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「ゴスペル日記」15 ~教会~

ゴスペル日記 15 ~教会~




はじめて教会で歌ったのは大学でのクリスマス・コンサート明けだった。


晴れ渡った日曜の早朝
乾いた空気
見上げるパームツリーは
空の青まで突き刺さる


LAの冬はあまり寒くない。
日中はジャケットを着ていれば暖かいくらいだ。
テキトーにつけたクルマのラジオからはスムースジャズ
窓を全開でユル~く走るのはなんともいい気分だ。


赤い屋根の白い小さな教会。

そして、100人の正装した黒人さん達の中に、スーツ姿のヘンな日本人がそこにいた。

牧師さんの説教にみんな耳を傾けている。
自分は教壇の横の30人のクワイヤー(聖歌隊)の中にいた。

毎週日曜日に5~6曲歌う。
リハは木曜日に一度だけ。

みんなにはスタンダード曲、でも自分には全部はじめての曲。
とにかく最初の頃はテナーパートだけでもと、毎回必死で覚えた。

さて、朝のサービスも終盤に差し掛かったとこで突然、マザー(大学の先生)が私を前へ呼んだ。

なんだ?

みんなの前で自己紹介??

インチキ・イングリッシュ炸裂か?

と思っていたら、マザーが

「ジャパンからファミリーが来た」

と紹介してくれた。

ホッとしたのも束の間、マザーはニコニコしながら私に

「あの曲を歌いなさい」

とマイクを渡した。

えぇーー??
いいんですか~?

・・・・っていうかどの曲??

正直ビックリしたが、スゴく嬉しかった。
クリスマスだったので初渡米のとき(第8話参照)のソロの曲「The First Noel」にした。

もうとにかく全力で歌った。
ディアン(大学の専属ピアニスト、教会のオルガニスト、そしてR&Bシンガーのアッシャーのレコーディングにも参加した人。第7話参照)もオルガンでフォローしてくれた。

人生2度目のスタンディングオベイションだった。
教会のみんなが自分をブラザーとして、ファミリーとして受け入れてくれた瞬間だった。 
 
「音楽は国境を越える」
言葉では聞いていたが、初めてそれを実感した。

それまではホントにコテコテの黒人街の
100%黒人のみの教会のため、

さすがに最初は
「なんでここにアジア人が?」
的な視線が無いとは言い切れなかった。

特にキッズは正直なので思い切り顔に出る笑

もちろん、最初から超フレンドリーにあいさつしてくれてハグしてくれる人もいた。

それが、
ゴスペルを歌って以来、みんな声をかけてくれるようになった。

きっとゴスペルを愛しているというのが伝わったんだろう。

でも、、

 「ハーイ!CheeseCake」 (ん?チーズケーキ?)

または

「ハーイ!チンスキー」 (それどこの国の人?笑)

*両方とも私の本名のシンスケと呼んでるつもり。
*どうやら日本語の「し」「け」という発音はアメリカ人は苦手らしい。

なので当時ポケモンがキッズに人気だったがポキモン、カラオケはキャラオキーと発音され

ていた。


そしてみんなとの関係をもっともっと深めていきたい・・・

切にそう思ったのだった。

・・・・・・・つづく

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