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#6 音楽療法とWell-being ゲスト:三道ひかりさん

 第6回チア!ゼミ「音楽療法とWell-being」のゲストは、認定音楽療法士で保健学博士の三道ひかりさん。「そもそも、音楽療法って?」といった基本的なことから、日本と欧米における音楽療法の位置づけや制度的な違い、セッション中の患者さんの反応やご家族の想いなど、研究者と実践者の視点からケアの現場における音楽のあり方について、三道さんにお話ししていただきました。

チア!ゼミとは?

 チア!ゼミは、医療福祉従事者、クリエーター、地域の人々、患者さんやその家族、学生など様々な背景を持つ人たちが集まり、参加者同士の対話によって、医療や福祉におけるアート・デザインの考えを深めるプラットフォームです。実践者や当事者の方に話題提供していただいた後、参加者同士で対話しながら、異なる視点や考えを共有します。多職種の方が集まって話し合うことで生まれた発想や新しい視点を、参加者のみなさんがそれぞれのフィールドに持ち帰ることで、医療や福祉環境を変えていく社会的なアクションへ繋がることを期待しています。

音楽療法とWell-being

三道ひかり/認定音楽療法士・保健学博士

人と繋がり、理解するための音楽

 皆さんにとっての音楽とはどのようなものでしょうか。例えば、娯楽、自己表現、文化や価値観理解のための媒体、様々な答えがあると思います。音楽に色々なカテゴリーがある中で、私は音楽を「人と繋がり、理解するためのツール」として使っています。
 音楽療法の定義は、日本の音楽療法学会と米国音楽療法学会では少しニュアンスが異なっています。日本音楽療法学会では、「音楽、合唱、楽器演奏、あるいは音楽鑑賞というものを個人の身体、心理、社会、そして精神的な課題に対して評価、計画を立案して実行する音楽を用いた臨床介入」※1 、米国の音楽療法学会では「科学的根拠に基づいて行われる音楽的臨床介入であり、専門的な訓練を受けた療法士によって、個々の様々な課題を解決する」 ※2 とそれぞれ定義しています。大枠では同じことを言っていますが、日本においては「誰が音楽療法を行うか」ということが言及されていません。それに対し、米国はエビデンスベースの臨床介入だということを明言した上で、それが音楽療法士という特別な訓練を受けた専門家が行うものであるとはっきり定義しています。この違いが生まれる最大の理由として、欧米の方が研究や療法士の訓練・養成の枠組みが体系的に出来上がっているという点が挙げられます。また音楽療法士資格は日米ともに民間資格ですが、日本では学会や自治体など様々なところで出されている一方、米国ではCertification Board for Music Therapists (CBMT)という一つの団体からのみ出されていることも、日米の違いがあります。他の諸外国の定義との比較もまた国ごとの音楽療法に対する位置づけの違いがわかると思います。そして近代の音楽療法発展のきっかけの一つとなったのが、米国にて第2次世界大戦後に米国医療当局が音楽を活用してトラウマなどで傷ついた兵士らの社会復帰支援を行ったこと※3 です。その後米国では、ミシガン州立大学やカンザス大学で音楽療法コースが設立し、音楽療法士養成が始まりました。
私自身の臨床実践では、歌唱や音楽演奏を用いて、緩和ケア患者さんとお話をしながらご本人の人生の歴史の振り返り、患者さんが表現しにくいことを音楽で補完することで、終末期の時期を支援する臨床的介入をしています。

※1 日本音楽療法学会 https://www.jmta.jp/
※2 American Music Therapy Association https://www.musictherapy.org/about/musictherapy/
※3 古平孝子 音楽文化の創造第28号 https://www.onbunso.or.jp/wp-content/uploads/2021/02/cmc28_04.pdf


