その話題は二十代でカツラ事業を興し、今ではカツラ以外にも育毛剤、増毛、歯ブラシ、ラーメン、映画撮影用のウィッグ、光ファイバー、軌道エレベーター用のカーボンナノチューブなどの他事業にも手を広げ、今や日本で三本の指に入る大金持ちである三上グループの会長、三上義男との会話で出てきた。
「沢木君はサンタクロースを信じるかね? 私は信じるよ。なにせ本物のサンタクロースを二回も見たからね」
 と言った三上会長はサンタクロース役が務まるほどの美しい白髪頭に白髭だった。
「本当ですか、会長? サンタクロースってどんな顔をしているのですか?」
「毎年違うんだな。一回目のサンタは私の父の顔をしていて、半導体不足の影響で世界的に品薄だった最新ゲーム機を持ってきてくれた。二回目のサンタは私自身の顔をしていて、大学生だった私に今の事業を始めなさいと言う気づきを教えてくれたよ」
 それを聞いて大手IT企業○×クリエイトの社長である沢木幸太は金儲けの匂いを嗅ぎつけた。サンタクロースに聞いてカツラ事業を始めた三上会長がこれだけの大金持ちになれたのなら、自分はサンタから聞き出した有望事業で世界一の大金持ちになってやると思ったのだ。
「それが本当なら私もサンタに会いたいです。しかし、大人のところにサンタはこないですよね?」
「いや、会おうと思えば会えると思うな。来たまえ」
 そう言うと、三上会長は沢木を連れて会長室にある大金庫を開けると、中からビワの実ほどのクリスマスカラーの種を取り出した。
「これがサンタクロースの種だ。サンタは植物なんだよ。とあるオークションで落札したんだが、一人の人間がサンタを育てられるのは一回だけらしいんだ。私は過去に一回サンタを育ててしまったからこの種を君にあげてもいいよ。ただね、サンタの種は発芽させるための養分と言うか肥料がよく分かっていないんだ」
 サンタクロースの種をもらった沢木は、その日から様々な土や肥料を片っ端から試してみたがまるで芽が出なかった。動物園に行ってゾウの糞などももらって試したが、結果は同じで気がつけばクリスマスイブになっていた。
「ちくしょう、だまされたかな? 苦労しても何も出やしない」
 そうつぶやいた沢木は植木鉢からサンタクロースの種を掘り出すと、無くさないように現金などを入れておく金庫に放り込んで鍵を閉めた。
 その日の夜。沢木が寝ていると、バキン! バキバキという金庫が破壊される音がしてきたので、泥棒かと思った沢木が駆けつけると、金庫の中から巨大なヒイラギが伸びていた。その先になっている人間ほどの大きさの赤い実がぷるんと動くと、中からサンタクロースが現れた。サンタの顔をよく見ると白髪頭に白髭だが確かに沢木の顔だった。
 サンタが別の巨大な実に手をやると実の中からトナカイ、ソリ、プレゼント入りの袋が現れた。そしてサンタは手際よくソリにトナカイを付け、プレゼントを乗せると止める間もなく飛んでいってしまった。ソリの側面には○×クリエイトと書かれていた。
 サンタが去った後の金庫は入れておいた土地の権利証、現金、有価証券、金塊、宝石などが全て無くなっていたし、次に何の事業を始めなさいというアドバイスも無かった。
 どういうことか問い詰めようと、次の日沢木は三上会長のところへ押しかけた。
「やはりそうか。サンタクロースの種の発芽に必要な養分とは、命以外で種の持ち主の一番大切な物だったか」
 そう言うと三上会長はゆっくりと頭に手をやって白髪頭を外した。三上会長の頭はカツラで、一本の毛も無かった。
「気がつかなかっただろう。私が開発させた限りなく自然の地毛に近いカツラだからね」
 そう言って、三上会長はサンタクロースの種にまつわる話を聞かせてくれた。

