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間違いを犯した女の話 #6

電話で母は、まずは、女が自宅へ帰ってからの心境の変化があったか、とか今どういった心境なのかと聞いてきた。そういった質問で女の心境がしっかりと把握したことに満足すると、今度はどうして結婚を解消したいという女の希望が間違った考えであるのかを滔々と語った。
子供のためには両親が必用である、父が悲しむ、母が悲しい、胸を痛める者がたくさんいるのだと。第一、一度結婚したなら死ぬまでそれを維持することが人としての道理である。それには忍耐が必用かもしれない。しかし、辛抱するということが、人生での学びであり成長するということなのだ、とも言った。

女には異論はない。いや、母が言うことには異論があるが、そういった考えを母が持つことには異論はなかった。そんなことよりも、愛する我が子、父母を悲しませてはならない。女は、自分の価値観や倫理よりも大切な人たちを大切にすることが自分の使命のように感じていたからだ。

第一、ここで互いの価値観を議論しても仕方がない。いっそのこと、猫の件について母に相談(というものになるのはいささか不明なところだったが)してみようか、打ち明けてみようかと思ったが、それもやめた。不確かなことを話したところで何になるだろう。今必要なのは具体的な何かだ。

女の母の意見はいつも「命令」だった。意見を求めなくても命令が返ってきた。人間は誰しも価値観というものを持っているものだが、母の価値観は自己主張が強く、母はそれはをべての人類が従うべき常識や信念のように扱った。すべての人類とは彼女の住む世界の、ということだ。もちろん、母にも常識や理性はある。見ず知らずの他人をコントロールできるとは思っていない。自分の言うことを聞きそうな家族や知り合いに自分の意見を「当然正しいことで、従うべきもの」として話した(筋が通った正論であるのがまた厄介だった)。相手が別の選択肢を選ぶことなど到底受け入れられることではないというように。もちろん、その「命令」に背く(つまり、別の選択肢を選ぶ)ことも可能だった。独裁者ではない。だが、母の中で相手に対する信頼は失われた。

そんなことを考えながら、口では母が安心しそうなことを言って電話を切った。

子供がもうすぐ学校から帰ってくる。しなければならないことがたくさんあった。

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