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暁美ほむらは、どう説明すべきだったか。説得力のある忠告について

 『魔法少女まどか☆マギカ』が面白い。きらびやかな美少女の戦いもの(『プリキュア』とか『おジャ魔女どれみ』)かと思いきや、退廃的で悲壮・苦痛のダークな展開と世界観。どちらかというと『魔法騎士レイアース』をもっと暗くした感じに見えます(似たような小動物が出てくるし)。

1.暁美ほむらの言葉不足

 で、一通り見て、今は劇場版(再編集したもの)を見ています。
 改めてストーリーを最初から見ているのだけれど、いやいや、最初のほむらの説明がまずい。転校してきてすぐ、保健室にほむらとまどかで向かっているところ。唐突にほむらが切り出す場面。キューベーのことを伝えなければならないのに、あまりにも言葉不足が過ぎています。いかにキューベーが悪者か、どのようにキューベーが騙そうとしてくるか、キューベーの言葉にのっかるとどのような展開が待っているか。そんなところを、まどかが納得するように説明するべきだった。それなのに、ほむらの忠告はこんな感じでした。

ほむら:鹿目まどか、アナタは自分の人生が尊いと思う? 家族や友だちを大切にしてる?
まどか:え……えっと……わ……私は……大切、だよ。家族も、友だちの皆んなも、大好きで、とっても大事な人たちだよ。
ほむら:本当に?
まどか:本当だよ。ウソなわけないよ。
ほむら:そう、もしそれが本当なら、今とは違う自分になろうだなんて絶対に思わないことね。さもなければ、全てを失うことになる。アナタは、鹿目まどかのままでいればいい。今まで通り、これからも。

魔法少女まどか☆マギカ

 こんなに抽象的では、何のことを言っているのか分かりづらい。後にほむらは「あのとき忠告したでしょ」等とまどかに言いますが、これが忠告として機能しているのかどうか……。
 文脈からほむらの議論を取り出すとこうなります。

今とは違う自分になろうだなんて思うべきではない。なぜなら、そうすると全てを失うことになるから

 これは本当でしょうか。ほむらが望むことと少しズレている様に感じます。ほむらがまどかに望むことは、「キューベーと契約すべきではない」です。「まどかとの関係をやり直したい」という願いで魔法少女になったものの、時間をループするうちに「まどかにキューベーと契約自体をさせるべきではない」という考えに至り、ほむらは「今」の時間軸にやって来ました。ほむらの考えの核であり、まどかに伝えるべきは、「キューベーと契約すべきではない」なのです。
 「今とは違う自分になろうだなんて思うべきではない」と伝えて、「キューベーと契約すべきではない」を伝えたことになるかというと、そうはならないでしょう。というのも、「今とは違う自分になる」は、「魔法少女になる」だけを含んでいるとは限らないからです。「今とは違う自分になる」には、「魔法少女になる」意外のことも含まれます。例えば「もっと勉強して、頭が良くなろう」も「今とは違う自分になる」と言えるだろうし、「運動をがんばって体力をつけよう」も「今とは違う自分になる」に含まれるだろうし、「恋愛をして恋人を作ろう」というのでもいいでしょう。このように「今とは違う自分になる」は他にも解釈の余地があるため、この説明では「キューベーと契約すべきではない」を伝えたことにはならないのです。 

 ほむらが言いたかったのは、「キューベーと契約すべきではない」。であれば、「今とは違う自分になろうだなんて絶対に思わないことね」などと遠回りなことを言わず、ズバッと直球を言うべきでした。直球で言ったところで、別に不利益はなかったはずですから。
 もしかしたら、こう考える人がいるかもしれません。
「この時点で『キューベー』と言ったところで、それが何なのかわからんかったろうよ。この時点ではオブラートに包んで伝えるしか無かったんだよ」
が、それは違います。もしもまどかがキューベーが何者なのか知らないのなら、それも一緒に説明すべきだったのです。主張への納得を促すために。

 ほむらは、まどかをいかに説得すべきかを、いの一番に考えるべきでした。まどかを魔法の力で守るのではなく、忠告に納得するように、言葉に説得力をのせる方法を知るべきだったのです。
 転校初日の、下校までの間。説得のチャンスはこの時しかなかったはず。この日の下校時には、まどかはキューベーに会ってしまっています。まどかとキューベーが接点を持ってしまったら、まどかはいつキューベーと契約してもおかしくありません。接点を持った直後にキューベーが勧誘しないとも限らないのですから。
 ほむらはキューベーと比べて、立場的に不利です。キューベーが「僕と契約すれば何でも願いを叶えてあげる」と言うよりも、「キューベーと契約すべきではない」は、説明が難しい。「キューベーと契約すべきではない」は、キューベーが出てきた後に説明すべき事柄だからです。キューベーが出てきていない時点では、キューベーが何者なのかから説明せざるを得ず、説明する事柄が多いということは、それだけ納得を引き出すハードルが上がります。が、キューベーが出てきた後で説明しようとしては遅い。キューベーが出てきた時点で、まどかが契約をオッケーする可能性もあるからです。だから、ほむらは言葉を工夫すべきでした。キューベーよりさきにまどかと接点をもつという利を生かし、いかに説得力をもって忠告するかを考えるべきでした。

