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煉獄さんについて一方的に語る記事(映画・漫画のネタバレ有)

 今回はついに煉獄さんについての考察を語っていこうと思います。そもそも煉獄さんの煉の字は、漫画では火編に東なんですけど、便宜上「煉」の表記でやって行きたいと思います。

 鬼滅の映画と、7・8巻のネタバレを多く含むので未見・未読の方はご注意ください。今回は煉獄零巻はネタバレせずに行きたいと思います。念のため、少しスクロール。


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 はい。それでは。なんか、推しについて語るの、ちょっと緊張しますね。一応項目立ててまとめたいと思います。思いついた順です。

1・名前

 まず、煉獄さんの名前についてですが、杏寿郎って珍しい名前ですよね。弟の千寿郎くんは、長寿を祈ってなのかなって感じですが、アンズってどういうことだろうと思って、漢字の意味を調べました。
 そうしたら、「杏」には「人を助ける」という意味があるということで、超納得しましたし、「杏寿郎……」と、思わず名前を噛みしめました。煉獄杏寿郎って最高の名前ですね。

2・無限列車での「夢」

 「幸せな夢」を見せる魘夢の能力で見た夢は、第三者から見ると、あんまり幸せな印象じゃありませんでした。もっと都合良い夢でも良いのに。
 簡単に言うならば、お父さんに認められる夢。もっと都合の良いものなら、さらに過去の夢。お母さんが生きていた時の夢や、お父さんが元気で稽古をつけていてくれた時の夢。そんな夢でも良いのに。
 炭治郎への能力の使い方を見ると、魘夢は夢の内容をコントロールできるようですが、伊之助の夢なんかはあんまりいじっている感じがしない…。直接血鬼術を発動している人の夢はいじれるけど、切符で眠らせた人のものはその人が無意識に幸せだと思っていることなのかなあなんて。
 もし煉獄さんが、この夢を「幸せ」だと思っている場合。大きな理由は、きっと「過去も今もなく家族が大切だ」ということじゃないかと思うんです。端的に言えば、お父さんや千寿郎くんが好きだからこそ、現在につながる、柱になったことを報告したときの出来事を大切な思い出だと潜在的に思っているんじゃないでしょうか。
 煉獄さんは、お父さんのことを大切に思っているから、現在のお父さんを否定したくないんだと思います。過去の方が幸せだと思ってしまったら、それは現在のお父さんを否定することにつながってしまう。煉獄さんは、お父さんにはお父さんの色々な思いがあって無気力になってしまったと考えていて、それでもお父さんが丸ごと好きだということなんじゃないかと思うんです。
 「考えなくても仕方がないことは考えるな」というのは、余計なことを考えて過去を振り返って、立ち止まってはいけないのだという決意。そして、そう決意したのは、千寿郎くんと一緒に、「今」を「これから」を生きていくため。兄弟で「頑張って生きて行こう!寂しくとも!」と励まし合ったこの日が、煉獄さんにとっては「幸せ」だった……。現在につながる大切な日だったんでしょう。そのあとは、千寿郎くんと話したり、稽古をつけたり、弟との日常そのものが素直な「幸せ」だったのだと思います。
 ここで大切なポイントが「寂しくとも!」です。煉獄さんも寂しいんです。お父さんに認めてもらえなくて。否定されて。それでも、きっと「もっと可哀相」だと思える千寿郎くんがいたから、自分はしっかりしないといけないと奮い立っている。こういうとちょっと語弊があるかもしれないですけれども、それは決して哀れみではなくて、家族として弟を守ってあげたい。幸せになってほしいという気持ちだと思います。
  今の煉獄さんがいるのは、千寿郎くんの存在が大きいんでしょうね。決して重荷ではなく、心の支えになっているんだと思います。

3・煉獄さんの無意識領域

 煉獄さんの無意識領域は、ひび割れた石のような床に、殺風景な何もない空間で、至る所に炎が燃えています。私は映画で初めて見た時、戦争の風景かと思いました。
 いつも元気で、ただただ明るい人は、このような無意識領域にはならないでしょう。炎が燃えているのは、煉獄さんが自分でも言っている「心の炎」。でもそれは、大きなキャンプファイアーのようなものじゃなく、そこここで戦火のように燃えている。
 何度も傷つけられて、傷ついて、崩れそうになって、それでも心を燃やして20歳まで真っ直ぐ進んで生きてきた。実は心の中は結構ボロボロなのかもしれないなと思います。
 無意識領域に侵入した女の子を死ぬ手前の状態で締め上げるのは、戦えなくなることを危惧しての本能的なものではありますが、他人に土足で入り込まれたくないという気持ちもあったのでは無いかなと思います。

