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『世界遺産で考える5つの現在』感想

 世界遺産検定マイスターの受験が控えている。マイスター試験では1,200字で世界遺産にまつわる問いに答える必要がある。例えば、2022年7月に行われた試験では以下の問いが出題されている。

紛争や戦争などがあった際に、軍事活動や人々の生活の維持などが文化財や自然環境の 保護よりも優先される。また戦後においても復興が優先されることを考えると、文化財 や自然の保護は平和時にしかできないことになってしまう。ユネスコの平和理念を踏まえ、平時だけでなく戦時においても文化財や自然環境の保護がどのような意味を持ち得 るのか、具体的な遺産の例を取り上げながら、1,200 字以内で論じなさい。

世界遺産検定「2022年7月の試験の講評および学習方法」より引用

 その場で出題される内容に、持てる世界遺産の知識を動員しながら論理的に自分の意見を述べる必要がある。毎回、好評は辛辣であり、恐らく他の受験者とは一線を画する内容で書く必要がある。2022年7月試験の場合、ロシアのウクライナ侵攻で対策してくることを想定した問題となっており、その読み通りの答えを書いてしまうと点数は低くなってしまうと言える。対策としては2通りあると考えられる。

1.他の受験者が出さないような具体例で勝負する(例:バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群)

2.ロシアのウクライナ侵攻問題を抽象化して、他の世界遺産に応用できるようにする(例:世界遺産委員会の場における加害国の扱いを他面的に書く)

とはいっても、試験会場で咄嗟にアイデアを構築していくのは至難の業だ。内容が頭に入っている状態でも

・50字説明×3本
・400字記述×1本
・1,200字論述×1本

を書き切るだけで90分かかる。試験時間は120分なので、時間が少ないのだ。事前に、どれだけ世界遺産デッキを持っているか?それも単語レベルではなく、その世界遺産が抱える問題をどれだけ持っているかが鍵となってくる。

 世界遺産検定マイスターを一緒に受ける有識者と作戦会議をした際に、1冊の本を推薦された。

それが『世界遺産で考える5つの現在』だ!

 著者は、世界遺産検定サイトにて研究員ブログ記事をアップしている宮澤光さんである。宮澤さんの文章は、小学生でもわかるような平易な文章で複雑な政治事情や最新の世界遺産事情を教えてくれるため参考にしている。そんな彼が、パレスチナ問題や都市開発、オーバーツーリズムなどといった観点から世界遺産を読み解くのが本書である。

 実際に読んでみると、世界遺産を考えるアプローチのヒントがたくさん眠っていた。今回の読書感想文では、ウィーン歴史地区を巡る問題について着目して書くことにする。

■ウィーン歴史地区はなぜ危機遺産なのか?

①世界遺産は登録抹消されることがある

 2021年に行われた第44回世界遺産委員会にてリヴァプールの海商都市が世界遺産から登録抹消された。18世紀に三角貿易の拠点として栄え、湾岸都市計画の顕著な代表例として2004年に世界遺産登録となった。しかし、ウォーターフロント開発計画、サッカー・スタジアムの開発計画により顕著な普遍的な価値が損なわれたとして、世界遺産から登録抹消されたのだ。都市開発が原因で、世界遺産から登録抹消される例はドレスデン・エルベ渓谷(ヴァルトシュレスヒェン橋の建設が原因)に次いで2例目である。

 世界遺産は顕著な普遍的価値を持つ文化財や自然を人類共通の遺産として国際的に保護していくものである。しかし、たびたび都市開発と世界遺産の保護が対立する。危機遺産にはなっていないもののボルドー、月の港ではペルテュイス橋が取り壊された事案がある。リヴァプールの海商都市の登録抹消により、都市計画が原因で世界遺産登録が抹消されるケースは増えてくるだろう。ところで、世界遺産になっている場所でなぜ保護がされず、都市開発が進んでしまうのだろうか?そのような素朴な疑問に本書は答えてくれる。

②ウィーンと歴史的都市景観の保護に関する宣言

 都市開発と世界遺産保護との両立の方針を定める「歴史的都市景観の保護に関する宣言」が掲げられるきっかけとなったのはウィーンであった。2005年にウィーン中央駅周辺の都市開発を巡り国際会議が開かれ、ウィーン・メモランダム(世界遺産と現代建築に関するウィーン覚書)が採択された。それを受けて、世界遺産の顕著な普遍的な価値の保護に重点を置くよう訴える歴史的都市景観の保護に関する宣言が掲げられたのだ。このことについて、宮澤さんは以下のように解説している。

 ウィーン・メモランダムや「歴史的都市景観の保護に関する宣言」で注意しなくてはいけないのが、「歴史のある都市で、都市開発をしたり現代建築を作ったりしてはダメだ」とは言っていない点です。都市開発や現代建築を作る時には、充分に配慮して、長い歴史の中で作り上げてきた都市の特徴を壊さないようにしてくださいね、と言っているのです。都市の特徴というのは、世界遺産の都市であれば、「世界遺産として認められた価値(OUV)」になります。

p40より引用

 例えば、京都に行くとカーシェアリングでお馴染みタイムズカーの看板が灰色になっていることに気づくでしょう。これも都市景観に配慮したものである。

聖シュテファン大聖堂(che bunbun撮影)
ハース ハウス(トリップアドバイザーより引用)

 ウィーン歴史地区の構成遺産である聖シュテファン大聖堂のそばにあるハース ハウスはガラス張りの現代建築となっている。しかし、これも都市景観に配慮して建てられたものとのこと。ウィーンは顕著な普遍的価値を維持した状態で都市開発をしてきたはずである。

③ウィーン歴史地区危機遺産登録に「ブレグジット」が関わっていた!

しかし、2017年に危機遺産に登録されてしまった。この背景には2016年にイギリスがEUを離脱した「ブレグジット」が関係しているとのこと。1993年にヨーロッパは経済的流動性を高めようとEUを結成し、国家間同士の移動がしやす櫛田。しかし、移民の流入により文化対立や自国の失業率が上がってしまい、国民からの強い反発にさらされた。その結果、イギリスがEUを抜けることとなったのだ。イギリスと貿易する際に関税がかかるため、イギリスに拠点を置いていた企業が、EUに移転しようとする動きがあった。OPECなどの国際機関の拠点が移転しようとするケースが増えていたウィーンにとって、ブレグジットは国際都市としての地位を上げるチャンスだったのだ。なので、高層ビル建設の計画が立った。世界遺産と都市計画を両立することは、枷をつけた状態で道を模索することである。経済の流れは早い。その中の必死さが、危機遺産登録へと繋がったのではないだろうか。

 このことを考えるとオーバーツーリズムの問題を抱えつつも、危機遺産登録で揉めているヴェネツィアとその潟にも共通した問題が垣間見える。この辺を上手くまとめられると、試験当日に対応できる気がする。まさに、論述問題のアイデア本として『世界遺産で考える5つの現在』は役にたった。


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