 実際、まどかとキューベーが初対面の後、巴マミの部屋で、キューベーの営業が始まっています。

キューベー:僕は君たちの願い事を何でも一つ叶えてあげる。

魔法少女まどか☆マギカ

 ストリー上、まどかはすぐにキューベーと契約せずに、「ええ、どうしようかな……」的な感じでした。が、もしかしたら、二つ返事で契約してしまっていたかもしれないのです。まどかが考えなしに、次の瞬間には「うん!」とうなずく可能性もあった。まどかには叶えたい悩みがあって、「願いが叶うなら……」と承諾することもあり得た。
 ほむらは保健室に行く途中の忠告の時点で出し惜しみせず、ストレートに「キューベーと契約すべきではない」と伝えるべきだったのです。

2.契約してはならない事を、いかに説明するか

(1)論理的な説明とは

 さて、ほむらは「キューベーと契約すべきではない」とまどかに伝えるべきでしたが、「キューベーと契約すべきではない」と言っただけでは、まどかは納得しません。これだけ言われても、「? どうして?」と質問が返って来たはず。ほむらは論理的にまどかに説明するべきでした。まどかが「なるほど、確かにそのとおりだね」と納得できるように、理解しやすく、わかりやすく。
 そんな、説明に説得力をもたせるための方法が論理なのです。

 論理は、相手を説得したり、自分が正しい推論でもって真理にたどりつくために考えられ、積み重ねられてきました。「自分の考えをわかってほしい。効果的に思いを伝えたい。」そんな時に有効なのが論理です。まどかの未来を案じるほむらにとって、最適の方法と言えるでしょう。

(2)主張を理由で支える

 説得力をもって説明するには、ある程度「型」が決まっています。「主張+理由+具体例」です。
 とりわけ、主張+理由は重要です。論理は、主張と理由の間に現れるものですから。主張しておいて理由が無かったら、それは論理的とは言えません。理由をダラダラと述べて、なかなか自分の考えを示さないのであれば、それも論理的とは言えません。論理は、主張を理由で支えた時に現れます。 
 「論理が主張と理由の間に現れるのであれば、具体例は何なのか」と言うと、具体例は理由の一部でもあります。理由+具体例で「根拠」とも言います(言い方が統一されておらず、理由を根拠を同じ意味で使う言い方もあります)。

 例えば

 『魔法少女まどか☆マギカ』は面白いよ。

というよりも

『魔法少女まどか☆マギカ』は面白いよ。ストーリーも表現もいいからね。

と理由をつけて言った方が、聞いている側は「なるほど」と思うでしょう。この「なるほど」と相手の考えに理解を示せる感覚、「そういうことか」と腑に落ちる感覚、これが説得力です。

 主張+理由と言っても、ただ何でも主張に理由をつければいいというわけではありません。主張+理由に理屈が通っていなければならない。例えば、こんな主張+理由は理屈が通っていません。

『魔法少女まどか☆マギカ』は面白いよ。Amazonプライムで見られるしね。

 これでは聞いている側は「? どういうこと?」と疑問に思います。主張に理由がついているからといって、それだけで論理が発生するわけではありません。理屈が通っていなければならないのです。
 上記例も無理に想像すれば、理屈が通っていないとも言えません。補完できそうな理由を想像するのです。「Amazonプライムで見られるアニメは、どれも面白い」という理由を補えば、理屈が通っていないとも言えなくなります。こんな感じ。

『魔法少女まどか☆マギカ』は面白いよ。Amazonプライムで見られるし、Amazonプライムで見られるアニメは、どれも面白いからね。

 けれど、理由を想像して補わないと理屈が通らいないのであれば、はじめから理屈が通るように全ての理由を用意するべきでした。理由を省くべきではありません。
 私たちが意見を言う際に、理由を省きたくなるのにはワケがあって、それは「理由を省かないと、理屈が通らないことが露呈するから」です。さっきの、この議論

