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短編小説『アプリコットのサクサクパン』①
『お疲れ様でしたー』
18時ちょうどに退勤。
いつも私が一番早くにパソコンを閉じて職場を出る。
周りの人はまだ残っている様子だけど、あと10分も経てば人は居なくなる。
定時で帰れて、割と繁華街の中にある職場だから有難い。
金曜日の夕方に予定があれば、そのまま居酒屋に入って友達と話すこともあるけど。
本音を言うと仕事の後に予定を作るのはあまり好きじゃない。
直帰する時もあるし、ぶらっと1人でお酒を飲むこともある。
今日は水曜日。
カレンダー通りの仕事だから今日が折り返し。
会社を出た途端すぐ帰る気にはならなくて、いつも曲がる道を曲がらずに、ヒールの音を鳴らしながらひたすら真っ直ぐ歩く。
宛もなく歩く時間と夕方の風が心地いい。
こういう時間があると、かなりのリフレッシュになる。
15分ほど歩いていると、目の前に真っ赤な立て看板が目に入った。
遠くからでも分かるくらい看板にはパンのイラストが描いていた。
「こんなところにパン屋さんあったんだ」と中を伺う。
外が少し暗くなっていたから、オレンジの柔らかい店内が一層明るく見えた。
棚には艶のあるパンがいくつかあった。
もう時間的に売れてしまったのかちらほらと残ってあった。
鼻を掠めるとパンの香ばしい匂いがしたので、私はそれに釣られて木でできた重い扉を開ける。
カランカランと鈴がなり、奥から店員さんが出てきた。
『いらっしゃいませ。ほとんど売り切れてますが良ければ見ていってください』
中からはパン屋の店員とは程遠い高身長で20代後半の男性が出てきた。
お手伝いだろうか、本当に店員だろうかと迷いながら、入口近くにあったトングと木目のトレーを取る。
カチカチっとトングの音を鳴らすのが好きで、パン屋に行くと無意識にいつもしてしまう。
ほとんど売り切れてるから迷うことはないけど、店員に見られてる気がしてあまり自由に歩き回るのも気使ってしまう。
売り切れたパンの籠の前には、メロンパンやクロワッサン、帽子パンなどの名前が書かれているプレートが置いてあった。
ごく普通のパン屋さんだなと思いながら、ゆっくりと進んでいく。
ふと見るとあまり見なれないパンが置いてあった。
プレートを見ると『サクサクアプリコット』と書いてあった。
籠の中にはまだ3つほど残っていた。
手のひらより少し大きめで丸いパン。
周りはクロワッサンのような何層もの層が重ねられていて、カリッとした見た目の生地を纏っていた。
真ん中に杏のコンポートが包まれている。
珍しいなと思い、1つをトレーに置く。
これだけ買うのは申し訳なく思い、隣にあったあんぱんも取った。
パンふたつを並べて、レジに向かいお会計をする。
財布から小銭を探していると
『このアプリコットのパンは僕が初めて考えたんです。味にも自信がありますよ』と、男の声が聞こえた。
『え?』と顔を上げると、無邪気な笑顔を向けていた男と目が合った。
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