                ※

 サンタクロースの種は元々、私の父がどこかで手に入れてきたのだ。父は作家志願者だったがさっぱり芽が出なかった。父は働きにも出なかったから家計はスーパーにパートで勤めていた母が支えていた。幼かった私と母は毎日がみじめで貧乏だった。毎日の食事だって母が買ってくる、見切り品三十パーセントオフの惣菜ばかりだったしね。当然クリスマスプレゼントだって無かった。
 父はサンタクロースの種をいつも机の上に飾っていた。何か作品のインスピレーションが得られると思ったのだろう。クリスマスイブの日も父は一日中机のパソコンに向かって書き物をしていた。夜遅くなって父が机に突っ伏して居眠りをしていると、サンタクロースの種が芽を出したのだ。前にも言ったがサンタの顔は父ソックリでね、袋の中から最新ゲーム機を私にくれると飛んでいってしまったよ。
 発芽するための養分として父の財布が空っぽになったのか? いや違うな。父の一番大切な物は、いつか自分の書いた物語で多くの人を感動させ評論家に褒めてもらい、文筆業で生計を立てるという作家になりたいという思い、願望だったんだ。
 サンタが飛び去った後の父は人が変わってしまったよ。机からムクリと起き上がると私と母をまず見て、物のほとんど無い貧乏アパートの室内を見渡し
「何で俺は働かなかったんだ? 何でこんなに愛している妻と子供に貧乏暮らしをさせてまであんな夢に夢中になっていたんだ? お前達父さんが悪かった。もうお前達に苦しい生活は二度とさせない」
 そう言って父は次の日からがむしゃらに働き出したよ。夫婦共稼ぎになったから金持ちでは無いが、生活は少し楽になり私も母も欲しい物が買えるようになった。
 私はサンタクロースの種をどこから手に入れたのか? 偶然なのだが、クリスマスが終わった夜に世界を一周してプレゼントを配り終えたサンタクロースから回収したのだ。ヨロヨロと歩いていたサンタが倒れると体がパキンと割れて、中からサンタクロースの種が出てきたのだ。私はそれを取っておいた。
 父が働くようになったおかげで大きくなった私は東京の大学に進学することが出来た。なるべく両親の負担を減らそうとアパートも一番安いところを借りてバイトも色々やっていたがね。
 大学生時代の私は女の子に大いにモテた。顔も良かったんだが、何より私の長く伸ばした髪の毛が美しかったからモテたのだ。自慢の髪の毛に毎日のトリートメントとブラッシングは欠かさなかったよ。その時もサンタクロースの種は持っていたのだが、安アパートで隠しておく場所も無かったからマクラの下に隠して寝ていたのだ。
 クリスマスイブの夜、マクラが持ち上がって私は目を覚ました。サンタクロースの種が芽を出したのだ。私ソックリのサンタクロースが飛び去った後、妙に頭が寒いのに気がついた。頭に手をやると触れるはずの髪の毛に触れない。慌てて鏡を見たら私の頭に自慢の髪の毛は一本も残っていなかったよ。
 頭がハゲた次の日から、今まであれだけ寄ってきた女の子達は水が引くようにいなくなった。髪の毛が無くなって女の子にモテなくなって、始めて私は気がついたよ。髪の毛があるのはありがたい。遺伝かヘアケアの方法を知らなかっただけでハゲになった人、ハゲたというだけで女の子に相手にされない人は本当に気の毒でかわいそう。私に出来ることは一人でも多くのハゲた人を救うことだとね。ハゲて女の子にモテなくなったからこそカツラ事業に集中できた。そうして今の財産と地位を手に入れたのだ。

 話を聞いた沢木はヨロヨロと自宅に帰った。サンタクロースで金儲けなんてやはり無理だったんだ。居間に入った沢木が何となくテレビを付けると、ニュース番組がやっている時間帯でサンタクロース現る! という特集が組まれていた。
「突如日本に現れ子供達にプレゼントを配ったサンタクロース。確かにドローン技術では無い未知のテクノロジーで空を飛んでいましたが、正体はソリの横に書かれていた○×クリエイトの社長による慈善事業と自社の宣伝では無いかとの声もあがっています」
「サンタさんねえ、○×クリエイトの社長さんだったよ。ソリの横に○×クリエイトって書いてあったし、私は顔見たもん。サンタさんプレゼントありがとう!」
「いつもより豪華なプレゼントでした! 沢木社長! ありがとうございます!」
「沢木社長のサンタさん、ありがとうございます!」
「サンタさんありがとう!」
 テレビから聞こえてくる知らない人からのありがとうの声を聞いて、沢木の胸の中に温かい何かが生まれていた。

 十年後、沢木は金利の安い金融業の経営、新事業への積極的な投資などを経て、弱者の生活を守るために民間のお金だけでは無く政府も財政出動すべきだと訴えるために、衆議院議員になっていた。
「持っているだけのお金は食べることも着ることも出来なくて無意味です。お金は人に投資して始めて役に立つのです。一人でも多くの人を笑顔にすることが最終的に自分のお金を増やすのです。国民みんなが毎日生きたいと思い笑顔で暮らすことが私の財産です!」

 今年もクリスマスにサンタクロースはやってくる。どこかのだれかの大切な物を養分にして……。


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