『魔法少女まどか☆マギカ』は面白いよ。Amazonプライムで見られるし、Amazonプライムで見られるアニメは、どれも面白いからね。

の、「Amazonプライムで見られるアニメは、どれも面白い」は虚偽です。どれも面白いわけではありません。あのアニメやこのアニメなど、面白くないアニメはAmazonプライムにもあります。理由をハッキリと言わないで省きたくなるのは、その理由が虚偽だから。一つ理由が虚偽だとなると、議論全体が虚偽になって、主張を支えられるだけの理由ではなくなってしまいます。理由が怪しいのが露呈する。
 理由を省いてしまえば、しっかりとした論証をしなくても済み、実は甘い論証であることが相手にバレず、なんとなくの「感じ」で納得を引き出せるため、多くの人は理由を省きたくなるのです。

 論理的であるには最低限、主張を理屈の通った理由で支える必要があるのです。

(3)具体例で説得力を上げる

 理屈の通った理由を示せたら、今度はそれに具体例を加えます。理由と同じ内容をもう一回、今度は具体例で伝えます。理由の詳細を、具体例で語って説得力を上げるのです。

 『魔法少女まどか☆マギカ』は面白いよ。だってストーリーもいいし、それに表現もいいからね。
 例えば、正義の味方と思われた「魔法少女」が、実は敵である魔女の前段階で、決して正義の味方ではないというストーリー。せっかく魔法少女に憧れていたのに、それを裏切られた主人公・まどかたちの心情変化が絶望的でいい。
 それから表現。魔女や魔女が作る結界は西洋風の紙芝居っぽくて風情があるし、BGMにはラテン語の歌が入っていて重厚感あるし、キャラデザインも萌っぽくてシリアスなストーリーとのギャップを感じる。

 どうでしょう。具体例を語れば、「だってストーリーもいいし、それに表現もいいからね」という理由に厚みが加わりますよね。理由は主張を支えるので、最終的には「『魔法少女まどか☆マギカ』は面白い」が説得力を持ちます。

 ただし、具体例を語れば説得力が上がるからといって、理由抜きで具体例を語ってはいけません。何を言っているのかが伝わりにくくなりますから。詳細な具体例は、端的に述べられた理由の後に置かれてこそ力を発揮します。
 実際に、理由を抜かしての主張+具体例だとこうなります。

 『魔法少女まどか☆マギカ』は面白いよ。
 例えば、正義の味方と思われた「魔法少女」が、実は敵である魔女の前段階で、決して正義の味方ではないというストーリー。せっかく魔法少女に憧れていたのに、それを裏切られた主人公・まどかたちの心情変化が絶望的でいい。 それから表現。魔女や魔女が作る結界は西洋風の紙芝居っぽくて風情があるし、BGMにはラテン語の歌が入っていて重厚感あるし、キャラデザインも萌っぽくてシリアスなストーリーとのギャップを感じる。

 どうでしょう。「例えば……」の辺りが、うまく頭に入って来なく、咀嚼(そしゃく)しにくいでしょう。うまく頭に入って来ないのは、何の話をしているのかを前もって示されていないからです。急に細かい話をされては、何の話をしてるのかわからず、文中で道に迷います。まず端的に理由全体を示すからこそ、その後の細かい話が効果的に伝わる。詳細を述べる際は、まず端的な全体像があった方がわかりやすいのです。

