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映画の顔(1)/『きみの鳥はうたえる』

 1時間5分15秒頃。喫茶店を出てどこかへ向かう佐知子(石橋静河)の、表情の不安定さがすごく良い。落ち着かなさの一方で、風を正面に受けて額が広く見えている。嬉し恥ずかしの早歩きは、親しい男との出会い直しに向かう道。可能性に開かれた人の表情だ。

 1時間9分45秒頃からのカラオケのシーン。しばらく佐知子に焦点が当たったあと、ショットが変わり静雄(染谷将太)にピントが当たってからは、静雄の鼻筋を境に、顔の左右に異なる色の照明が当てられる。これまでの世界と、これからの世界の境目かのような、抜き差しならない時間が流れる。

 映画が、見えないものを映す技術だとすれば、この2つのシーンは紛うことなく時間を映している。一度過ぎた時間はもう再び訪れることはないのに、映画にはそれが記録され見返すことができる。佐知子と静雄の顔に、時間が現れている。

(2018年、三宅唱監督、四宮秀俊撮影、秋山恵二郎照明)

 私にとって映画を見る喜びの一つは、「いい顔」が見られることです。普段まざまざと他人の顔を見ることははばかられるし、たとえ親密な間柄の人を前にしたとて、顔を捉えることは得意ではない。でも映画を見ている間は、ほんらい人が持っている「顔」の魅力を、公然と浴びることができます。不定期連載で、映画の印象的な「顔」について書きます。


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