 8巻の無限列車の後の話で、善逸が煉獄さんのことを「傷ついた心を叩いて叩いて立ち上がる」人だったと言っているのも、その示唆ではないかと。


 煉獄さんは、傷を隠すのが上手くて、ほとんどの人は気づかないんでしょう。もっと長く炭治郎と一緒に行動していたら、炭治郎なら煉獄さんの傷も見つけられたかも知れないのに、と少し切なくなります。炭治郎と煉獄さんが一緒にいたのは、たった一晩なんですよね。

4・煉獄さんが話す時の癖

 煉獄さんと会ってすぐの頃に炭治郎が突っ込んでいたところですね。
 どこを見ているのか、という答えは、「前を見ている」だと思います。その「癖」のような独特の特徴は、煉獄さんの生き方そのものを表しているのではないかなと。
 煉獄さんは、間違いなく強い人だけれども、きっと自分ではずっとどこかに不安があったんじゃないかと思うんです。だから、最期の最期にお母さんが目の前に現れた時、
「俺はちゃんとやれただろうか」
という本音がぽろりと(心中で)漏れたのかなと。
 父には在り方を、目指していることを、夢を否定され続けて、きっと柱になるまでには守れない命もあって、かつ兄として千寿郎くんのことも考えて、しかも誰にも弱音なんて吐けない。
 何かのきっかけで後ろを向いてしまったら、足が止まってしまうような不安も付きまとっていたんじゃないかと思うんです。まさに、夢の中で禰豆子の声や六太の声を後ろに聞いた炭治郎が、家族を振り返りたくて苦しんでいたときのように。
 だから、それこそ無意識に、出来るだけ前を見ているようになったんじゃないかと思います。
 そして大事なことを伝えるときには、真っ直ぐにきちんと目を見て話しているんだと思います。

 それに加えて、煉獄さんは良いことも悪いことも、結構スパッと言い切りますよね。「鬼もろとも斬首する!」とか「この話はおしまいだな!」とか、「柱までは一万歩あるかもしれないがな!」とか(例が悪いことばかりになってしまった)。
 あれも、深い議論をすると迷ってしまう可能性が出るからかな、と思います。
 あれだけ言い切ってしまえば、よほどのことでなければ、食い下がってくる人はあまりいないのではないでしょうか。なんとなく圧も感じるし。
 決して人の話を聞いていない訳では無く。自分が間違っていたと思えば認めるけれど、そうでないときはできる限り自分の思うまま、自分を信じて真っ直ぐ進みたいという気持ちが強いのでは、と思います。

4.5・「価値基準が違う」

 一方で、猗窩座にも「お前の考えは間違っている」とは言わないんですよ。「物事の価値基準が違う」と言うんですね。
 炭治郎は鬼に対しては結構ガチギレして否定する印象があるんですが(炭治郎は間違ってないですもちろん)、煉獄さんのこの言い方は、鬼殺隊の中でもちょっと浮いてさえいる気がします。
 「価値基準が違う」、それは、自分も間違っていない、君も間違っているわけじゃない。そういうことですね。その後人間の美しさを猗窩座に語る様子も、淡々としています。「お前の考えが絶対ではない」ということを伝えるように、そして言い聞かせるように、自分でも確認するように。
 結局猗窩座にそれが響くことは無いですが、自分が大切にしている価値観を語る煉獄さんは美しいです。

 おそらく、普段から自分と意見が違う人のことは「価値基準」がどうか、という点を意識していたのではないかと思います。
 価値基準……つまり、モノサシが違うなら根本的に考え方が異なるので、「どちらかがどちらかのモノサシに合わせない限り、話は終わり」ということになりそうです。
 でも煉獄さんは、自分のモノサシは絶対に手放さないし、他者に自分のモノサシを使うことも強要もしないでしょう。その代わり煉獄さんは、「他者のモノサシを理解する」のでしょう。そして、「自分のモノサシで測ったことも理解して欲しい」とも思うのではないでしょうか。