音楽療法のアプローチとメソッド

 1.音楽療法のアプローチ
 音楽療法の代表的なアプローチとして、次の6つが挙げられます

① 創造的音楽療法
② 神経学的音楽療法
③ 分析的音楽療法
④ 生物医学的音楽療法
⑤ 認知行動音楽療法
⑥ ボニー式音楽イメージ療法

 まず、① 創造的音楽療法としては、クリエイティブミュージックセラピーと言われるものがあります。自閉症の子どもが対象になることが多く、音楽はかなり創造的になるので、メディカルというよりも音楽を中心にそのニュアンスやトーンをいかに操るかが重要視されています。
 次に、② 神経学的音楽療法は、体の神経系に対して音楽を使ってアプローチします。この療法は、脳挫傷やパーキンソン病など脳神経系のリハビリを行う患者さんを対象に行われることが多いです。リズムやメロディーを体に同調させることによって、単に足を動かすよりも、スムーズに動くことができるようになります。脳神経系と音楽の関係性を効果的に使っている音楽療法になります。
 ③ 分析的音楽療法は、心理療法的な音楽療法の一派で、人の深層心理に入ってアプローチしていきます。ある音楽表現があった場合に、その表現がなぜ起きたのかということを言葉と音で分析し、表現を振り返ることで自分自身や過去を分析します。
 ④ 生物医学的音楽療法は、人間の生理的機能(心拍、呼吸、ホルモン分泌等)に対して音楽を使います。例えば未熟児のための音楽療法があり、音楽を聞かせることで未熟児の心拍、血圧などの生理的機能を安定させます。
 ⑤ 認知行動学療法は、認知行動療法に音を乗せてアプローチします。行動の課題に対して、音を使って動機づけをして学習する音楽療法です。
 最後に、⑥ ボニー式音楽イメージ療法は、受動的な音楽療法の代表です。決められたクラシック音楽を聞いて、どのようなイメージが想起されるかを振り返りながら、自分の課題を考え、そのイメージに没入していくことによって新たな発見をするというアプローチです。


2.音楽療法のメソッド

 さらに、具体的な音楽療法のメソッドとして、次の4つが挙げられます。

① 受動的手法
② 再創造的手法
③ 即興
④ 作曲

 まず、① 受動的手法では、聞く行為を促すために音楽療法を用います。療法士はそれぞれがもつ課題を評価し、適切な音楽の形式を選びます。受動的に音を聞いた上で、言語療法的な言葉の介入を伴いながら、初期記憶を刺激して深くアプローチします。
 次に、② 再創造的手法では、既成曲を歌ったり演奏したりします。幼少期に聞いた曲や家族との思い出の曲などを通じて、個人の歴史に触れていく手法で、終末期に取り入れることが多いです。
 ③ 即興は、その場で音楽を作りながら創造していく音楽療法になります。自閉症のお子さんに使われることが多くあります。自己表現を促すことが一番の目標であり、本人の動きや言動を楽譜と捉え即興演奏しながら、本人の自己表現を刺激し、音楽的交流を図ります。
 ④ 作曲は、対象者と話し合いながら音楽的フレームや歌詞を作っていくものなので、柔軟性のある即興よりも少し頭を使って進めることが多く、対象者の臨床的目標に合わせて利用します。
 

音楽療法の対象

 こういったアプローチとメソッドがある中で、音楽療法が対象としている疾患は、未熟児や妊婦、手術前後、パーキンソン病、脳梗塞、終末期、統合失調症、認知症、自閉症や小児麻痺、P T S Dなど様々です。例えば、手術前後の患者さんに対し緊張の緩和を目的として音楽療法を取り入れます。
 精神科領域ではデイケアで集団歌唱を行い社会的活動の促進をしたり、作詞による自身の感情理解の促進や感情の他者との共有をします。また最近は一般的になりましたが、認知症をもつ方に対して、記憶への刺激や不安軽減を目的とすることもあります。


音楽療法士

1.音楽療法士の専門性
 音楽療法士の認定を受けるには、養成校で一定の音楽療法に関わるすべての単位を履修し、臨床的な技法や音楽の基礎的な知識、医学概論や障害者学習、精神科についてなど、幅広い分野を横断的に学びます。そして、90時間以上の実習後に受験資格が得られる筆記試験と実技試験を通過して初めて音楽療法士の認定を取得できます。現在国内には、大学や専門学校など約20校の養成校あり、音楽療法士として登録をしている者は約3000人ほどいます。
 国内の臨床で音楽療法が盛んに行われている場所として、高齢者施設、障害児や障害者を対象とした福祉施設、精神科病棟、ホスピスなどが挙げられますが、音楽療法士をやりながらチャイルドライフスペシャリストをしている方もいて、自分自身のスペシャリティを固めていく方もいます。

2.日本で活動する音楽療法士の実情
 2019年に、米国National Institutes of Health (アメリカ国立衛生研究所)が、5年間で2000万円の研究費を投じて音楽療法と脳の研究を開始すると発表しました。※4 これは、音楽療法の発展において大きなマイルストーンであると言えます。
 ですが、欧米ほど音楽療法の教育や支援が浸透していない日本では、先述したアプローチやメソッドの全てを専門的に勉強することができないのが現実です。そもそも国内において音楽療法は、医療職でも福祉職でもない位置づけで、仕事としてなかなか求人が出ないこともあって、フリーランスとして働いている療法士が最も多いです。
※4 National Institutes of Health "NIH awards $20 million over five years to bring together music therapy and neuroscience
<https://www.nih.gov/news-events/news-releases/nih-awards-20-million-over-five-years-bring-together-music-therapy-neuroscience>

※4 National Institutes of Health "NIH awards $20 million over five years to bring together music therapy and neuroscience
<https://www.nih.gov/news-events/news-releases/nih-awards-20-million-over-five-years-bring-together-music-therapy-neuroscience>

