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知財で訴えたり、訴えられたりという話

知的財産とは非常に分かりにくいルールです。人為的な決め事で始まった制度だけに、ヌケやアラが目立ちます。ゆえに、トラブルも絶えません。たとえば、スローガンを商標として認めてしまった場合、あれも使えないこれも使えないという、いわゆる「言葉狩り」状態になってしまいます。たとえば、オリンピック委員会の打ち出した標語を、商品にライセンスできれば、収益を稼ぐ事ができます。主催者側への正当な報酬です。ただしそれは勝手にモノマネする人を出さなければ、という話です。商標で守る意味合いも多少はあるでしょう。ではパロディはどうでしょうか。
※冒頭画像は、スターバックスとスターバンとの商標侵害紛争です。その行方を追った日本のニュースからの借用です。下記リンクあり。

パロディが、笑いではすまなかった

北海道の有名な銘菓のひとつ『白い恋人』。この名称には、商標権が存在します。ブランドホルダーの、石屋製菓株式会社は、同名称関連でいくつもの商標を出願・登録してあります。同じ文字の並びでも、区分(権利主張できる商品ジャンル)を変えたり、フォントを変えたり、絵を添えたデザインにしたり、文字をさらに加えたりと、いくつもの「周辺」商標を出願・権利化しています。たとえば、実際に登録されている『白い恋人の涙』商標などは一例です。こうして、手間や知恵をかけ、お金をかけている同社の権利は、法的にも社会的にも守られなければなりません。さて、ここにパロディが加わったとします。パロディとは、言うまでもなく、「本家」があって存在するものであり、その本家の要素を借用しながら、風刺・滑稽さを表現します。僕たちも、ごく自然にそれらを楽しんできたはずです。しかし、真似された本人は必ずしも同様に受け止めたりはしません。たとえば、大阪で発売された『面白い恋人』というお菓子。これに起こったのは「本家」の側でした。「知名度にただ乗りして不正に利益を上げている」「これがパロディでまかり通ると多くの者が後追いする」などと主張したのです。これに対して、悪ノリした側は、あの吉本興業です。「アイデアや総意工夫によるパロディ商品」と主張し、おそらく、「そんな固いこと言わはんでもええんちゃう。ほんの、ユーモアやん。訴えるやなんて、ほんま怖いわ」ってな感じでしょうか。このセリフは僕が勝手に加えたものです。ただし、吉本側にも裏事情がありました。同様のパロディ商品は他にもたくさん出しており、ここで負ければ、他にも訴訟を起こされないとは限りません。

「不正競争」を防止するための仕組み

商標が類似しているか否かは、見た目・読み方・意味合い、すなわち外観・称呼・観念にそれぞれ着目して総合的に判断されます。『面白い恋人』は、「面」の字が加えられていますが、見た目の観点が一番近いとは言え、識別困難とまでは言えません。聞いた感じや意味からしてはまったく異なります。商標侵害を訴えるにはやや無理筋かと思われました。そこで本家・石屋製菓は、商標権侵犯を不正競争防止法違反とセットで訴えました。この法律は、商標法の限界を補填する意味でしばしば用いられます。なぜなら、特許にしろ商標にしろ、登録を前提に権限を付与する(形式重視の)制度であるために、実効力において、どうしてもヌケが目立つのです。形式審査があることの意味は、おのずとそこに範囲が規定されます。範囲から少しでもはずれると、知的財産の強制力は及ばなくなってしまいます。ところが不正競争防止法は異なります。刑事にまでわたる広い範囲をカバーし、現実の事象に合わせて適用されます。「商道徳としてどうなのか」(石屋製菓社長)という本家側の言い分も裁判では考慮されます。この両者の争いの結果は、裁判所からの和解勧告を受け入れ、終了となりました。名称の使用と販売は継続できますが、吉本の足元である関西地域に限定すること。パッケージはまったく異なるものに変更すること、などが条件です。福井健策・弁護士のコメントを拝借すれば、逆に「パロディとして成立しやすくした」だそうです。これには本家側も渋い心情だったようですが、吉本側から心機一転、新たなコラボとして『ゆきどけ』という商品の話が持ちかけられました。経営的観点から見れば、悪い話ではないですね。知財は乱暴に振り回す道具ではなく、相手と交渉するための武器である。その観点を忘れずに、使いこなしたいものです。

