『幸せになる勇気』(愛と自己犠牲)
こんばんは。
マメです。
今日は久しぶりに『幸せになる勇気』を読み返していました。
この本は何度読んでも新たな気づきがあり、岸見先生の屈指の名著だと思います。
人は無力な赤子として生まれ、赤子や子どもはその弱さを武器に他者の関心を引くが、やがて成長し誰かを愛するようになると、弱さではなく、他者への関心を通じて人との繋がりを構築するようになる。
その変化こそが「自立」であり、自立とは「自己中心性からの脱却」である。
そして、人を愛し始めると、人生の主語が「私」から「私たち」に変化し、愛とは二人で幸せを築いていくことなのだと。
この本の後半には概ねこのような趣旨のことが書かれています。
私はこの考え方がとても好きなのですが、面白いなと思う点は、愛することで人生の主語が「私とあなた」に変わるのではなく、「私たち」に変わるとしているところです。
「あなた」の幸せのためにある行動をとることは素敵なことだと思いますが、どこか自己犠牲のニュアンスを感じます。
自分を犠牲にした幸せというのは、それで本当に幸せなのかなと私は思います。
愛することとは「私たち」の幸せのために行動することである、と考える方がより素敵だなと感じるのです。
アドラーや岸見先生の考え方を実生活で実践することはかなり大変です。
仕事や人間関係で疲弊し、ストレスを感じることもあり、その中で自分のことしか考えられなくなってしまうことは正直多々あります。
ただ、0よりは1の方がマシですし、こういう大変なことは3歩進んで5歩下がる、そしてまた3歩進んでちょっとずつ変わっていくものだと思うので、肩の力を抜いて、とりあえず出来る範囲で実践していければそれで良いのかなと考えています。
それではお休みなさい。