緩和ケアにおける音楽療法

1.緩和ケアにおける音楽療法の位置づけ
 WHO(World Health Organization)によると、緩和ケアとは「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、疾患の早期より痛み、身体・心理社会・スピリチュアル的課題に関して、それらが障害とならないように予防したり対処したりすることで、QOL(Quality of Life)を改善するためのアプローチ」※5 と定義されています。緩和ケアは英語で "Palliative Care" ですが、この "Palliative" という言葉自体はラテン語で「覆い隠すもの」を指し、痛みを覆い隠して少しでも遠ざけてあげるという意味合いあります。日本語だと緩和ケアには痛みを緩やかにしてあげるというニュアンスが強いのではないでしょうか。緩和ケアにおいて一番大事なことは疼痛コントロールだと言えます。人にとって一番の苦痛は「痛み」であり、それがなければどんなに苦しい中でも生きていけます。音楽療法は、補完医療の中の一つとして、体の痛みだけではなく、社会的な痛み、スピリチュアルな痛み、そしてそれぞれが包括されたトータルペインにアプローチします。    
 音楽療法の効果には、抑うつ症状の緩和、疼痛の緩和、予後の延長の効果が挙げられます。音楽療法による介入が始まると、その人自身が生きる目標をもち始め、体が「生きること」を欲するようになり、結果として余命よりも長く生きることができることもあります。
※5 World Health Organization "Palliative care"
<https://www.nih.gov/news-events/news-releases/nih-awards-20-million-over-five-years-bring-together-music-therapy-neuroscience>


2.緩和ケアにおける音楽療法の事例

 子どものプレグリーフケアを目的とした音楽療法の事例をご紹介します。お父さんが末期がんであるものの、まだ死を理解できない年齢であったマヤちゃん(仮名)に対して、病棟でピアノレッスンを実践したことがあります。具体的な目的は、お父さんがマヤちゃんの成長をきちんと見ることができること、お父さんの治療のためにマヤちゃんが感じる苦痛を取り除くことの2つでした。この時、実際に行ったことはお子さんにピアノのレッスンをしていただけですが、臨床的な視点で見ると、お父さんにマヤちゃんのピアノを聴いてもらう時間を設けることで家族のコミュニケーションを促進する結果となりました。
 また、末期の認知症によって人格や様子が変わっていく奥さんと一緒に過ごすことに苦痛を感じるようになった旦那さんのために音楽療法を行ったこともあります。音楽療法をしている間は、「一緒に音楽をする」という目的のもと居られるので、彼女の色々な変化が良い意味であまり見えてこず、唯一の夫婦の時間となりました。
 痛みの緩和のために入院し、過去に「流し」をしていたという患者さんには、ギターを渡し『知床旅情』という歌を一緒に歌いました。その患者さんは、『知床旅情』の歌に感銘して北海道にいた時期があったそうで、色々な思い出を振り返って涙を流していました。この時、私は一見すると曲を歌っただけですが、臨床的には音によって長期記憶が刺激され、患者さんは人生回想により感情発散し、不安感や焦燥感を軽減させることができました。大事なことは、療法士がその楽曲を再現できるかというよりも、患者さんがなぜその曲を選んだのか、そこにはどんな意味があるのかを一緒に考えていくことです。

3.音楽を通じた患者とその家族のケア
 音楽療法は感覚を活用したケアであるため、患者さんの自己表現となり得る息づかいや声色、視線、背中、すべてを注視します。何も歌わない場合も、静けさをひとつの表現として捉え、それに対して音で返していきます。また、意識のない患者さんでも、眉毛や体のわずかな動作に音を付けることで、患者さんのご家族が患者さんの存在を捉えられるようになり、最終的に家族のケアに繋がることがあります。
 現代は超高齢社会であると同時に多死社会でもあります。実はすごく身近に「死」がある中、それを頭で理解するだけでなく、音楽療法を通じて感覚的に理解できるようにすることは、愛する家族の最期を看取る際のサポートに繋がると考えています。

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三道ひかり
認定音楽療法士・保健学博士
専門は、音楽療法、終末期医療領域、Arts and Public Hearth。日本音楽療法学会認定音楽療法士の資格のほか、中学校および高等学校の教諭一種免許状(音楽)や、日本クラシックコンクール声楽部門における入賞経験をもつ。
2013年 洗足学園音楽大学音楽学部音楽学科音楽療法コース卒業、2016年 ニューヨーク大学大学院音楽療法にて音楽療法の修士号を取得した後、2020年 東京大学大学院医学系研究科国際地域保健学教室にて保健学の博士号を取得。国立大工学系研究所特任助教を経て、現在ヘルスケアベンチャー企業に所属。
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第6回チア!ゼミ「音楽療法とWell-being」
日程:2021年8月20日(土)14:00-16:00
場所:オンライン
主催:特定非営利活動法人チア・アート https://www.cheerart.jp/


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