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会計とは、会社を運転するための計器盤

株式投資をしない限り、あまり注目することのない数字。それが「ROE」でしょうか。本書は、会計を語る上で、この指標から始まります。日本人は資産運用として株にあまり投資しないため、ROEは軽視され、日本企業の平均値も低いままでした。ちなみにこの値は、自己資本を(株式市場からの資金も含めて)どれだけうまく利用し、稼いだかという指標です。日本では8%が目安とされ、欧米では平均15%が想定されています。
※冒頭画像は、2018年11月、ライザップの社長が赤字転落をお詫びした時の記事からの借用です。リンクは、文中最後の方で示しています。ちなみにライザップのROEはマイナス50%です。400億円もの自己資本を使って、200億円以上の赤字になってしまいました。

ROEを改善させたカルビー

ROEの数字が改善されている事例を、日本が誇る「ポテトチップス」企業のカルビーで見てみましょう。
2012年3月期: 9.6%
2017年3月期:14.5%
この数字改善がどのようになされたか。「デュポンシステム」を使って見ていくと、財務レバレッジすなわち借りるお金の比率を変えないまま、前二者の比率を大幅に改善しようとしていたのが分かります。前二者とは、ひとつが(売上に対する)利益率、もうひとつが(総資産に対して)どれだけ売上を増やせるか、です。そして、プロ経営者と名高い松本晃氏が、カルビーに見事な結果をもたらしました。同氏が劇的に改善したのは、利益率でした。言うのは簡単ですが、利益率の改善は、そう簡単ではありません。売上を増やすための宣伝・安売り・新商品にも制約がかかります。宣伝費用を過剰に投じるのはリスクがありますし、安売りは確実に利益を減らします。商品点数(入替)を増やせば、その前後(投入時と終了時)でムダな売れ残りが生じやすい。もっと言えば、商品が増えること自体、多くの間接費用が発生し、営業・生産効率も下がってしまいます。カルビーの場合、松本氏の時代に、フルグラをヒットさせたのが、大きかったようです。贅沢を言うなら、海外展開に対するスタンス(日本国内売上が88%=2017年3月期)にはもっと大きな展望や投資をしておきたかったと感じますが、総じて、同氏の手法はお手本になります。

「もったいない」は会計の鬼門

さて、門外漢の僕が会計を深く語っても仕方がないので、本書に即して、本質的なことにのみ触れておきます。「もったいない」という概念、これが会計とどう関係してくるのでしょうか。もったいない、つまりムダをなくすという一点において、この言葉はそのまま適用すればいいのですが、会計では正確に活かす必要があります。まず、コストを下げるために、内部でやらず外部に任せる方法(アウトソージング)です。固定費を変動費に変換できる可能性もあります。しかし、多くの場合、品質やスピードをコントロールできません。また、管理のための余計な追加費用をかけたりすれば、コストの点では逆に高くなったりもします。むしろ「もったいない」から、内部の設備と人材を使ってやろうと、内製回帰に至る事例も少なくありません。次に、少しのコストを加えて、多めに生産したり、新しい商品を作ったりする方法も有効です。設備の稼働率に余裕がある場合、既存の商品に、あれもこれもと加えてみれば、設備の稼働率は高まるでしょう。しかし、結果的に余計な在庫が増えたり、中途半端な気持ちで新商品を作ったりすれば、売れ残る可能性が高いです。そして、商品在庫があるのだから売れるだけ売ってしまえとヤケになったりすると悪循環です。たとえ、期限間近セールを随時行うことが「もったいない」精神に合致したとしても、鮮度の下がった商品を売ってしまったり、価格を無理に下げすぎたりして、ビジネス全般に悪影響を与えてしまうからです。実は、「もったいない」とは、とても恐ろしいキーワードなのです。

