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エンタメと私

ふと懐かしい場所に想いを馳せていると、それと同時に懐かしい記憶が次々に蘇ってきたので、今日ここに収めたい。音楽を中心とした、エンタメに重ねた自分の人生の軌跡。

個人的なエピソードも多いですが、もしよろしければお付き合いください☺️

(1) 物心ついた1990年代

安室奈美恵さんやSPEEDに憧れ、本気でアクターズスクールに入りたかった(確か1回、オーディションにも応募した気がする…)。
初めて買ったCDは、安室奈美恵さんの「Chase the Chance」。

小学校では休憩時間に、体育館の裏で友達と歌や踊りの練習をしていたことも(好きな人に見つかって恥ずかしかった場面を今思い出した…笑)。

雑誌の付録についていた歌詞冊子にかじりついて、小学生ながら歌詞の意味を考えながらよく歌っていた。だから、あの頃の曲の歌詞は今も頭によく焼き付いている。

小学5年生の参観日で、SPEEDの『my graduation』をクラスメイトとツインボーカルしたのが、人前で歌を披露する初めての機会だったように思う。
ダンスも完コピできるように、歌番組を録画したビデオを観ながら、見よう見まねで練習したのがとても懐かしい。


(2)音楽に存分に浸れた2000年代

高校1年生のとき、音楽の授業でグループごとにバンド演奏を行うことになり、the brilliant green(ブリグリ)の『Forever to me 〜終わりなき悲しみ〜』をツインボーカルした。今思えば、ツインボーカルの機会に恵まれている(笑)
いつか会いたい人がいて、カラオケで一緒にブリグリをタンバリンとマラカス付で歌うのが夢!

このバンド演奏授業で、GOING STEADY(ゴイステ)の『銀河鉄道の夜』をコピーしたグループがとびきり上手く、それがきっかけでゴイステにハマる。
当時、インディーズバンドにハマっていて、同じくインディーズ好きの先輩と文通もしていた。先日、メモ魔さんとの会話の中でSHAKALABBITSをよく聴いていたことを思い出し、インディーズ熱を懐かしんだ。

高校2年生のときには、体育の授業で創作ダンスをすることになり、6人くらいでBOAの『VALENTI』を踊った。私が真顔で踊る姿が可笑しかったらしく、めちゃめちゃ真剣にカッコよく踊ったつもりが、友達には相当ウケた…笑。

高校3年生の体育祭では、応援団に入り、友人からの振付指導のもと、ピンクレディの『UFO』やゴリエの『Mickey』など4曲を踊った。

高校卒業後の浪人時代、新しくセンター試験に英語のリスニングが導入されるからという理由付けで祖父に買ってもらったポータブルMDプレイヤーで、往復3時間弱の予備校通学中、暇さえあれば音楽を聴いていた。

大学時代は、歌もそうだけれど「言葉」で伝える仕事がしたく、アナウンサーを目指し放送部に入部。
ご縁あって、放送部の先輩からラジオ局でのアシスタントのアルバイトを引き継ぐ。週に一度の生放送4時間の番組に携わる中で、打ち合わせや事前の電話取材、資料作成、放送中の出演者(ゲストやスポンサー)への電話繋ぎ、メールチェックなど、事務がとても好きなことに気づき、今の職業(事務職)に向けて進路をシフトチェンジ。

ちなみに、就職面接では、唐突に「カラオケ好き?」と聞かれ、想定していない、意図も掴めないような質問に困惑しつつ答えに困っていると、「あ!今、顔が明るくなったね!」と、図星なことだけは何故か見抜かれていた…。


(3)砂漠の2010年代

社会人になってからは、リアルタイムで流行の曲などを追えなくなっていて、ドラマや映画などその他のエンタメも含めて、ほとんどタイムリーに堪能できていなかった。
今思うと、少し大げさだが「砂漠」のようにカラカラの10年間だったなと…。大好きな音楽、心の寄りどころだったものを、知らず知らずのうちに置いてきぼりにしていた。
救いなのは、そんな中でも、友人の計らいでライブやコンサートには機会あるごとに行けていたし、家族がどハマりしているアーティストの曲についてはほぼ全曲わかるほど(流れていたから)聴いていた。笑


(4)砂漠からのオアシス2020年代~現在

昨年5月、寂しさからなにげなく始めたTwitter。開始から2日後、第一回のnoteにも書いたとおり、朝の情報番組『スッキリ』のスナックスッキリのコーナーで、前田裕二さんのトランポリンが話題となったその日、前田さんの内から滲み出る何かに感化され、ずっと気になっていた『人生の勝算』と『メモの魔力』を一気読みする。そこで、前田さんの著書から人生観がパラダイムシフトしたことは先のnoteにて書かせていただいたが、実はそれだけではなく…!

ここから、私のエンタメ人生は復活した。
復活どころか、バージョンアップしている、きっと。

SHOWROOMというライブストリーミングサービスに触れ、ライブ配信の視聴を体験。
メモ魔さんにSHOWROOMのいろはを教わり、初めてリスナーとして参加した時のドキドキと興奮は今でもこの手に覚えている。


メモ魔さんからご縁が繋がったVtuberさんもいて、配信に行くといつも必ず元気をいただいている。
初見のときから、変わらず明るく声をかけてくれる、自然体で優しい志士雄さん。

▼メンズモデル系Vtuber 志士雄さん
Twitterより
https://twitter.com/shishio050/status/1292031646909100033?s=21

前回のnoteで書いた『点描の唄』は、志士雄さんの歌ってみた動画がきっかけで、好きになった曲。

【歌ってみた+手描きPV】点描の唄【志士雄×真島えま】YouTubeより
https://youtu.be/FiSCzMY6ooY


そして、昨年秋からのラジオ『前田裕二のゼロイチ』は、私にとってリスナーとして純粋に楽しめる初めてのラジオだった。
アシスタント時代の経験以降、しばらく疎遠になっていたラジオ。ラジオをこんなにも楽しめるということが純粋に嬉しかったし、正直苦しいことも多かったあの時のアシスタントの記憶も更新され、前田さんには本当に感謝の気持ちで溢れている。

ゼロイチが先月、最終回を迎えたのはとても寂しかったが、リスナーさんとの強い絆や繋がりがあり、今も心に生き続けているし、今月からスタートした音楽番組『MUSIC BLOOD』にもリレーが繋がれているようにも感じられ、新しい時代に受け継がれていく血脈を楽しんでいる。

今、10年間の砂漠時代を取り戻すがごとく、思いきり、エンタメや音楽を毎日浴びている。すごく贅沢で、幸せなことだ。

親友と行くカラオケでは、いつも私は懐メロばかり歌うから、今度一緒に行けるときにはたくさん聞いてほしい新譜がある。笑

そして、このnoteで書いたようなことも含めて、話してみたい、会ってみたい人がたくさんいる。この休職中に、こんな世界線が広がっていたなんて。
まだまだ体調も万全ではないし、いろいろ課題も残っている中で、日々の気持ちの揺れも否めないが、一つ確実に言えることがある。

「もう今はあの日の透明な僕じゃない」
(♪群青/YOASOBI より)

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