縮こまり
何事か決心する

小さな炎はマッチ棒の先を蹴って
身を躍らせ水だけが満たされた金魚鉢にぽちゃんと飛び込む
お荷物になる思いなら振り払えと媚びるようにまわるエトワール

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本を冷蔵庫に入れた話

もう棚という棚を埋め尽くしてしまった。壁じゅうをありとあらゆる棚にしてこれだ。ぶどう棚や藤棚がはたして棚かどうかというもっともな議論はまた別に譲るとして、仕方ないだろう! 本のほうで勝手に増える。減らしたいものほど増えていく、よくある話だ。全部の棚に本が入っている以上、とくに本棚というべき棚ももはやない。

そしてもう床という床も埋め尽くしてしまった。眺めてるとこっちが絶海の孤島の気分だ。ここがの

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きりんの卵

今朝、ベランダできりんの卵が孵った
ご機嫌斜めな秋雨前線がやって来て
しゃぼん玉も飛ばせそうにない空模様で
植木鉢の皿にたまる雨水も濁っている

うっかり卵の殻を脱ぎ損ねたきりんは
頭に殻をかぶったままでぽてぽてと歩き回る
ベランダの隅の植木鉢にこつんとぶつかって
その拍子に殻がぺしゃりと割れた
きりんは植木鉢の縁を見上げながら
雨の中でぱちぱちと両目をしばたたいた
まつげの先で雨粒がぽろぽろと弾

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