Après nous le déluge

晴れ渡る空の下を流れる川のほとり
向こう岸の華やかな街を望む見晴らし
遠く時計台の屋根は金色の輝き
かすかに届く祈りの鐘の音の響き
橋桁に寄せるさざ波の穏やかさとは
裏腹なこちら側の岸の騒々しさ
叩き売る輩あれば買い叩く輩
戯作と皮肉が酒の肴、本の商人たちのたまり場

商人たちの売り声は石つぶてよろしく
飛び交ってぶつかりあって窓を震わす
青天井の売上に夜ごと祝杯を挙げるから
潰れた声が紙屑みたいにますますひしゃげる
橋のたもとには銅像の馬 立派なたてがみ
その馬の脚の間にまで本がぎっしり
餌をねだる燕の雛よろしく口を開けて
「拙者親方と申すはご存じのお方もござりましょうが!」

しかし何だ印刷屋も眠る暇がないとは
植字工がきりきりまいで将棋倒しのありさま
朝だろうが夜だろうが向こう岸の町から
橋を渡って届くのは新しい特ダネ
ビュルレスクと名づければ本に翼、飛ぶ鳥を落とす勢いで売れるーー閑古鳥もいなくなる
ゴシップにカリカチュア、偽物の手紙、下衆なパロディ、嘆願書に果てはお料理のレシピ

「なんでこの本他よりも2割増なんだ?」
「おっと旦那それはいわば危険手当でして!」
踏みとどまるか踏み外すか綱渡りの本たちにこそときめく今日この頃、まさに恋心
3倍のお値段ならガレー船の島流しがついてさらにお得なこと請け合い
どうでしょうな旦那まさかそこまでして……あらまお買い上げ?どうかしてるね!

今日もやたら鴉が鳴く、向こう岸が騒がしいーーいやはやありがたい殺生関白だ!
ペンよりも剣よりも裏切り者の銀貨に万歳三唱して街へみんな繰り出せ
吊るせるものみんなかき集めて吊るし飾れ
金持ちならシャンデリア、市民なら靴下
鯉のぼりでも干し柿でも一向に構わない
すべて風になびかせれば街まるごとお祭り

白と黒の入れ替わることいともたやすく
或は二つ混ざりあうこともやぶさかでなく
昨日交わした杯も明日には割られる――そんな泥沼に楔を打ち込む義理なんてねえな!
だからこう歌うわけさ Après nous le déluge!
毒か薬かそのどちらもかどちらでもないか
飲み下してから決まるものさ覚悟はどうだ?
書かれたことが真実になる世の中だ

日増しに盛り上がりを見せる本の商人たちの街に灰色がかった霧の噂が流れる
あの銅像の馬がある日なぜか本と一緒に消え失せたって(嫌な予感がするな!)
はたして勘は的中、弓の名人のごとく
橋を踏みぬかんばかりに韋駄天の走りで商人の一人が血相を変えて戻る
「飲んだくれのシャンパーニュ男爵の謀反だ!」

見れば向こう岸の街に次々と上がる火の手
なに、じたばたするほどのことはあるまいて、こっちは二枚舌のお手伝いをしたまで
つくれと言われた真実をこさえる職人さ
真夜中の朝焼けか夕焼けと見まがうーーいやはやありがたい殺生関白だ!
ペンよりも剣よりも裏切り者の銀貨に万歳三唱して街へみんな繰り出せば

「待てよ橋が燃えてる!」
対岸の火事は橋を舐めるようにこちら側の街へなだれ込む
その様荒れ狂うリヴァイアサンさながら
「あああアブサンが燃えてる」
「その前に本をどうにかしろ」

橋桁に寄せるさざ波の穏やかさとは
裏腹なこちら側の岸の騒々しさ
叩き売る輩あれば買い叩く輩
戯作と皮肉が酒の肴、本の商人たちのたまり場

(2016年10月)

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