「ゴスペル日記10」~挫折~


97年の初渡米以降、何かに取り憑かれたかのようにバイトに狂った。

貯金をしては98年99年と毎年のようにカレッジのスプリングとクリスマスのゴスペルコンサートに標準を合わせて3ヶ月渡米を繰り返していたが。

しかしその後、柄にもなく音楽に行き詰まる。
21歳のときである。

その頃、渡米を重ねる毎に視野が拡がり、
今まで見えなかったもの、聞こえなかったものを感じれるようになってきたまでは良かったのだが、

あまりにもギャップのある理想と現実、自分の音の行方、大人になりきれない自分、大きな失恋等々。。

色々な事が折り重なり、自分の中で消化し切れなくなった。


納得のいく声が出ない。


歌うことが苦痛でしかなくなり、
そして歌うことをやめた。
(その後、実質2年ほどライブ等音楽的活動はしなかった)

自分の部屋では音楽すらかけず、コンポはホコリをかぶっていた。

それらを忘れるため子供のころから好きだったバスケットボールばかりやっていた。

しかしあまりの精神的疲労と肉体的疲労が重なりバスケの最中に足の骨が折れた。

疲労骨折のはずが思いっ切り骨折になってしまった。 とうとうバスケもできなくなってしまった。

しかも手術の傷から細菌が骨の方まで入りやっかいなことになっていった。
つい先日まで走り回っていたのに。。

毎日動けない状態で白い天井を眺め、最終的に手術は5回にも及んだ。

手術後もだが毎日毎日傷口の消毒が激痛だった。

もしかしたら歩けなくなるんじゃないか?

という思いが何度もよぎった。

今は普通に歩けるし、復活したから平気で言えるが、
もうちょっといったら膝から下を切断?かも知れない状況だった。

本気でツラかった。

ついでにそんな中、看護婦さんに恋してしまい、あえなく玉砕。

さらにツラくなってしまった(笑

その後、しばらく車椅子生活。

しかしなんとか猛烈なリハビリをし、復帰。

実に7ヶ月振りに外の世界での生活に戻るのだった。

・・・・・・つづく

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