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お酒の科学【前編】蒸留酒・ウイスキー

世界的に有名なウイスキー産地のひとつが日本である。それにしても、世界の五大産地のひとつに選ばれるのは大変誇らしい。日本初のウイスキーは、あのサントリーだ。創業者が、京都郊外の山崎の地に最初の蒸溜所を建設した。ちなみに、山崎の住所は大阪府で始まっている。

ウイスキー入門|サントリー

「山崎12年」がその代表格だが、そんな日本の奇跡に、若干違和感を覚える。この国にまったく存在しなかったウイスキーが、なぜこの国の産業に根付いたのか。その秘密を、科学的に探ってみたかったのが、本稿のテーマである。そしてもちろん、わが国を代表すると言えば「日本酒」「ビール」、それらとの比較も行ってみたい。

三本続けての連載である。

ウイスキー山崎を学ぶ!味や種類、おすすめの飲み方|Barrel-バレル

大麦麦芽とピート

ウイスキーは蒸留酒だ。加熱してアルコールや香り成分を一度蒸発させ、それを冷やして、より濃縮された液体を得る。原料は大麦麦芽や穀類。蒸留後には樽の中に入れて長期間貯蔵する。これを熟成と呼ぶ。

大麦はデンプンを多く含むとともに、そのデンプンを分解する酵素活性が強い。しかも、タンパク質の含有量が多すぎないなどの条件も満たす。種を少し発芽させ、酵素が出てくるタイミングで止めている。そして乾燥させた状態が、大麦麦芽いわゆる「モルト」と呼ばれる。

ウイスキー初心者向け講座 モルトとは?|BAR WHITE OAK 店主

乾燥にはノウハウがある。温度管理に注意し、時間をかけ、最終的に含水量を5%にまで下げる。熱を与えるのに、ピートを燃料にする。目的は香り付けだ。その香りは煙臭く、磯臭い。慣れれば常習性のある香りだ。ウイスキー通はこの味わいが好きで、ウイスキーの聖地・スコッチでは、ピート香の強いウイスキーが好まれる。

ジメジメして気温が低い土地にいる植物(シダや苔類)は、死んだ後にうまく『土に還りません』。この十分に分解されない植物やコケ類、草や灌木などがどんどん堆積していって形成されたのが「泥炭(ピート)」です。この泥炭がたまっていき、蓄積した場所が「泥炭地」という湿地帯になります。この泥炭地、日本では北海道の石狩平野などに存在します。

上記サイト(ウイスキーメディア「BARREL」)からの引用である。


アルコールを発酵させる工程

世界が認めた「ジャパニーズ・ウイスキー」:蒸留所の舞台裏を訪ねて|nippon.com

仕込みの過程では、人が手助けし、麦芽由来のデンプンを分解を促進させている。軽く粉砕したり、温水に懸濁したりする。また、酵素の活性化を最大化するために、温度管理は不可欠だ。

ビールとウイスキーが分かれるのはここからだ。ビールはホップ(の毬果)を加えて煮沸する。その結果、無菌状態になる。ウイスキーでは麦芽由来の微生物や酵素を生き残ったままにしておく。

次は発酵工程である。酵母という名の微生物を加え、アルコールを産み出す。酵母の量はビールに比べてはるかに多く、そのため短時間で発酵が進む。ウイスキーでは敢えて煮沸をしていない。その理由は香りを大事にするからだ。そして発酵後半に、乳酸菌が活躍する。ちなみに酵母は、花の蕾などにいて花の蜜を食べる真核生物。乳酸菌は原核生物である。

微生物がタンパク質や糖質を分解する。人に有利なら「発酵」、不利なら「腐敗」と呼ばれる。発酵食品が重宝されるのは、味わいや香りがよくなるだけでなく、腐敗菌を寄せ付けず保存性が高まるからだ。しかもその栄養価は人体に吸収されやすい点でも有益だ。

酵母は酸素が大量に存在すれば、呼吸をして大量のエネルギーを獲得する。だが、発酵においては、酸素が与えられず、それでもエネルギーを生成しようとして代謝を行う。その副産物がアルコール(エタノール)だ。酵母菌は発酵後もその菌体が蒸留工程に回され、香味成分の獲得に貢献させている。

酵母の後を受けて活発化してくるのは乳酸菌だ。人間にとっては非常に馴染みが深い。人が好む香りを付与する点では、パン作りでもワイン発酵でも乳酸菌によるところが大きい。

発酵で「モロミ」が産まれ、この時点でアルコールが含まれている。その比率は1割以下。そのアルコール濃度を高めるために蒸留工程がある。少し乱暴な言い方をすると、麦芽を原料として醸造(発酵)されたビールは、蒸留するとウイスキーに、ワインはブランデーに、日本酒は米焼酎になる。


人類が蒸留を始めたわけ

醸造酒には色々な雑味が入る。悪酔いもしやすい。そして何より、保存性が短い。したがって、蒸留技術が誕生したのは、理にかなっている。しかし、長いお酒の歴史を考えると、その誕生は意外なまでに遅い。それは錬金術の研究が活発になるのを待つしかなかった。

さて、その蒸留に用いられたのは、ウイスキーの象徴でもあるポットスチル(銅製の単式蒸留器)だ。丸みを帯びた曲線が美しく、芸術的な工芸品のようである。沸点の低いアルコール分が蒸発し、それを冷却して優先的に取り出す。これが蒸留であり、要は、水分を排除する仕組みだ。

