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読むモーニングルーティン

好きな歌をアラームにすると嫌いになってしまうらしい。おかげですっかりB'zが聴けないカラダになってしまった。僕の中で「ウルトラソウル」は「クックドゥードゥルドゥー」と同義である。
13:00。
歩いて10分のバイト先には13:50に着きたい。よって僕の朝は正味40分ということになる。

洗面所へ行き、鏡を見る。髭が伸びている。歯ブラシを手に持つと爪が伸びている。もう本当にウンザリする。なぜ生きているだけなのに髭を剃らされ、爪を切らされなきゃいけないのか。爪や髭を伸ばす体力を養うのに必要な睡眠時間を10分と仮定した場合、それが無ければあと10分夜更かしできるということになる。ムダ極まりない。即座に廃止すべきだと、僕の中のリトル蓮舫が叫んでいる。
そんなことを考えていると、もう13:10を回っている。サッカー小僧がスパイクを磨くようにゴシゴシと歯を研磨し、そのままシャワーへ飛び込む。足の爪も伸びている。僕が全裸だからか、リトル蓮舫は見て見ぬふりをしている。

シャワーを終えて服を着ると13:25。髪を乾かし、ピンクのギャツビーを手に取る。「スパイキーエッジ」なる異名を持つコイツとは中学からの付き合いだ。もちろん感謝している。コイツにはたくさんイイ思いもさせてもらった。でもそれは昔の話だ。今や熟年夫婦のように、お互いがお互いと共存することを嫌がっている。
僕はといえば、もはやモテたいなんて理由で髪をセットする気は毛頭ない。一般的にセットというのはゼロをプラスにする作業だと思われがちだが、僕はマイナスをせめてゼロにするためにしている。外へ出ても差し支えない人間になるためのイニシエーションである。その程度の士気で自分をこき使うのは、スパイキーエッジからしても不服極まりないはずだ。とにかくまあ言うことを聞かない。平気で固まったままベットリとへばり付いたり、伸びた前髪をちねって分けてもすぐさま元どおりになる。お前いつまでスパイキーエッジとか言ってんだ。もういい加減オレら夢見るのやめようぜ。「何言ってんだよ相棒!オレらまだまだこれからじゃんかよ!!」と言わんばかりに蓋の閉まらないコイツを無理やり棚に戻して、13:32。ご飯を食べたら最低でも10分はかかってしまうので、スマホと財布だけ持って家を出る。

玄関を出た瞬間、無邪気な風が僕の髪をマイナスへと引き戻した。風のせいならまあいい。僕が努力したことはピンク色の相棒がよく知っている。
こういう風の強い日はヒップホップがよく似合う。NYよろしくマンホールから煙でも出ていれば一層雰囲気は増すが、あいにくここは東京だ。家の隣にある工場の煙突から上る煙を睨みつけ、インスタントな反骨心を育む。これから労働をして社会と接点を持つにあたり、自分を見失わないためである。
ポケットからイヤホンを取り出すと、文具店の試し書きコーナーにある筆跡よろしく絡まり合っている。歩きスマホも重罪だが、歩きイヤホン解きもなかなかの迷惑行為だ。集中するあまり、電柱にマーキングしているダックスフンドを踏みそうになった。
不思議なことにこういう時、心は静かになる。リトル蓮舫も立てていた襟を折って束の間のブレイクタイムに入った。伸びた爪も、乱れた髪も、マスクをせずに出歩く外道も全く気にならない。知恵の輪というのは知恵をもって解くのではなく、「集中に勝る安息なし」という知恵を授かるためのものだと知る。

やっとこさ解き終わり、スマホに接続。プレイリストから迷うことなくウルトラソウルを見つけ出し、再生する。
13:51。僕の朝はまだ始まったばかりだ。

(完)

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