CHE BUNBUNの2022年上半期映画ベスト10
序文
※長文につき、ベストだけ知りたい人は目次からベストテンに飛んでください。
2022年も早くも折り返し地点となりました。Twitterでは恒例の映画ベストテンが並んでいて楽しく見ています。自分はキネマ旬報ベスト・テンやカイエ・デュ・シネマベストテンよりも個人のベストテンの方が好きだったりする。それは、個人の哲学や趣味嗜好が色濃く現れているからである。
私の場合、2022年は転機の年であった。昨年末からcinemas PLUSさんで映画ライターとして執筆するようになり、また色んな場所から声をかけられるようになりました。今まではブログで好き勝手に映画について書いていたのですが、以前より映画とは何か?映像作品とは何か?について向き合う必要性が出てきました。
■YouTube動画の探究
その中で、YouTube動画が軽視されているのでは?という仮説を立て、YouTube動画を研究するようになりました。確かに文字テロップをゴテゴテに塗りたくり、のっぺりとした画を提示するYouTuberは少なくないのですが、ガーリィレコードチャンネルのように創意工夫ある画で世界観を創り上げるグループもある。
cinemas PLUSさんで実際にガーリィレコードチャンネルについて紹介記事を出したのだが、反応は薄かった。しかし、裏を返せば研究しがいがある領域。ブルーオーシャンだと思い、更なる研究を行なっていた所ある動画に出会った。
■che bunbunはVTuberと出会った
物述有栖が5時間に渡って心音を聴かせ続けるASMR動画であった。
アンディ・ウォーホールが1963年に発表した『スリープ』から半世紀以上経った世界で、延々と寝ている人を映す動画が10万回再生され、好意的なコメントが流れている状況に衝撃を受けた。
そこからVTuberに魅了され研究することになった。映画界隈とは全く違う発想、哲学が流れているため、最初は困惑していたのだが、寧ろ映画の領域から解放された世界を知ることで映画業界を見つめ直すことができるのではと考えるようになった。
■「ファスト映画」と「切り抜き動画」の差について
例えば昨年、「ファスト映画」をYouTubeにアップしている人が検挙された。「ファスト映画」とは2時間ぐらいある映画を10分程度にまとめて紹介するもの。著作権を侵害し、映画業界に損害を与えるとして映画業界は動いた。
↑過激な動画なため閲覧注意です。
一方、VTuber界隈は自分達の配信を抽出して加工する「切り抜き動画」に対して寛容的だ。例えば、鈴鹿詩子の場合、マツコの知らない世界を意識したハイクオリティな切り抜き動画を制作した木城キキを数年後に採用、公式の切り抜き動画を作らせている。また周央サンゴの場合、スペイン村を紹介する切り抜き動画が発端でTwitterを賑わせた。この光景を見ていると切り抜き動画職人は伝道師的役割を担っていて、規制しないことにより知名度と文化作りを行なっているのではと仮説を立てることができた。
■映画とVTuberの距離感に関する考察
また、映画界隈にいるとよく「リアル」という表現を使うが、VTuberの動画を観ていて決定的に違う概念に気付かされる。映画界隈において「虚構」と「現実」は線引きされていると考えられる。その根拠として「リアル」という単語の使い方にある。高画質なグラフィックや生々しい設定に対して「リアル」だと表現する光景をよく見るだろう。それは映画という虚構に対して、現実に近い表現を目撃した際に使われている。「現実」ではないのだが、現実に近い演出だと一歩引いた目線から評価するのである。
VTuberにハマり始めの頃、アバターという仮面を被り中の人が演技をする。虚構を生み出しているのだろうと考えていた。しかし、物述有栖ASMR(バイノーラル)配信や名取さなのゲーム実況を観ていると、まるでそばにいるような感覚を抱いた。演技しているとは思えない何かがそこにあったのだ。
その違和感を抱く中、先日渋谷 Spotify O-EASTで行われたピーナッツくんのワンマンライブ「Walk Through the Stars Tour」でその正体を突き止めたのであった。
結論からいうと、VTuberは「虚構」でも「リアル」でもない「現実」であったのだ。
大スクリーンに映し出される「ぽんぽこちゃんねる」動画。そこから着ぐるみを着たピーナッツくんがフロアを温める。甘い招き声に誘われ、彼は『キートンの探偵学入門』よろしくスクリーンの中へ入っていく。そこにはVTuber仲間の「名取さな」や「おめがシスターズ」がいる。そしてリアルタイムでコントや踊りが行われる。ピーナッツくんは、3D,2Dアニメの海を横断し、ステージに戻ってくる際には、レオタードブタの着ぐるみを纏い、別人格としてラップを披露する。しかし、そこには「演技をしている」空気はなかった。