ポットスチルの部位・パーツの名称と役割を解説|Whisky Laboratory


ポットスチルの上部の形状(表面積)によって、アルコールの純度が高まったり、香りの強弱まで変化する。逆流する量が増えるほど、硫黄化合物の香味を抑えることになり、結果的にライトな味わいになるらしい。

この蒸留を連続で行えば、さらにアルコール濃度を上げられ、もはや原料が何であったかすら分からなくなる。蒸留酒の個性にこだわるには、香り付けの配合成分とともに、この蒸留器自体への工夫も重要になってくる。


ウイスキらしさは「樽」にあり

ウイスキーを保管・運搬する樽にも、様々な特徴がある。全世界に700種類あるオークのうち、樽に用いられるのはブナ科コナラ属のものだ。木材には導管があり、水分を通す組織になっている。オークはここに「チロース」が生じ、樽として水を漏らさない機能を担っている。導管周囲の組織が膨れ、泡状になって導管を詰めてしまうのだ。

そんな樽に詰めた熟成工程にて、ウイスキーの香りが変わる。ホワイトオーク樽では、軽快でバニラやココナッツのような甘い香りがウイスキーにのる。また樽には、蒸発しやすいエタノール溶液が保存される。よってその板材には妥協が許されない。木材の導管や放射組織にこだわって切り出すことになる。ゆえに「ぜいたく」な切り出しと言われる。

さらに樽用の木材(=樽材)は、何年もかけて自然乾燥させてもの。その方が変形量も小さい。側板では、それらの樽材をたわませて組み上げる。この形状であれば、樽を転がすのが軽くなる。また、膨らんだ銅部に何本かの鉄を巻くことで締めている。長期の貯蔵を前提にしているので、接着剤や釘は使えない。樽そのものも、「ぜいたく」なのだ。

素人にとっては意外なことだが、樽材の香り(生木臭)は強すぎる。ゆえに火入れを行って木香をわざわざ弱めている。樽が何度も使い回しされることもあって、木香はだんだん程よくなってくる。

実際、樽材由来の成分は溶出している。人がはっきりと感じるくらいの影響だ。たとえば容量480リットルの樽では、400リットルのウイスキー原酒が入っている。そこに樽材由来の成分が2キロ弱も含まれるという。人間の嗅覚を刺激するには十分な量だろう。

そんな樽での長期保存だが、原酒が蒸散したり、(樽内部の減圧によって)空気を吸入したりする。中身が目減りする比率は年間で1~3%。蒸散する成分の中には、ウイスキーの香味を損なう硫黄化合物が含まれる。また、吸い込まれる酸素はウイスキーの色を琥珀に変える。

長期保存期間(熟成工程)を通して、味がまろやかになり、芳香は強くなる。10年や20年、そして30年モノは、貯蔵し続けるほど品質が伸びたものだ。ブレンダーの知見が活かされる。


蒸留酒と純アルコールとの違い

ウイスキーに関するまとめとして、あの味や香りを産み出す原理について触れよう。蒸留酒とはアルコール濃度を高める行為だ。糖分をあまり含まず、その多くをエタノール(アルコール)が占めている。だからと言って、純エタノールをそのまま口にしてしまえば、刺激が強すぎる。何しろ、この成分だけでは消毒用と変わらないからだ。

水とエタノールは相性良く混ざり合うことで知られる。ただし、その混ざり方は均一ではない。難しい用語については参考図書を見てほしいが、この領域はまだほとんど仮説のままだという。エタノールがクラスター(塊)となり、水分子に包まれていく。その包み方と広がり方によって、舌の粘膜をどう刺激するかが決まる。この混ざり方の変化に要注目だ。

飲用エタノール、すなわちウイスキーのように天然食材の発酵によって得られるアルコールは、複雑かつ多様な混ざりものが含まれている。何を活かして、何を除くかが熟成過程のポイントになる。もちろん、ブレンド(加水)も重要だ。水にこだわるのは十分意味がある。。

参考同書の著者曰く、おそらくその(前述の)混ざり方が重要だという。蒸留液の中で、加水したものをどう取り込むか(再配置がどう行われているか)。現場で官能試験を行ってみると、その違いがはっきり分かるという。プロの方々の舌の敏感さには、我々が舌を巻いてしまう。

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ウイスキーとは、大麦の発芽・乾燥から蒸留までに要する期間が、わずか一ヶ月である。その後10年貯蔵した場合、99%以上は貯蔵期間となる。そこで貯蔵樽の呼吸を通じて、単なるエタノールではない、複雑な芳香が産まれる。しかも、すべての成分が均衡状態に至り、落ち着いた、まろやかな味になる。

その味や香りを見分けて、堪能できる人たちがいることは僕らの誇りである。また、僕自身もその域に達してみたいものだ。また、アルコール濃度が高く、活性酸素を消去する力が強いのも、ウイスキーの魅力だ。みずからが品質劣化しない。そんな不思議な力もウイスキーならでは、である。


冒頭画像は下記サイトからの借用。世界のウイスキー、本場のウイスキーをもっと知りたいと思いつつ、日本のウイスキーをもう一歩深く堪能したい。下記サイトはその一助になる。

次回(中編)は醸造酒だ。


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