理想と現実の繰り返し
普段生活していると理想的なイメージは無意識にでもいつも持つものだ。
それは自分に対する理想だけでなく、相手、環境、または状況に対することなどさまざまである。
まぁ自分の頭の中のイメージなだけあってか、本当にそれが最善であり効率的で素晴らしいことかは違っていることもある。
環境や相手などを変えることは話がややこしくなるので、今回は自分に対する理想について疑問に思い苦しむことを記載する。
剣道においては、やはり理想的な打突を目指して日々稽古している。
理想と思ってその打突について稽古しているがだいたいうまくいかないことが多い。これは理想を具現化できていないことが問題だと思うし、本当のかっこいい打突などが自分の理想とずれているんだろうと思う。
かといってすぐにどうすればいいかもわからない感じである。
話がそれそうなので戻すと、そもそも理想通りできないことが人間ではないのか。それが疑問である。
可愛い息子との日々を過ごしている中でも、なんでもやってあげたいし、一緒に遊んだり、本も読んであげたい。そんな理想的なお父さんといった漠然としたイメージを私は持っている。
世のお父さんは、私みたいに怠け者でないと思うが、私の場合はその理想なお父さん像をことごとく失敗する。
本を読んでいたら寝てしまったり、子供のために洗濯をしようと思っていても疲れているとやらなかったりと子育てにおいても理想はあれど自分のコントロールは非常に難しいことを日々痛感する。
学生時代の勉強においても、勉強したほうがいいに決まっているが現実はやっていなかったりした。
それが日常であり何ら不思議なことではないのである。むしろ理想に近づけていってるほうが不思議だと思う。
人間のすごいところはその理想に向けて努力できるとかではあるが、できないのもまた現実であり受け入れるとこからが大切なのかも。
できないことが通常として捉えておけば、できた時にすごいと褒めてやるだけで人間ってなぜか次もやりたくなる。
出来ないと割り切るのではなく、出来ないのが普通だから、今よりも少し理想とやらを試してみるか。そんな心の持ちようで剣道だけでなく日々の生活が楽しいものになってきそうだと思った日常であった。
締まりの悪い文章だ。
理想とは程遠いがこれが普通なのかも、、、
未来を夢みて
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