アバターや着ぐるみなどといった肉体を通じて内なる自己の断片を具現化していたのだ。淀みなく出てくる声の質感、地に足付いた言葉の数々を前に虚構といえるだろうか?リアルだといえるだろうか?紛れもなく現実であり、アバターや着ぐるみといった器に自己を流し込んでいたのであった。
それを踏まえてみると、雑談配信やASMRにおける距離の近さも頷ける。銀幕の向こう、モニターの向こうの存在ではなく、すぐ横にいる一人としての関係をリスナーと結んでいたのである。
このように、VTuberからインスピレーションをかなり受けた私ですが、2022年上半期映画ベストテンも少なからず影響を受けている。ということで長くなりましたが発表していくとしよう。
※リンクをクリックすると私の記事に飛べます。
che bunbunの2022年上半期ベストテン(新作)
1.MEMORIA メモリア(アピチャッポン・ウィーラセタクン,2021)
2.リフレクション(ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ,2021)
3.Vortex(ギャスパー・ノエ,2021)
4.映画 おそ松さん(英勉,2022)
5.ノー・シャーク(コーディー・クラーク,2022)
6.麻希のいる世界(塩田明彦,2022)
7.The Girl and the Spider(Ramon Zürcher&Silvan Zürcher,2021)
8.はい、泳げません(渡辺謙作,2022)
9.The Pink Cloud(Iuli Gerbase,2021)
10.ALIVEHOON アライブフーン(下山天,2021)
ベストテンを見ると分かるとおり、精神と肉体、言葉の関係性を扱った映画が多い上半期となりました。タイの巨匠アピチャッポン・ウィーラセタクン監督がティルダ・スウィントン主演にコロンビアでスペイン語を用いて映画を作った意欲作『MEMORIA メモリア』は、李良枝「由熙」を彷彿させる言葉と対話の物語に仕上がっていた。異国で、スペイン語を話す際の、どの言葉を使おうか考えて発するジェシカは、コロンビアの街を彷徨う中で、音で会話する者、踊りで会話する者と出会い、その末に感覚で対話する存在と邂逅する。異次元の対話を通じることで、自分の中での違和感が融解し、一歩前進していく過程のユニークさと芯の強さに感動しました。
8位に挙げた『はい、泳げません』も思考プロセスを映画的に落とし込んだ作品であり、長谷川博己演じる哲学者・小鳥遊雄司が薄原静香(綾瀬はるか)から泳ぎを教わり実践していく。行為の前に思考を介することで生じる肉体の膠着。行為と膠着の綱引きによる異様な泳ぎがいつしか25m先のゴールに辿り着く。理論がモノになる瞬間、それは不器用かもしれないが少なくてもゴールに辿り着く瞬間を捉えていた。哲学を単に「難解」で片付けることなく、理論の筋道として落とし込み、そこからトラウマを克己することへのメタファーとして繋げていったところが良かった。
肉体と精神の洞察といえば、ダークホース『ALIVEHOON アライブフーン』だろう。冴えない男がヨロヨロと自宅に帰還し、電源をつけることで顕となるコックピット。ゲームの世界が彼にとっての現実でありユートピアであることを、翌日の部屋とはいいがたい空間で表現し、そこからヒロイン登場、強引に彼女がチューニングしたレーシングカーとシンクロせざる得なくなる。このスピード感ある、物語への巻き込み方は日本映画として珍しいものを観た気になった。無機物の塊であるレーシングカーが、人間と融合し、生々しい動きを魅せるカーレースシーンの迫力はデヴィッド・クローネンバーグさながらのものを感じました。
映像の特性を使って心理を描いた作品としては『リフレクション』と『Vortex』、『ノー・シャーク』がある。『リフレクション』はガラスに無数に撃ちつけられるペイントボールや、鳥の体液を通じて引き摺る痛みを表現しており、またレコードをじっくり楽しむ場面が死体を焼く時間に置換されてしまう痛ましさなどを盛り込んでおり、痛みの表象における手数の多さに驚愕した。
年々パワーアップしているギャスパー・ノエ新作『Vortex』は、イタリア映画の巨匠ダリオ・アルジェントを主演に『愛、アムール』を撮ったような作品であるが、2画面を巧みに使った、心理的断絶を描いていたのが面白かった。
