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◇八王子さんぽ◇滝山城跡を歩く②~城郭散策の楽しみ

前回の投稿で、滝山城の北側にある、瀧集落を歩き、そこから滝山城の本丸を目指しました。今回はもう少し滝山城の中を歩きたいと思います。
(前回の投稿はこちら)

八王子市から出ている、「滝山城城攻めマップ」

八王子市から、「滝山城城攻めマップ」というものが発行されています。それを見ると、滝山城が山の中に巧みに平らな場所を作り、自然の谷戸の谷部を防御用の堀に見立てて活用し、鉄壁の防御を誇る城郭を完成させていることがわかります。この地図を見ると、加住丘陵という、そこそこ比高の大きな丘陵の中にいくつかの谷戸が複雑に入り組んでいて、それらが弁天池や大池として活用されていて、尾根の部分を巧みに利用して、三の丸、二の丸、中の丸、本丸のような平らな場所がある、とても興味深い地形をしていることがわかります。

実は、滝山城に着いたのが夕方で、今回はゆっくり城内を歩いて巡ることができなくて、写真などもあまりたくさん撮れていませんが、エッセンスは紹介したいと思います。

■本丸から中の丸へ

本丸から中の丸へは、橋が架かっています。

本丸と中の丸の間にある、大堀切。その上に橋が架かっています。中の丸に敵が攻めてきたとき、本丸を目指す際に通る場所です。大堀切があるので、敵を迎え撃ちやすい場所、ともいえるのではないでしょうか。

本丸と中の丸を結ぶ木橋を説明する看板。

滝山城の中には、このような詳細を説明してくれる看板が豊富にあり、散策するのが楽しくなります。地形を表したマップが掲載されていて、いかに人工的な平らな場所がたくさん残っているかを教えてくれます。

中の丸から見た、多摩川と秋川の合流地点付近。

昔からお城の北側には多摩川が流れていました。ある意味、多摩川が北側を防御する大型な堀の役割を果たしていたのではないでしょうか。

中の丸の説明看板。
この崖に何か所か平場を設けて、警戒していたそうです。

中の丸。多摩川が一望できる場所です。昔は敵を見張るためにこういう場所に陣を構えたのでしょう。中の丸には建物がありますが、ここは昔国民宿舎があったそうで、その建物を流用しているとか。写真を撮りそびれてしまったので(笑)、紹介されているサイトを貼っておきます。
こんな山の中にお宿があったとは驚きです。夜間に昇り降りするのは肝試しのような感じがしそうな場所です・・。

南側から三の丸に向かっていく坂道

三の丸の方向に向かっていく坂道。急坂を登っていくと、平場があり、敵が待ち受けているという、攻めるのが難しい鉄壁の防御を誇るお城だったそうです。こういう場所に城を構えた500年前の先人たち。現代の土木技術でも、なかなかこんな城郭を設計して実際に作り上げるのは難しいのではないかと思います。昔の技術って、実はとてもすごかったのではないかと改めて実感しました。

丘の上にあった弁天池の跡地の説明看板。

弁天池の跡地。今は池らしいものはなく、ただの谷のように見えます。天然の谷戸を利用して池があったというのは、すごいことだと思います。

この城郭、おそらくもっと時間をかけてこのパンフレットの地形を眺めていると、新しい発見がたくさんありそうです。近場にあるので、またゆっくりと訪れてみたいと思います。

■終わりに
滝山城は、500年前に築かれた山城ですが、今でもその威容を十分想像することができる遺構が残っていて、とても楽しい史跡です。お城は天守閣が無いとつまらない、と小さい頃は内心思っていましたが、滋賀県にある織田信長が築いた安土城を訪れ、その石垣が連なる山に感銘を受けました。幻の安土城は、石垣だけ残ってこそ趣があるとその時思ったので、石垣だけのお城とか、城跡に全く別なものが建った城郭跡などを眺めるのも、最近は楽しいと感じるようになりました。
八王子にはほかにも八王子城や高月城といった、同じ時代に活躍したお城があるので、そちらもまた訪れてみようと思います。

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