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映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

※2019年6月28日にCharlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。


 世界最大級の知の殿堂にして、日本の図書館像を超えたサービスを展開して市民の文化的生活を支えるニューヨーク公共図書館の舞台裏を追ったドキュメンタリー映画です。

 「公立」ではなく「公共図書館」というのがミソで、ニューヨーク市の出資と民間の寄付によって運営される独立法人です。映画の中では「公民協働」という言い方がなされます。単に資料提供を行うのみならず、著者を招いてのトークイベントや音楽コンサート、視覚障害者向けの点字教室や、児童の放課後教育、さらにはデジタルデバイドを防ぐためのWi-Fi端末貸与まで、さまざまな取り組みをしています。

 これらの事業を貫くのは、市民の自由と平等を保障し民主主義を支えるという精神です。点字教室や放課後教育のような社会的弱者へのサポートはもちろんですが、数々のアーティストが使ったというピクチャーコレクションを誰でも予約なしで利用できるなど、インデックス整理という付加価値のついた資料群が広く一般に公開されている点はとても優れていると思いました。

 映画冒頭には『利己的な遺伝子』のリチャード・ドーキンス博士によるトークイベントの模様が流れます。キリスト教原理主義への厳しい批判がその主たる内容でしたが、科学者であり思想家である彼が市民に直接語り掛ける場が、誰でも立ち寄りやすい環境で実現しています。

 また、ガルシア・マルケスの著作を読んで感想を話し合う市民のディスカッションや、高齢者のダンスサークルなども開かれ、コミュニティーづくりにも一役買っています。

 先述の通りニューヨーク公共図書館は独立法人ですから、予算獲得とその使いみちを巡り幹部職員が議論を交わす場面が繰り返し登場します。それは同時に、図書館の在るべき姿、いわば図書館員としての哲学をぶつけ合う場であり、見ていて胸打たれるシーンです。具体的には電子書籍と紙の本の購入比率をどうするか、他の利用者に配慮しながらホームレスの利用をどのように受け入れるかなどが話し合われます。

 そして何より印象的だったのは、幹部職員とアフリカ系住民の対話の場面でした。ニューヨーク公共図書館は90以上の分館があり、この中には地域図書館と、専門領域を扱う研究図書館がありますが、後者の一つに黒人文化研究図書館があります。その館長が、アフリカ系住民の住む地区の分館を訪ねて話を聴きます。

 住民たちは差別的扱いを受けてきた経験を次々に語ります。中でも彼らが訴えたのが、かつての黒人奴隷を「移民労働者」と表現し、より良い生活を求めアメリカに来たと、あまりに不適正な記述をしている教科書への反発でした。テキサス州で実際に採用され、誤った認識が広がることを恐れていたのです。

 そんな住民たちへ館長は共感を示し、それでもこの地区には黒人文化研究図書館があり、地区の子どもたちは一生利用できるのですと語り掛けます。つまり、公共図書館が知性のとりでとして永久に君臨し、弱者を守っていくと宣言したのに等しいのです。

 公共図書館は、よりよい社会を実現するためのミッションを自ら探し出し、実践します。地域と関わりを持つこともその一つで、アフリカ系住民との対話もこの一環で行われたものでした。

 一般に政府や地方公共団体が直接図書館を運営する日本とは、歴史的経緯や事情も異なり、一概にアメリカのほうが良いと断じるわけにはいかないのでしょうが、民主主義社会の基盤であることを自覚し積極的にその発展のために尽力するニューヨーク公共図書館の姿に、感銘を受けました。


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