2022/7/9現在、Filmarksで『JAWS/ジョーズ』より平均星評より高い評価となっているサメが一切出てこないサメ映画『ノー・シャーク』は、サメ映画に取り憑かれた一人の女性の自問自答を描いている。ネタ映画に見えたが、蓋を開けてみればフレンチバカンス映画さながらの趣きを持っており、黒画面の中で延々と独白をしたり、男性の性的な眼差しに対する嫌悪を匂わせたりする様子を通じて、複雑な社会を生きる上で必要な自分のモヤモヤを言語化し自分なりの哲学を汲み上げていくプロセスがそこにあった。
ふと、『映画 おそ松さん』が入っていることに疑問を呈する方も出てくるであろう。毎年、通俗なエンターテイメント映画が公開され、ほとんどの場合叩かれてしまう日本。私は、ローカルでこれだけのエンターテイメント映画が作れるのであれば、ドヤ顔アップや芸能人の持ちネタに頼らず、ジェリー・ルイス映画のように手数で勝負してほしいと願っていたのですが、英勉監督はそれは見事成し遂げていました。正直、白羽の矢死亡フラグしか立っていない内容である。アニメ「おそ松さん」の実写化である。そして、アイドルグループSnow Manが主演なのだが、おそ松さんは6人グループ。Snow Manは9人グループと既に定員オーバーしている。全員を立たせなければ炎上間違いなしな条件下で、自由なアイデアをもって攻略した。
アニメのようなコミカルさでパチンコ屋に並ぶ。しかし、生々しいパチンコ屋の前でアニメ顔してもしょうがないと開き直りつつ物語を展開すると思いきや、物語はタイムループもの、スパイもの、デスゲームもの、そして『七人の侍』に分岐し収集がつかなくなり、3人のデウス・エクス・マキナが物語を終わらせるためにおそ松さんたちに立ち向かう。ここで主役が物語終わらせ屋に切り替わり、残りのSnow Manメンバーに切り替わるのだが、運命を司る神である3人が彼らを前に狼狽するのだ。かつてあっただろうか?「運命」が狼狽する映画を。『バタフライ・エフェクト』なんかありましたが、あれはまだ人間だ。こちらでは神が狼狽するのだ。その斬新さに感動したのだ。こういうことを私はエンターテイメント映画に求めています。
映画を解体して遊んでみせる映画といえば『麻希のいる世界』がある。予告編では青春キラキラ映画に見えるが、実際には青春キラキラ映画あるあるを解体して魅せる映画である。学校のバンドのシーンでバイブスを上げるのがインストゥルメンタルである異様さ、全くもってバンドが完成しない停滞。そしてウナギのようにヌルヌルとすり抜け主人公を翻弄していくファムファタールが導く、現実離れしたような小屋の姿に圧倒された。
カイエ・デュ・シネマベストテン2022にランクインした『The Girl and the Spider』も面白い演出が垣間見える作品であり、劇中のほとんどが家の中で展開され、狭い家の中で蠢く男女と動物の干渉を通じて、追いつ追われつの関係を紡いでいくところがユニークであった。これは狭い空間の活かし方の映画でもあるのでYouTuberに観てほしいところがある。
さて、今年の上半期は映画の伝道師として嬉しいことがあった。それは日本未公開映画『The Pink Cloud』の感想ツイートに9,000以上の「いいね」がついたこと。そしてサンリスさんが本作の配給権を購入し、日本公開する見込みが立ったことである(Varietyの記事を参照)。日本未公開映画を紹介している私にとって非常に嬉しい出来事であった。本作は、コロナ禍前に製作されたにもかかわらず、あまりにリアルなロックダウン生活が描かれていて世界を驚かせた作品だ。毒性のあるピンクの雲に覆われた世界で、自粛生活をする男女の精神に迫る作品であり、マッチングアプリの台頭はもちろん、自粛生活が当たり前となった世代に対する言及まであり背筋が凍った作品であった。これは日本公開したら全力で盛り上げていきたいところである。
che bunbunの2022年上半期ベストテン(旧作)
1.Next Stop Paradise(ルチアン・ピンティリエ,1998)
2.クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立(デヴィッド・クローネンバーグ,1970)
3.Keiko(クロード・ガニオン,1979)
4.白い鳩(フランチシェク・ヴラーチル,1960)
5.サドのための絶叫(ギー・ドゥボール,1952)
6.絶壁の彼方に(シドニー・ギリアット,1950)
7.アメリカン・ポストカード(ボーディ・ガーボル,1975)
8.ピーター・グリーナウェイの枕草子(ピーター・グリーナウェイ,1996)
9.猫に裁かれる人たち(ヴォイチェフ・ヤスニー,1963)
10.Tilva Rosh(Nikola Lezaic,2010)
2022年上半期映画ベスト10スペースアーカイブ
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