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小説 孤独な夜の甘味

私はなにをしているのだろう。

もう睡眠前の薬は服用してしまったのに、部屋を飛び出してしまった。

三十分以内には確実に意識は飛ぶことは理解っていた。

そんな時に車に轢かれでもしたらどうなるかは目に見えているのに。

あぁ、私は蛾です、コンビニの光に幸あれ!

今週に入って三回目の深夜のコンビニ遠征である。

昨夜はどうしてもシュークリームが食べたかった、その前はどうしてもチョコレイトを欲していた、そして今夜はプ・プリンが食べたーいと掛け布団を蹴飛ばした。

プリンは焼きプリン一辺倒のはずの私なのに、深夜のコンビニでもうとろとろの頭で選ぶのはビッグプッチンプリンだったりする、そしてプリンだけでは収まりがつかなくてピーナッツチョコ、ピザポテトも選びとり、化粧っけのない死人の様な唇をかろうじておねがいしますとだけ動かして、レジのお兄さんのやたら爽やかなありがとうございましたーに送られて店を出る。

本人は相当なスピードで動いているつもり、でもだらしない部屋着にノーメイクで食欲いや甘味欲お菓子欲のあるがままゾンビが如く自分がおなごであることも意識せずコンビニ目指して徘徊するもうちょっとで意識が飛ぶ直前の女はもう妖怪にカウントしてもいいかなってぐらいに不気味だろう。

外にいる間はまだいい、問題は戦利品の摂取の仕方。

行儀悪し、誰にも見せられない。

布団に入り、購入したお菓子を一気に全部開ける、そして甘いの、しょっぱいの、ぽりぽりしたのを順繰りにひたすら口の中に押し込んでいく。

その間に意識が無くなることもある。

枕元に昨夜の惨劇の跡を知り、自分を罵りたい衝動に駆られる朝の惨めさ。

自分が自分を辞めたくなる、しかし止められない寝る前の過食。

医者に聞くところによると、現在服薬している気分安定剤の副作用なのだそうだ。

でもそう聞いて安心して過食に走っているだけの様な気もする。

免罪符を与えられて。

安心して睡眠前にたーんとお菓子を食べていいのですよ、あなたは意地汚いのではありません、だって薬の副作用なのですから!

太って当たり前なのです、睡眠前に異常な食欲が出る薬なのですもの!

朝、正気の戻った時、昨夜の摂取カロリーをざっと計算してぞっとする。

睡眠前、30分をやり過ごせたら、それだけでいいのだ。

そんな夜、隣に違う体温を持つヒト化の生き物がいたら。

私が食欲に負けて布団から抜け出そうとする度に、ちえこちゃん、何処行くの、駄目だよ、ここで僕と一緒に寝よう、足の指が冷えているね、温めてあげようか。と言ってくれるヒト化の雄がいたら。

寂しい女は太る。

本当かも知れない。

このままほっといたら私は動けなくなるほど築山の様に太っていくのかもしれない。

圧倒的な恐怖、それを凌駕する甘味への欲求。

きっとまた睡眠前食欲魔人症候群が発動して冷たいキッチンの床に素足でひたひたと冷蔵庫に忍び寄り満足のいく物体が入っていないことを確認してコンビニへダッシュする妖怪に変化するのだろう。

私は今仕事をしていない、今と言うか十五年間ほとんど職に就いたことが無い。

私が精神科にお世話になっている患者だからと言うのは口実で一般の人にまみれて働く勇気がないからだ。障害厚生年金を貰っているからパートタイマーのお給料ぐらいは貰っているし、働くことで病状が悪化するよりはといって家族も無理強いすることはなかった。

65歳を過ぎ働きながら年金を貰っている父と同居することで食えないということはなかったし日中は精神障害を持つ人々が集う施設に通うことが出来たので一人ぼっちでいることもなかった。
いっぱしにスマートフォンを持てたまに自分と同じ境遇にいる人達の呟きを眺めながら大変だなぁみんなもと暢気に感じていたのだった。
父はお前は運がいいとよく言った、障害者である私に運がいいも何もないだろうと思うがたった三カ月でも企業に勤めたことで厚生年金も貰えることになったのは確かにラッキーだった。

だって一月当たり大分多く貰えるんですよ!