5・煉獄さんの救い

 煉獄さんは滅私とも言える精神で誰かを守るために戦い続けて来ました。それでも、上弦の鬼猗窩座と戦ったとき、煉獄さんを助けられる人は居ませんでした。
 命を懸けて最後の最後まで粘ったけれど、猗窩座は手をちぎって逃げてしまう。逃がしてしまったことをきっと悔しく思っていたでしょう。
 そんなときに、炭治郎が猗窩座に向けて煉獄さんのために叫び続けたことは、煉獄さんにとって衝撃だったと思います。叫ぶ炭治郎を見つめる煉獄さんは、きょとんとした表情にも見えます。
 それでも、炭治郎の言葉は、煉獄さんの生き方を、してきたことを、全部肯定する言葉で。もうこれから死にゆくのみと思っていた煉獄さんは、最後に、ハッキリと自分を肯定してくれる言葉が聞けて、かなり気持ちが軽くなったのではないでしょうか。
 炭治郎は、「煉獄さんのためにうごけー!」と叫んで、手負いのまま煉獄さんを助けようとします。初見のとき、私は逆に足手まといになったらどうするんだ〜とヒヤヒヤしたのですが、幸いそんなことも無かったし……炭治郎が、「煉獄さんのために」動いたこと自体が、煉獄さんの救いに繋がると思います。

 本当は、煉獄さんだって誰かに助けてもらいたかったはず。それは、猗窩座との戦いのみの話ではなく。今まで、母が亡くなってからずっと。
 煉獄さんなら、きっと「みんなに助けて貰った!」と断言するでしょうけれど、やっぱり煉獄さんの心の中まで見透かして、手を差し伸べるような存在は居なかったように思います。
 その点、炭治郎は短い接触の中でも煉獄さんの性格の良さや能力の高さを理解していたし、煉獄さんの心をも救える可能性があったんだなあと……。

 うーん、炭治郎がいてくれて本当に良かったと思うんですが、やっぱり、煉獄さんにはもっと生きて、炭治郎でも、将来結婚する人でも……誰かに助けられて欲しかったなと思ってしまいますね。
 煉獄さんと結婚した〜い!なんてミーハーなことを思うのですが、煉獄さんに幸せな結婚してほしーい!!!という気持ちの方が強い……。
 最後に、笑って亡くなったことは良かったと思うんですけれど……やっぱり悲しい。

 とりあえず、今思いついたことはこのくらい……。また何かあったら書くかも……。
 煉獄さんが好きすぎてつらいです。せめてキメツ学園の世界線ではめちゃくちゃ幸せになってください本当に。推しに幸せになって欲しすぎる。
 でも煉獄さんの場合、その死までが必要で完成されている感じがして、本当にそれがまたつらい。そしてまた、でも煉獄さんが死ななくて良かったじゃん……と思ってしまう。猗窩座許さない……。

 私は煉獄さんがにっこりと笑ったときの優しい顔が好きです。いつも目を見張って笑っているから、穏やかに笑うときのギャップがとても……かわいいし、ずっとそういう風に笑ってて欲しい……ってなります。
 まだまだ煉獄さんへの気持ちは冷めなそうだし、鬼滅の世界そのものへもどっぷりと浸かっています。
 既刊は8巻含めてなんとか入手し、22巻まで読破したので、今週末の最新刊が非常に楽しみです。ファンブック2と画集も予約しました。新たに煉獄さんのフィギュアも予約しました。これが鬼滅貧乏か……。


 実はジャンプ本誌のバックナンバーで、煉獄零巻の読み切りと外伝も読んでいるので、また色々包括して語る機会があれば勝手に語るかと思います。
 締め方がわからない。いや、もう、ほんとに、煉獄さんが好きすぎて、何度でも会いに行きたいです。
 ここまで読んでくださった方はありがとうございました。

 最後に。猗窩座が去った後、黎明の中での煉獄さんの最期のシーンを見て、やっぱり煉獄さんは太陽の下が似合う人なんだなあと思いました。


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