映画 ある一生

神を信じない男は、本当に幸福になれるのだろうか。



この映画の最後では、主人公が実は、まだ生まれてから一度も神を信じたことがないと独白する。神を信じない男は本当に幸福になれるのだろうかということを、逆説的に描いたのがこの映画のポイントだと思う。

この主人公の幸福は、マリーという女性と出会って恋に落ち、結婚して家庭を持ち、子供が生まれる直前で止まってしまった。その後、戦争に行ったり、いろいろするんだけれども、幸福を求めるという意味では、この男の意識はここでずっと止まっているんだ。前に進まないと言う事は、結局停滞しているということで、この主人公はここから成長できない。
これは神を信じないと言う事とつながっていると思う。もし神を信じていれば、マリーを失ったということの意味をもう一度深く考えることもできたはずだ。結婚して、お互い一緒にいたり、肉体的な快楽を味わったり、そういうことが最高の幸せになっているわけだけれども、これはある意味で動物と同じだよ。この主人公の、深まらない幸福感というところを、一生を描いて示したところが、この映画の意図なのかもしれない。ヨーロッパ社会が信仰を失ってしまって、逆に動物性へと後退していることを、この映画は言いたかったのかもしれないんじゃないかな。

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