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日本でも新型コロナウイルス服用薬が開発されているのに、どうして米ファイザーしか知られていないのか

新型コロナウイルスが流行して2年余り、全世界が特効薬を待ち望んでいる。少し前の2月12日、中国は米ファイザー社が開発した新型コロナ治療薬「パキロビッドパック」の中国での使用を許可したという情報がたちまち広まり、一時各メディア上で現在開発済みの各種新型コロナウイルス治療薬の名が溢れかえり、人々はその舌をかみそうな覚えにくい薬品名ではなく、ファーザー、MSD、メルク・アンド・カンパニー,ギリアド・サイエンシズ、ロシュなどの製薬企業の名をしっかりと記憶した。
ちょっと待てよ、どうして日本企業の名がないのだろう?日本は製薬大国ではなかったのか?
実際には、日本も新型コロナ治療薬を開発している。上述の情報とほとんど同時(2月7日)に、日本政府は条件が整い次第、塩野義製薬が現在開発中の新型コロナ治療薬を前倒しで承認する考えでおり、最速で今年の春から販売を開始させると岸田首相は発表した。
塩野義製薬?聞いたことがないって?実は筆者も2年ほど前にこの会社に注目し始めたばかりだ。大阪市中央区道修町には私は何度も取材で訪れていて、そこに塩野義の本社があるが、そこでは塩野義について耳にすることはなかった。
日本の著名な製薬企業を身近な人に挙げてもらおうと思ったら、いくつも出てこないだろう。
当然、これはブランド宣伝だけの問題ではない。いわゆる「広告を見ず、効果を見る」一種な特殊な製品として、薬品の販売額はその影響力をはかる重要な指標となる。単体の薬品の販売額でみると、米ファイザー社は新型コロナウイルスワクチン(ワクチンは薬品ではないが、ここでは一種の比較として取り上げている)だけで2021年に368億ドル(約4兆2300億円)の売り上げがあり、日本最大のいくつかの製薬会社は、あらゆる製品の販売額をあわせてもファイザーのこの製品とは比べものにならず、武田薬品工業は3兆5100億円、アステラス製薬は1億3200万円、第一三共は1兆300億円となっている。塩野義に至っては2971億円、約26億ドルに過ぎない。
客観的にいえば、日本の感染症研究方面での実力は並々ならぬものがある。早くは1890年に、北里柴三郎が破傷風を治療する血清療法を確立した。近年も水痘や日本脳炎などのワクチンの開発において世界に先駆ける成果を得ている。しかし不思議なのは、新型コロナウイルスが発生した後しばらく、日本の製薬企業がほとんど鳴りをひそめていることだ。財務省のデータによると、2021年、日本が他国から輸入した医薬品から日本が輸出した関連製品を差し引くと、貿易赤字は3兆3184億円となり、そのうちワクチン輸入だけで前年よりも1兆円(約90億ドル)近く増加している。
どうしてこうなったのか?
感染症研究には大きな経営リスクがある

毎年秋から冬にかけてと冬から春にかけてが、日本でインフルエンザが流行する季節である。インフルエンザワクチンの開発と普及の面で、日本はずっと優れていて、世界最高レベルにある。
しかし問題は別の面にあり、製薬企業が開発する感染症のためのワクチンや薬品には巨大な経営リスクが伴うということだ。感染症はある日突然消え失せるかもしれず、もし感染症が突然消滅したら、今までかけた開発費はすべて無駄となる。
2003年に発生した新型コロナウイルスに似たSARSウイルスは、数カ月後に突然消滅し、日本の製薬企業のこれに関する研究や投資はすべて役に立たなくなり、何の成果も生まずに終わった。
この失敗に学び、新型コロナウイルスが発生した際、すぐさまこの研究を行わなかったのではないだろうか。方針決定には確かに勇気が必要とされる。
法律や世論環境も厳しい

