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映画と美術#6『ダホメ』

▷キーワード:アートビジネス、大英博物館

2021年11月、かつてフランスがダホメ王国から略奪した美術品26点がベナンへ返還された。これはエマニュエル・マクロンの政策によるものである。2017年にマクロン大統領はブルキナファソの学生たちに「アフリカの遺産を返還することは最優先事項」だと語り、その過程でベナンにも美術品が返ってきたのである。

この歴史的瞬間を捉えた『ダホメ』が第74回ベルリン国際映画祭で上映され最高賞に輝いた。本作はフレデリック・ワイズマンが4時間かけて描くところを68分とコンパクトにまとめながら、美術品返還問題の意義とその先へ眼差しを向けている。監督のマティ・ディオップは『アトランティクス』に引き続き霊的存在を通じて地続きの歴史を物語り、過去/現在/未来の点を繋いでいる。

冒頭、パリの夜道で恍惚と照らされるエッフェル塔の置物を売る移民が映し出される。たった数秒に満たないシーンだが、本作で最も重要な場面である。前半は、26番と呼ばれる置物が「誰もワシの本名を知らない」などと自虐的に観客へ語りかけながら、ベナンに輸送される過程を描く。後半は学生たちによる議論が行われる。本来は7,000点近くあるであろうダホメ王国美術のうち26点しか返還されていないことに対し政治的な目眩しなのではなどといった意見が飛び交う。マティ・ディオップは「教育・広報」の観点から美術品返還問題の意義を掴もうとする。実際にカメラの眼差しは、議論や演説されている声と市民生活のショットを重ねている。そして、展示された返還品をキラキラした目で眺める人々の姿を捉えていく。ここで、冒頭における置物売りのショットに意味が生じてくる。アフリカの移民がパリへ渡り、フランスの文化にしがみつきながら日銭を稼いでいる。しかし、植民地主義に抵抗するには自国の文化や歴史を知る必要があるのではないか。ユネスコは世界遺産条約の中で教育・広報を重視している。戦争や環境破壊が起きる要因として他国、他者への理解のなさがあると考え、世界遺産の背景にある歴史や保護技術を世界に伝えることで国際平和を実現しようとしているのだ。これは世界全体で見た時の思想であるが、個々の国で捉えた時に重要なことは自国の文化・歴史を知ることである。

エドワード・W・サイード「オリエンタリズム」では、ヨーロッパにおける表層的な中東、アジア、アフリカに対する眼差しが強化されていく仕組みについて論じられている。まず、神話や魔術には自己を補完する機能があり、擬似的な経験として「事物が現に在る」がごとく存在している。 しかし、実際に現として現れるとそのまま残り続け他国の文化に対するイメージが強化されていく。19世紀、東洋研究者はテキストを中心に研究が行われてきた。そのため例えば、腕が8本あるインドの彫像を見ると興味を失ってしまう者がいた。

美術館・博物館の役割としてホンモノに触れる機会を与えることにある。確かに、映画の中では空間に留まらずダホメ王国の文化が幅広くベナン国民へ浸透する希望が描かれている。だが、本質的に重要なことは身近に自国を知るためのホンモノがあり、国民が文化・歴史を知ることで、ヨーロッパなどから注がれる植民地主義たる眼差しへ抵抗する思想が共有されることにあるといえよう。

大英博物館がエルギン・マーブルのギリシャ返還を巡って論争を繰り広げた話を踏まえるとこのことがよく分かる。朽木ゆり子「パルテノン・スキャンダル」にて、あらゆるロジックを投じて大英博物館が美術品返還を拒絶する様が書かれている。大英博物館には、ギリシャ美術を展示する目玉フロア「エルギン・マーブル」がある。19世紀にエルギン伯爵がオスマン帝国(現:ギリシャ)から許可を取り、パルテノン神殿の調査および彫刻の一部をイギリスへ20年近くかけて持ち帰った。大英博物館としては正式な許可を取って持ち帰っているので返還する必要はないと考えている。また、この返還を承諾すると、ロゼッタ・ストーンをエジプトへ返還する必要性も出てくるため影響範囲が大きい。そのため、

・ギリシャは大気汚染が酷いから、大英博物館で管理した方が安全
・大英博物館は無料だし、年間来場者数も多いから、ギリシャ美術を人類の遺産として人々へ魅力を伝える役割を果たしている

などと理由を提示しながら、返還を断り続けてきた。そこでベニゼロス文化相は大胆な譲歩に出る。アテネに大英博物館分館を作り、長期貸し出しという名目でパルテノン彫刻を展示するといったものだった。所有権は大英博物館でよい。それを強調するために「大英博物館分館」と新しい博物館につける。ギリシャの歴史を人々に知ってもらうのが重要なので「返還(Restitution)」ではなく「統合(Reunit)」といった形で手を取ろうとした。しかし、マクレガー館長はそれをバッサリ拒否したのである。

こういった略奪品に対する国際的な対応としてユネスコは1972年に「文化財の不法な輸入、輸出及び所有権譲渡の禁止並びに防止の手段に関する条約」が発行されている。これは保護や管理体制の不備などにより盗難された文化財の密貿易を禁止する条約である。加盟国は不法に輸出された文化財の復旧を保証する加盟国間での協定締結や摘発のための国際協力、善意で購入された方への補償などを行うのだが、条約発効以前の文化財に対しては適用外となっている。そのため、エルギン・マーブル返還は難航を極めた。

『ダホメ』は、マクロン大統領の協力によって実現した難題をベースにヨーロッパのオリエンタリズム的眼差しへ抵抗する広告映画の役割を果たしている。ベナンへ美術品が返還されるプロセスや美術館を綺麗に整備する様子を捉えることで、ヨーロッパから出るであろう意見「お前たちの国は美術品を管理できるのか」といった態度に”YES”を突き付けている。

ベニン人による議論パートは、フレデリック・ワイズマンの映画に慣れている身としては深堀りしてほしかったものがある(実際には3時間以上議論が行われた)。しかし、ポストコロニアリズムを描くアプローチとして興味深いものがあった。

『ダホメ』Dahomey(2024)

製作国:フランス、セネガル、ベナン
上映時間:68分
監督:マティ・ディオプ

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CHE BUNBUN
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