【エッセイ】俺、倫理マンじゃん

TikTokでたまに、外国の調子こいた奴が街中でシャレにならないドッキリを仕掛けるみたいな動画が出てくる。
最後まで観る前に、コメント欄を覗いている自分がいる。
炎上気味だと「やっぱな」と思うし、賞賛されていると「これセーフなんだ」と思う。
そこでふと気づく。
俺、倫理マンじゃん。
自分がどう思うかより、これが世間的にどういう評価が下されてるかの方が気になってるじゃん。
ただの倫理マンじゃん。
あるいは、YouTubeで誰かの新曲を聴いている時「このサビ、〇〇(別の曲)に似てね?」と思う時がある。
すかさずコメント欄を見る。
誰もその件に触れていないと「あ、大丈夫なんだ」となぜか安心する。
そこでふと気づく。
俺、倫理マンじゃん。
俺には何の利害もないのに、そいつが糾弾されてないか確認してるじゃん。
ただの倫理マンじゃん。

——倫理マンって何?

そもそも俺は、表現たるもの倫理に則していて然るべきだ、とは全く思わない。
倫理の外にあるような作品が大好きだし、そういう世界に連れ出してくれるのが芸術の醍醐味だとすら思う。
でも俺は、自分の感受性うんぬんの前に、他人がどう感じたかを知りたがっている。
それがウケているのか、スベっているのかが気になる。
なんで?
自分のセンスが他人から乖離してしまうことを、異常に恐れているから。
自分の感覚が普通だと思い込みたいから。
例えば3人である映画の話になって、他の2人が面白かったと言っているのに、俺だけつまらなかったと言ってしまうのが怖い。
俺だけが、その映画の良さを分かっていない。
逆も然り。俺だけ面白かったとしたら、俺はその映画の重要な欠陥を見落としている。
それでいいじゃん、とはなれない。
怖い。
何かの拍子に自分がマイノリティに堕ちてしまった時、心の中でこう叫んでいる。
「助けて! 倫理マ〜〜〜〜ン!!!!」

思えば昔からそうだった。
自分の意見は二の次で、常に他人=マジョリティの意見を優先してきた。
自分の意見でその場に波風が立つのが怖かった。
やってみようとしたこともあった。
中学の時、全学年の学級委員が集まる会議みたいのがあって、誰もが消化試合のようにその会議が終わるのを待っていた。
中学入りたてでイキリ散らかしていた俺は、会議終盤にスッと挙手をした。
「全学年の学級委員を集めておきながら、こんな形骸的な会議だけを行うことに意味はあるんでしょうか」みたいなことを言った。
会議が振り出しに戻った。
部活真っ盛りの中3が、俺にエグい視線を送ってきた。
めちゃめちゃ怖かった。
その日から、金輪際、会議の場で波風を立てるのはやめようと心に誓った。
俺に改革なんて似合わない。
他人の意見を阿(おもね)って、もしズレてしまったらユーモアで是正して、そのコミュニティの利益となるだけの人間でいよう。
その瞬間、俺の胸元に『R』の文字が刻印された。
倫理のRだった。

それから10年余りが経ち、俺は腹いせのように脚本を書き始めた。
俺の意見だけが蔓延するコミュニティを、フィクションの中に見出したのだ。
だが、同調する人間ばかり居ては、物語は成り立たない。
時に対立し、葛藤し、互いの倫理を削り合いながら、正解めいたものへの道筋を作り出さなくてはならない。
そんな時にも、倫理マンはひょっこり顔を覗かせてきた。
「こんなの書いちゃって大丈夫?」
「角が立つんじゃないの?」
「自分の意見が正しいなんてエゴ、物語において通用するのかな?」
黙れ。
俺は毒にも薬にもならないような話を書くつもりはない。
物語の器からエゴだけがぼっこり浮かび上がってるような、歪で最高の物語を書くんだよ——!!
そう高らかに宣言した瞬間、必殺技の倫理パンチを顔面に喰らって、目が覚める。
ああ、ダメダメダメ。
観に来てくれた人が面白いと思うものを作んないと。
それが正解。
エゴが出たまんま面白いものを書くなんてのは、天才のやることで。
倫理マンを心に棲まわせている時点で、俺は天才ではなくて。
「エゴじゃないですよー」って顔で、エゴを物語で丁寧に包んで、どうにか人に見せられる形で提供するのが精一杯で。
今はそれでいい。
いつか鈴蘭を卒業する時に、倫理マンとタイマンを申し込んで、膝突かせるぐらいのところまでいければ上出来だ。
それ、倫理マンじゃなくてリンダマンな——。

だが、本当に好きだと思うものは、倫理マンを介さずに鑑賞できる。
逆に言えば、倫理マンの介入を許さないほど心酔したものが、本当に好きなものだ。
そういう基準として使っている。
幸い、俺には倫理マンに屈しない映画、ドラマ、音楽、その他いろんなものがある。
それを大切に抱きしめて生きている。
そして、いつか自分の、そしてあなたの倫理マンをぶっ殺せるようなものを作れるように、今日も書いている。
目には目を。
倫理マンには、それを凌駕する感動を。



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小説を書きました。ぜひ読んでください。


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