日本企業が直面しているのは経営リスクの問題だけではない。日本の法律や世論環境も医療産業のイノベーションに対し好意的ではなく、これもまた企業が冒険を犯さない重要な要因となっている。
日本の法律の規定によると、日本企業が開発したワクチンで医療事故が発生した場合、その責任のほとんどを企業が負わねばならず、数例の死亡あるいは一生障害が残るような事故が起きれば、ワクチン企業が負担する損害賠償費用は莫大なものとなり、それ以前のあらゆる開発がほとんど無駄となるばかりか、下手をすれば企業は賠償によって破産してしまう。
新型コロナワクチンは短期間で開発する必要があるものであり、通常の三回の治験を経ていないワクチンは後に問題が発生する可能性が高い。こうしたことを考えると、日本の医薬企業が開発をしようとする動機がなくなる。
また、日本がワクチンを輸入する際、欧米のワクチン企業は、日本政府と免責協議を結ぶことを条件の一つとしていて、それはワクチンにより発生した医療事故はすべて日本政府がその処理を引き受け、企業は責任を担う必要はないというものだ。
つまり、早くワクチンを得るために、日本政府は欧米のワクチン企業に、「自国企業よりも好待遇」を与えているのだ。日本のワクチン産業にしてみれば、これは頭から冷や水を浴びせられたようなもので、ワクチン開発は一種の悪性循環に陥った。
世論環境も良いとはいえない。例えば、現在世界では広く子宮頸がんワクチンが接種されているが、日本も10数年前に企業が開発し、14~17歳の未成年の女子への接種が行われていた。しかし十数年もの間、日本の多くのメディアはずっとこのワクチンの有効性に疑問を持っていて、何度も接種後の副反応についての報道がなされた。世論の圧力のもとで、日本政府は最終的にこのワクチンの接種推奨を取り消した。2021年10月、日本政府はまたこのワクチンの審査を積極的に行い始めた。しかしワクチン開発の道が不確実なため、企業はすでに開発の情熱や動機を失っている。
イノベーションに不利な政府の統制

管理学の大家であるハーバード大学のマイケル・ポーター教授の名著『日本の競争戦略』の中心的観点の一つが、日本政府の統制が多くの産業が国際競争力を欠く原因となっているというもので、製薬業もこのような産業の一つだ。
秋田県にあるバイオ製薬企業のUMNファーマは、かつてインフルエンザワクチンを開発した。UMNファーマは昆虫の細胞でワクチンのもとになる抗原を培養する「遺伝子組み換えタンパク」技術を導入したが、こうした新技術はワクチンの開発時間を3分の1に短縮した。UMNファーマと日本の著名な製薬企業アステラスとが協力し、2014年に新型インフルエンザワクチンが開発された。
しかし、医薬品審査を担当する厚生労働省所管の医薬品医療機器総合機構(PMDA)はこの開発を認めず、「リスクとベネフィットの観点に鑑み、本剤の臨床的意義は極めて乏しく、審査の継続はできない」との見解を示した。新技術の認定リスクが、それがもたらすメリットよりも大きいとPMDAが判断した比較的大きな理由は、日本の主要な製薬企業すべてが鶏の卵を使ってワクチン開発を行っているため、新技術を導入するのを望まなかったためと思われる。
2017年になって、UMNファーマの技術が日本市場の開拓を見込めないのをみて、アステラスはこの企業との提携を解除し、UMNファーマは経営危機に陥った。
幸い、塩野義がこのときUMNファーマを救い、これを買収した。塩野義の手代木功社長は日本のメディアに対し、「UMNファーマはせっかくよい技術を持っているのに、つぶすのはもったいないと思った」と語っている。
2020年新型コロナウイルスが発生した後、塩野義は遺伝子組み換えタンパクワクチン技術を使ってワクチン開発を行い、日本で唯一ワクチンを薬物検査に用いることができた企業となったが、これはUMNファーマの買収と関係がある可能性が高い。
残念なことに、このように失敗が成功に転じるストーリーは、日本の製薬産業ではあまり多くない。

文/日本企業(中国)研究院執行院長 陳言

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