不正競争防止法

飲食業界の適正な競争とは何か

飲食店は、知財的には非常に厄介です。有名な事例では、ドトール系のエクセルシオールカフェが、お店のロゴをスターバックスに似せたとして、訴えられた事例があります。その後、エクセルシオール側がロゴの色を緑から変更したため、収まりました。しかし大半の事例は、真似され放題。また、料理に至ってはそれをほぼ権利主張できないため、どれだけ独創性を発揮しても、最後には(料理であれ、店舗であれ)似たもの同士の価格競争に陥ってしまいます。実際、裁判になった事例としては、鳥貴族と鳥二郎の戦いです。単に名称が似ていることにとどまらず、出店場所が隣合わせであったり、雰囲気や価格帯が酷似していたりと、全体のイメージで消費者を戸惑わせるレベルだったことは明らかです。これは、「トレードドレス」、すなわち店舗の外観や配色などを権利として認める裁判事例になるとも言われましたが、日本ではまだこの概念が確立しておらず、そこが焦点にはならなかったようです。「トレードドレス」として有名になった事例は、コメダ珈琲の酷似店舗です。和歌山のマサキ珈琲中島本店が、裁判所からの命令でその酷似店舗の使用を禁止されました。適用された法律は不正競争防止法です。店舗の外装、店内構造・内装といった雰囲気全体が、消費者に「混同を生じさせる」と判断されました。両者はメニューなども似ているため、模倣店と言われても仕方がない点が多々あります。

本書は知的財産の雑学集なので特にまとまりはありません。本書からも推察できますが、(強いて言えば)知的財産の法体系はまだまだ未熟で、混乱を極めています。僕からの助言としては、ビジネス的常識でもって(裁判を恐れずに)向き合ってもらいたいと思います。今日の「プラス」としては、知的財産権制度とインターネットのおかげで、過去の、あるいは周辺の情報が調査しやすくなっています。それらを事前に調べるくらいの、「知財リテラシー」は、ビジネスのために持っておくべきだと思います。

知財制度の欠陥事例

本書では、不適切な事例も紹介されています。ひとつは、知財の当たり屋とも言える方の行為です。「上田氏」は確信犯的に、膨大な商標を数千件レベルで出願しており、多額の費用を投じているはずでした。しかし実際には、その大半が出願手数料未納で却下されています。制度の本質からすると、迷惑以外の何ものでもない行為です。特許庁もその対策を発表し、先願に瑕疵があった場合、後願の出願については先願を却下次第、登録査定を行うとしました。社会の害悪とも言える行為への賢明な措置だと思います。もうひとつは、「いきなりステーキ」の特許出願です。不適切と言うのはひどい言い方ですが、彼らのビジネスの仕組みを特許とするには無理があります。ひと昔前、「ビジネスモデル特許」という、誤解を招くようなブームがありました。これに即した特許出願だと思われますが、立ち食い形式のテーブルに、注文があった顧客の指定する量のステーキを届けるという、画期的な仕組みです。これは明らかに、人為的な取り組みを示すだけのもので、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」からは程遠いです。特許庁が同出願を却下するのも当然です。同社のこだわりや、ビジネスにおける画期性は評価できるのですが、頼るべきは特許制度ではないですね。勉強になる案件なので、よろしければ下記の、良質な解説記事も御覧ください。

いきなりステーキ

最後に。知財の問題はあまりにも特別扱いされすぎていて、多くの人には馴染みがありません。僕は、たまたま、ここに深入りする機会が多かったので勉強を重ねてきましたが、一般の方へのハードルは高いままです。本書のような読み物として、もっと多くのビジネスマンに知ってもらえればよいと期待します。

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