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小説「oblivion」 プロローグ

 オートマタと呼ばれる半機械人間が作られたのは、半世紀も前のことだ。戦火による四肢の欠損の負傷者が多く出て、労働者確保が困難となり、新たに生み出された半機械人間の手術により、私は記憶の大半をなくし、半分機械の体となった。
 記憶の欠如は、疑問ばかり産み、名家の息女として生まれた私はお付きとして雇われたレオによく問いかける。
「星はきれいですね。でもどうして美しいと感じるのか、私にはわからないのです。ねぇ、美しさとは何から作られるものですか?」
 満点の夜空の星が、光が届く前に大気で揺れて瞬いて見える。煌々と、けれど恐ろしいほど微小に揺らぐ。きっとこれを美しいというのだとわかるのに、どうしてその答えに辿り着くのか、わからなかった。
「命に似ているからでしょうか?」
レオは言葉巧みにその問いに答えてくれるのだ。
「命? 星が命に?」
 疑問ばかりが生まれるのに、彼は少し小さく微笑んでから夜空を指さした。
「星は空気の揺れで瞬きます。瞬く命の短さと心臓の揺れに似て、星は記憶を呼び起こすのです。悲しかったことも、うれしかったことも、美しい追憶の彼方に消えていった思い出を、瞬くたび連れて帰ってくるのです。今はわからずとも、いつか、セブンスにもわかる時が来ますよ」
 そういってレオはそっと私の頬に触れ、優しく微笑んでは視線を外してうつむいた。レオは私のおぼつかない心臓に高鳴り思い出させてくれる。私の心臓は彼のおかげで生を思い出し、喜びに打ち鳴らしてくれる。けれど、その理由を私は永遠に知ることはないだろう。
 欠落した感情に確証を抱くほどの、記憶がもう私にはないのだから。
「空気が揺れるから、星が瞬くのでしょう。それなら、命が瞬くのは心が揺れるからなのでしょうか?」
私はそういった瞬間、涙がこぼれた。
「私はきれいだと思うのに、あの光が悲しくてたまらないのです」
 声の震えに気がした彼が泣きそうな顔をして私を抱きしめた。
「もう、怖いものなんかない。怖いものなんかないんだ、セブンス」
 頬に流れた流れ星のような光の雫がぽたぽたと零れ落ちて伝う。怖いものなんてない。もう怖いものなんてないのに、どうしてこんなに胸が締め付けられ、血をだくだくと流してしまうのか。わからなくて、私はそっとレオの服を掴んだ。
「ねぇ、レオ。私はいつか消えてしまうのでしょうか?」
「消えないです。消えたら、困りますから」
 レオは死を語る私を決して見ることはない。抱きしめる力が強まるばかりで、彼は決して私を離さない。
「ねぇ、セブンス。あなたは私を助けて活かしてくれた。あなたは私の命なのです」
 私と彼との話を、思い出す。
 私が壊れた後の話。彼と私の救われた過去の話。

彼は、某国の少年兵として戦争をしていた。
戦争の中で、少年兵とは使い捨ての駒である。非人道的ではあるが、少年兵の入手経路はさまざまで、戦争孤児を売人に格安で売り付けられた経緯のものがほとんどか。
国が特攻用の武器にするために人間としての尊厳を徹底的に壊され、自分の命は国のためのものになることを強いられる。
 命を尊ぶなんて思考は徹底的に淘汰されるそうだ。もちろん、そんな非人道的なことが公になれば各国から非人道的だとバッシングを受け、何らかの経済的制裁を受けるのは必至。ならば生き残った少年兵はどうなるか。
 彼らは戦争で殺人を犯したと刑罰を受け、死刑にされる。意味が分からない、筋が通らない。そんなことはわかっている。けれど、これが倫理観を失った戦争のリアルだ。
 B23型戦闘用飛行兵器、アーラ。背中に神経手術を施し、単独の飛行を可能とした特攻用戦闘兵器である。
彼がその神経手術を施したその日から、死人として扱われた。彼は囮部隊として、ついに戦場での捨て駒になった。
名誉ある死をもって贖え。そう、司令官から言い放たれたと彼は言う。身寄りもなく、孤児院から引き取られ少年兵となった彼に選択肢はなかった。
彼はどこか虚ろな目をして、どこも見ていない視線を泳がせていう。煙で視界が遮られるたび、戦況を把握できない恐怖で、呼吸が乱れたと。雲の中の氷の粒が何度も防具を擦る音が聞こえ、気が付けば墜落する仲間が目の端に映り、次は自分なのだと体に緊張が走った。空から落ちていく仲間たちは、共に過ごし、支えあった唯一無二の理解者なのに。
命は埃のように空に舞って落ちていく。
頬を擦る、雲の中の氷の粒の冷たさに我に返る。痛みを感じるほどに強く皮膚に刺激してくる。ゴーグルが敵の姿をかすめた瞬間、銃口を向け攻撃しては歯鳴りをさせ、人を殺したのだと震える唇にぎゅっと力を入れて、それでも生きるために戦ったのだ。
 彼は臆病だった。どれだけ司令官に殴られ、暴行されても、死への恐怖が消えず、眠れもしない。過敏に人影におびえ恐怖から誰よりも早く、敵を討つ。けれど、こんな精神状態じゃそう長くはもたないと特攻部隊に入れられ、囮に使われた彼に待つのは死という結末のみ。
 逃げたい、死にたくない。けれど、今ここで自分が逃亡しようものなら、それもまた死刑。けれど、彼は気づいたのだ。
このまま例え、生き残ったとしても自分は死罪になり、結果同じ結末をたどることになる。それであれば、今ここで敵前逃亡してこれからも国から逃げ隠れ、ひっそりと生きることを選択したとして、なんの不都合があるのかと。
それに気づいた瞬間、彼の体は戦線から離脱した。当てもない逃亡、もちろん、それを責め、追撃するものなどいない。そもそもこの雲の中の戦闘で、彼を見つけることなど誰にもできようがないのだ。それは敵にも、味方にも。
彼は逃亡した。初めて自分の運命にあらがった。そうして彼と私は出会うことになる。運命的に、いや、自ら選んだ選択の結果、私は彼を救うこととなった。

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