サンクコストを切り捨てたユニクロ

サンクコスト(埋没原価)についても触れておきましょう。せっかくここまでやったのだから、途中でやめてしまうのを、「もったいない」と考えるのは、非常に難しい判断です。確かに、忍耐はとても重要です。あきらめずに、経験値を上げて、改良を続ける。この先には、セブンカフェのような成功事例がありえます。途中で断念していたら、今日のコンビニカフェはなかったでしょう。本書では、あきらめた成功事例としてユニクロのトマト失敗が挙げられています。専門家との提携で始めた新規事業で、商品はおそらく立派なものだったはずです。知名度や宣伝力も、ユニクロの強みを活かし、それなりに周知できたはずです。しかし、2004年8月期の売上高は10.4億円、仕入額の9.1億円から類推すると、かなり高い原価になってしまいました。そしてわずか一年半、ユニクロは早々に事業撤退を決めました。今から思えば、ユニクロ本体の事業はその後も成長を続け、かつ当時の野菜事業責任者が「失敗」にめげず、新たにGUを立ち上げて、ユニクロ事業の死角を埋めていくのですから、運命とは分からないものです。要は、サンクコストにとらわれず、ユニクロはよい決断をした、との教訓でした。僕個人としては、一年半で止めるくらいの覚悟しかないなら、最初から門外漢の事業などやるべきでなかったなぁと思いますが、まぁそれはそれとして。

急成長を阻害する要因

会計の目的とは、会社の関係者(ステークホルダー)に、会社の情報をとりわけ財務情報を正しく伝えることです。とりわけ、関係者に期待させることが重要ですから、何らかの成長や進歩を示すものが望ましいでしょう。そうなると目指すのは、本書が示す「価値ある成長」です。つまり、利益を増やし、利益率の維持や向上につながり、さらに資本コストを上回る儲けを生み出す。そんな成長こそが、持続可能で、かつ株主にとっても意味をもつわけです。特に、上場企業あるいは上場を考えている企業にとっての成長は必須命題です。ゆえに、一番重要になってくるのは投資です。これにはいわゆる、年度内でコストとなる販売促進費や広告宣伝費なども含めます。コストと聞くと、いかに下げるかばかりが話題になりますが、より効果を上げるためにはどうするかが検討されていなければなりません。逆に、あるコストを下げた時のトレードオフ関係にあるものについては注意が必要です。たとえば、給与を下げてしまった時の社員たちのモチベーションや、原材料費を下げた時の品質の劣化などを指します。あと、ここではもうひとつ、企業が成長を急ぎすぎた場合に陥りやすい「落とし穴」について触れておきます。
1)商品の品質が劣化したり、消費者から飽きられたりする。
2)出店場所が重なったり、店舗在庫が積み上がったりする。
3)人材が育たず、確保できず、サービスや評判が悪化する。
4)資金需要が一気に膨らみ、条件の悪い金融に手を出す。
企業経営は、良くても悪くても、リスクが多いものです。

会計のマジックにつまずいたライザップ

最後に、ライザップのことを取り上げてみます。中核事業がしっかりしていて、知名度も十分に築き、そしてM&Aを駆使しながらグループ事業を拡大させていく。しかもそれが「事業の立て直し」を含んだものである点に、僕個人としては非常に感銘を受けました。しかし、2019年3月期の株主総会で、突然の大赤字(最終損益が赤字の193億円)を発表します。メディアがそrを一斉に報じて以降、世間のライザップ評価は一変しました。そもそも、M&Aによるシナジー効果が、ライザップグループの中で発揮されなかった点が一番の問題です。会計的には、プラスになる可能性が高いので、ライザップがなぜそれを実現できなかったのか、僕的には逆に不思議です。以下、シナジーとしては次のようなものが挙げられます。
1)コスト削減(共同購買、部品部具の共通化、相互共有等)
2)売上高増加(販路拡大、ついで・抱合せ販売、連携マーケティング等)
3)得意分野・ノウハウの共有・応用、業務プロセスの改善
4)借り入れ金利の低減、資本コスト低下
5)赤字企業の連結による節税
ただ、ライザップで問題視されているのは、株価を上げるための、「負ののれん」活用です。これは、買収時にただ当然で手に入れた企業の、その資産分を営業利益に組み入れていたことです。この麻薬に、のめりこんでしまったのではないか。ライザップは、こうしてみずからの利益を嵩上げし続け、幻の成功を演出したとも言われます。

「のれん」とは、会社を買収した際に生じる勘定科目で、買収額と、買収された企業の純資産額との差額を計上します。会社の帳簿上の価値は純資産額(資産から負債を引いた額)です。これを上回る金額で企業を買った場合、差額は「のれん」として貸借対照表の資産の部に計上し、償却あるいは、場合によっては減損する必要があります。(中略)純資産額より低い金額で買収した場合は、「負ののれん」が発生し、その差額が利益となります。

本書は、特別な視点を提供してくれるわけではありませんが、現実に即した事例で会計の基本を紹介してくれる意味では、なかなかの良書です。

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