あなたは草刈機をお持ちですか?
当時インターネットで電脳世界を気ままに歩ければハッピーな頭をしている我々夫婦にとって、東京で生きる理由は仕事以外見出せなかった。
また、結婚するとは自他共に想定されていなかった私なのだが、子どもが出来てから不思議と幼少期を過ごした田舎での生活は輝きに満ちた、とても魅力的なものに思えた。
5年前の夏、家族で移住をした。
引越を終え、慣れないご挨拶に地域をまわっていた時の事。
地区長に挨拶に伺った際出たひとこと、
「草刈機をお持ちですか?」
だった。
この辺りでは大字区(おおあざく≒住所にのる最後の地名)、小字区(こあざく≒住所にのらない地名)で地区会があり、その中でそれぞれ地区長、会計、監査等の役が組まれている。
伝来の祭りもほぼ潰えたこの土地ではもはや大した活動も無いのだが、最後まで過疎地に残された鈍色に輝く一筋の光、それが草刈だ。
都会暮らしに染まった我々に限らず、多くの移住者はこの草刈の困難に相対することになる。
毎年の春~秋、舗装されていない道端でやつらは狂ったように育ち、毎月1回程度は地区での草刈があるほか、その他の役回りや畑仕事の手伝いなども含めると、畑をやっていない人間でも毎月3~4日、しかも日曜を草刈に費やすことになる。
そこで雑木林で見つけた木の棒を嬉しそうにぶんぶん振り回す子どもの如く草刈機を手に狂喜乱舞するか、この土地に降り立ったのはそんな土にまみれて生産性の低い時間を過ごすためではないと言うかは人次第だ。
私は前者だった。
当然草刈機(正確には刈り払い機)など触ったことはおろか見た事すら無かったが、マインクラフトの整地に似たその楽しさは一度とりつかれたら辞められないドラッグオンドラグーンのような存在なので地域の方々が病みつきなのも納得できる。
しかし、残念ながら移住者においてこの草刈は揉め事の発生率が非常に高く、最も身近なケースをご紹介する。
私の前任の地域おこし協力隊は地区の道端の草刈のお誘いに対し、
「そんな事をしにこの土地に来た訳ではない」
とお断りした。
すると地域の方は、
「草刈に参加しないのであれば罰金を払ってくれ」
と言った。
そして返した言葉が、
「だったら貴方がたは僕が働いて得る筈だった機会損失を補償してくれるのか?」
だった。
前任の地域おこし協力隊ご本人が嬉しそうに語っていた内容なので実際の現場では言い方や伝わり方も違いがあるだろう。
だが、地域の方も「そんな事」をするためにこの土地に生まれてきた訳ではなく、草刈をするくらいならパチンコもしたければお酒も飲みたい。
何より草刈に参加するような面々は、この滅び行く過疎地の最後の砦として従来行われてきた地域の仕事を一手に引き受け、本来その手から離れていたはずの仕事を担う子世代は地域にも帰らず、そんな中で自身らが生活するための仕事もこなしてきた。
つまり、田舎の人間とはブラック企業を地でいく生き方をしてきたバーサーカー共なのだ。
ゲームでもリアルでもバーサーカーが大好きな我々にとって田舎は暮らしやすい場所だが、価値観は人それぞれ。
願わくば過疎地への移住を検討されている方は、まず刈り払い機講習を受ける事を強くおすすめする。
(一社)中小建設業特別教育協会
刈払機取扱作業者安全衛生教育
その気概たるや必ず田舎人は賞賛と喝采をもってあなたを迎え入れてくれることだろう。
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