実家にいる限りは貯金もできるし、働くことの逡巡には目を瞑っていられる。

ようは、もう働きたくない。また死にたいと思いたくない。怖いのだ、ただそれだけ。

周りの大人たちが家族を持ち、あるいは遣り甲斐のある仕事を持ち、多分私よりは張りのある生活を送っているんだろうと想像する上で自分の人生の薄っぺらで及び腰なスタンスを恥ずかしく思うことが良くある。
自家用車を持っているというだけですごい!おっとなー!と驚く自分がいて、あまりに大人でない人間である自分がくっきりと浮かび上がることが怖かった。

ようするに自分より他の人がずっと偉く見えて、うん、そうだ石川啄木ってこんな気分だったんだろうか、私も自分の手をぢっと見てみる。手相にはKY線がくっきりで少し嬉しくなる。

啄木、あんたもポエムばっか詠んでないで手相でも勉強すればよかったのよ。

そうしたら、あぁ僕は生命線が短くて薄いから来世にかけようとか、エロ線出てるなぁ、もてるからなぁマイッタマイッタとか少しは気楽に考えられたかもしれない。

病気が発症して結婚して病気が悪化して離婚してとバツイチの私は正直結婚には興味は無かったのだが、父は自分と同じようなタイプの男の人を伴侶として探してほしい様なことをよく私に言う。貧乏でもいいから一生懸命働いて私を愛してくれるそしてもし入院した時は父の代わりにお見舞いに来てくれる伴侶。
私はおかきを食べながら、ふーん無理でしょと思う、普通の人は健康な人を選ぶだろうし、精神の疾患に興味ありありですみたいな人は逆に怖いだろう。父の様な(病気に対して)大らかで楽観的な人間は彼の他に見たことが無い。

バツイチになった理由が病気だったことも私に二の足を踏ませている。次も同じことになるんじゃないか、好きになった相手は良くても相手の家族はどう思うんだろうか。結婚は当人同士の問題ではない。昔風の考えではあるが一理ある。わざわざ病人を選ばなくても普通のお嬢さんでいいではないか。と、後ろ向きに考えてしまうのだ。

通っている施設で楽しくやっている。馬鹿馬鹿しい冗談が私は好きだ。病気だからいつも後ろ向きでいるわけではない。私は病気ではあるが詰らない人間には成りたくはないから、好きなアーティストのライブやフェスも行ける時は参加するし都心に出かけて音楽を聞きながら買い物したり、クラブで踊ったりする。
病気の悪化を家族に心配させないように適度に息抜きで遊んで発散する。0時までには必ず帰宅し、自分は正常であると証明しないといけない、でないと次は無いからだ。労働の義務を放棄し、この体たらく。

こんな調子だから私はよく本当に病気なんですかと疑われることになる。本当に病気ですよ、結構厄介なやつ。一生薬を飲み続ける完治しない病気。

でも、いかにもな人にはなりたくない、病気でもおしゃれはしたいしきちんとお化粧をして外に出たいじゃないか。

新規の客としてまつげエクステをしに訪れた美容院で、ファンデーションのレフィルを買いに行ったデパートの化粧品売り場で、春物の洋服を見に行ったお気に入りのショップで「何のお仕事をされているんですか?」とかわいい女の子たちが目をキラキラさせて聞いてくる、その時仕事をしていないということが最大のコンプレックスであると気付かされる。

私が嘘をつく時、あまりにも嘘になれていないため突拍子もないことを口走ることがある。

ほんの一ヶ月間だけ勤めていたスーパーマーケットで昼休みに精神のお薬を飲んでいたら、店長に「それ、何の薬?」と軽く訊かれた。一般の人は分からないだろうけれど、この質問はかなりヘビーなものなのだよ我々にとって、特に病気のことはオープンにしていないと。

私は病気のことを一切口にしていなかったので咄嗟に口からついて出たのは「肝臓が悪いんです。」だった。それ以来店長は私を見る度に「若いのに大変だね」とか「しじみを摂りなさい」とか話しかけてくるのだった。それに辟易してレジの仕事を諦めてしまった。私も大概チキンである。

結局孤独な夜の甘味を断つには薬の副作用をいう言い訳を乗り越えて今より痩せて綺麗になりたいという目標を持たないといけないわけだが。

私には今やっぱり男よりも甘味が寂しさを慰めてくれる術なんだよな。

未だ出会っていない御主人さま。どうか私の足枷となりベッドに縛り付けて置いてください。それじゃドМじゃねェかと笑いながら願い事をして、今日の夜、万が一眠る直前にコンビニに遠征するならチップスター、ブラックサンダ―二個、メロンパンの三点買いだなと思う私に春は訪れるのでしょうか?



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