星野リゾートカレー

ビジネス理論書を愛し、実践した経営者

僕が尊敬してやまない、プロ経営者のおひとり、星野リゾート社長の頭の中身がのぞける本。冒頭画像は、そんな同氏のアイデアのひとつ「美味しさ保証付きカレー」を借用しました。文中にリンクあり。ご本人が前書きで、次のように書かれています。星野リゾートの成功と成長は、すべて教科書に書かれたことを実践してきた結果なのだそうです。

ビジネス書の中には、経営者が「自分はこうして成功した」と単に経営を語る本も多くある。しかし、このタイプの本は素晴らしく直感的な経営センスの話であることが多く、それは私にとっては教科書にならない。

ニッチなお客様のために徹底しろ

スキーを好きな世代がいます。ダジャレではありません。『私をスキーに連れてって』という映画を見た世代です。その後、多くの人が結婚し、子供が生まれて、スキーどころではなくなりました。星野社長は、このファミリー層に来てもらうと考えました。案の定、周辺のスキー場は、ファミリー層など興味がなかったようです。星野社長の根拠は、コトラーの競争地位別戦略。当時、地の利を得られず、いくつもの指標で他旅館の後塵を拝していた北海道トマム。この不利な立場から、ターゲットを思い切って、(スキーにとっての少数派)ファミリー層にしぼり、奇跡の再建につなげます。切り札はニッチ狙いだったのです。教科書のコトラーは、シェアトップ企業と、ニッチを狙う企業とでは戦略が異なると主張していました。ニッチで重要なことは、ターゲットのために、やり方を振り切ること。そして、それをスピード感をもって実施すること。戦い方には法則性があるのですね。

ブームに乗るだけでは、ヒットは続かない

星野社長には、あまり知られていない事業があります。地ビールです。100以上の事業者がひしめく、この小さな業界に、早くから目をつけ、着実に全国区地ビール(よなよなエール)を育てました。一時のブーム終焉で苦労はしましたが、苦況期でも同じ味を貫き通したのが功を奏したらしく、それを乗り切り、そしてコンビニ・デビューで軌道に乗り始めたそうです。星野社長の巧みさは、人材の活用方法にあります。自分の考えのみを正しいとせず、うまく現場の力を引き出すところです。そもそもマーケティングに絶対的な成功法則などありません。成否の鍵は、どの方法を誰が真剣にやるかで決まります。星野社長は、現場のリーダーを信用しました。ここで参考にした教科書は「売れるもマーケ 当たるもマーケ マーケティング22の法則」だそうです。

現場を活性化させるショック療法

逆に、星野リゾートで有名な小咄としては、「おいしくなかったら全額返金」を打ち出したこと。対象は、カレーです。安さ保証とか、効果がなければ全額返金とかいう手法は、別に、星野社長の専売特許ではありませんが、いざやるとなると、現場は猛烈に反対しました。しかしその結果は、返金件数など取るに足らなかったのです。旅行に来られるお客様が良識のある方々だったという理由はあるでしょう。それと並んで無視できなかったのは、現場社員が真剣にお客様の意見を聞き、味の改良に取り組み続けたことです。全体のサービスの中で、カレーの価格の占める割合が決して高くない理由もあって、思い切った措置が取れたのかもしれませんが、星野社長の本当の狙いは、現場の意識改革だったようです。しかも、そのカレーが口コミとなって広がり、予期せぬ宣伝効果ももたらしました。このアイデアは、ビジネスの名著(教科書)『いかに「サービス」を収益化するか』からのものだそうです。

心に刻まれなければブランドビジネスではない

星野社長の原点は軽井沢です。家業を継いで、新しいビジネスモデルを創造しました。バブルで傷ついた日本のリゾート施設を次から次へと再建していきました。そして、みずからのブランド(星のや等)を立ち上げ、そこに各ホテルを参加・合流させるという、運営事業のブランド化という手法を繰り出しました。このブランドという言葉を、「知覚品質」で切った書籍(ブランド・エクイティ戦略)に、星野社長は感銘を受けたそうです。一見、ブランドとは知名度のことのようですが、その実、良い悪いの価値感も含む言葉です。「知ってるよ、あれよかったね」と思われているなら、ブランドとしてはプラスですが、その肝は社員でした。星野社長の家業は昔、挙式セレモニーのサービスに頼っていました。軽井沢という印象もあり、業績としては非常に重要な割合を占めています。しかし、お客様の満足度が下がっている現実を見た星野社長は、そこにメスを入れます。「心に残る」をキーワードに、好評なサービスでも打ち切り、大胆な具体案を加えました。件数は減ったそうですが、単価は上がり、満足度も向上したようです。目先の商売よりも、長期の無形資産形成の経営に舵を切ったのです。

星野社長のやり方には共感を受けるところが多々あります。特に、その見事な経営姿勢を表現する言葉が、「任せるから、社員は自分で動く」です。自分で考える、考えさせる、考えられる場を提供する。考えられるように導いてあげる。そんな星野社長の姿を、何度もテレビで見てきました。みんながヒーローという、飾らない姿勢は、教科書の猿真似などではなく、しっかりしたご本人の哲学で、理論を取捨選択してきた結果なのだろうとあらためて思えた次第です。


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