 説得力をもって説明するには、「主張+理由+具体例」です。

3.鹿目まどかを守る、論理的な忠告例

 では、ほむらが言うべきだった説得力のある忠告を作ってみましょう。こんな感じで忠告するのなら、相手が合理的な判断の持ち主であれば納得するに違いありません。

 キューベーと魔法少女になる契約をすべきではない。なぜなら、アナタが不幸になるから。
 キューベーとはうさぎの様な白色の小動物で、人語を話す。家の中に現れたり、道端で後をつけたりして、いずれ接触を試みてくる。可愛い見た目をしていて、良くも悪くも話がうまく、自分に都合の悪いことは言わない。
 このキューベーは、あなたに「魔法少女になる代わりに願いを一つ叶えてあげる」と、契約を持ちかけてくる。一見、うまい話のようだが、そうではない。確かに、願いは何でも一つ叶えられる。重い病気だって治せるし、好きな食べ物をたくさん出すこともできる。ここだけ聞けば魅力的かもしれないが、その対価を考えると割に合わないのだ。願いの代わりである対価を3つ説明しよう。
 1つ目に、魔法少女になって魔女と戦わなくてはならなくなる。魔女とはこの世に絶望を振りまく存在。恨みや後悔や悲しみなど、負の感情が魔女となり、その魔女がさらに絶望を撒き散らす。その魔女を狩るのが魔法少女だ。魔女を放おっておくと不幸な人が増えて平和が乱れる。平和を守るのが魔法少女。が、「平和を守る」と言えばかっこいいが戦いは悲劇だ。魔法少女は多くの人から存在を知られないため、戦っても称賛されることはない、孤独な存在。そして戦いは苦痛だ。怖さや痛さに苦しむことになる。自分を襲ってくる異型な魔女相手に戦う。銃を向けられるし、刃で斬られるし、噛みつかれる。体の肉が裂けて体から血が体外に溢れ、骨は砕ける。痛みと気持ち悪さで意識は悲惨だ。
 2つ目に、いずれ魔女になる。平和を守る存在の魔法少女は、やがて魔女になるのだ。実際に称賛されることはなくとも、「称賛されることをやっている」という誇りがあるならまだやっていられるかもしれない。けれど後に、忌み嫌われる対象の魔女に、自身がなるのである。これも魔法少女の運命。魔法少女は戦いの中で精神を消耗し、この世を恨むようになる。その恨みがリミットを超えると、魔法少女は魔女になる。実は自分が討伐する対象というオチで、最終的には悪で終わる。
 3つ目に、魂を抜かれてしまう。契約した時点でその者の魂は抜かれ、肉体はただの外箱となる。キューベーから言わせると、これは魔女と戦うために必要なことらしい。普通の人間の肉体では魔女と戦いに不利だ。攻撃の痛みに耐えられない。すぐに戦闘不能になるだろう。そこで魂を抜くのだ。魂を抜くことで受ける痛みを和らげ、少しでも戦いを有利にする。肉体から魂を抜いて他に移せば、肉体から受ける苦痛はかなり軽減するはずだから。が、この魂を抜かれることに、アナタは耐えられるだろうか。これは、契約した時点でゾンビになるようなものだ。もしも魂を抜かれることを死と考えるのであれば、契約した時点で死ぬことにもなるだろう。
 このようにキューベーとの契約には、魔法少女となり魔女と戦う、いずれ魔女となる、魂を抜かれる、という対価が生じる。
 もちろん、これらが割に合っているかどうかの判断は人それぞれだ。「願いが何でも叶うんなら、戦いも魔女になるのも魂を抜かれるのも別に……」と思う人もいるかもしれない。が、それは勘違いだと強く言おう。肉体の痛み、精神の苦しみ、死への恐怖、最終的な悪という運命、魂を抜かれることへの嫌悪感。これらは特段の苦しみなく平凡な生活をしている者が、願いと引き換えに手に入れて「それで良かった」と受け入れられるものではない。
 それから何より、騙されることが不愉快ではないか。キューベーは契約の際に、魔法少女が魔女になることや魂を抜かれることを、あえて言わない。人間にとって、それらが魔法少女になるかどうかを判断をする際の重要な要素になることを知っていて、私たちから隠すのだ。私たちがデメリットに気づかず、純真に魔法少女になっていく姿を見て、その
小動物はニタリとほくそ笑んでいるのだ。いや、ほくそ笑むことすらしない。私たちが不幸になることに気づかず契約を結んでいく様をみて、なんとも思わないのだろう。こんな苛立たしいことは他にあるまい。
 このように、キューベーとの契約は割に合わず、アナタが不幸になる。だからキューベーと魔法少女にのなる契約をしてはいけない。

 いかがでしょう。このように説明すれば、まどかも納得して忠告を聞き入れ、キューベーと契約をしないでくれるのではないでしょうか。

 暁美ほむらは論理的に忠告するべきでした。「今とは違う自分になろうだなんて絶対に思わないことね。」などとハズレたことを言わず、主張を理由で支え、具体例も交えて説明するべきだったのです。
 ほむらの時間干渉能力は便利にできています。それまでの蓄積をもって時間をループしているので。時間ループはフィクションではありふれた能力ですが、ほむらの時間干渉は比較的使い勝手があると言えるでしょう。他のループものでは、記憶をもたずに時間を遡行する例があります。例えば『涼宮ハルヒの憂鬱』のエンドレスエイド。キョンたちは記憶をもたずに一万五千回以上も15日間をループしました。そんな記憶リセット型のループに対してほむらの時間ループは記憶をもったままです。記憶どころか経験もリセットされず、ループするたびに蓄積が増えます。技や武器を増やせば、次のリセット時では増えた技や武器を初めから使えるし、判断ミスがあったならば、その教訓を活かして再スタートできます。せっかく記憶をもって時間ループしているし、前回の教訓を活かせるのだから、それまでの蓄積を説得に利用すればよかったのです。記憶が残っているのだから、生々しく具体例を語れるでしょう。判断を十分に支えられる、うまい理由も見つけられたはず。
 暁美ほむらは論理を用い、説得力をもって鹿目まどかに忠告するべきだったのです。

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