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原武史『地形の思想史』

※2020年5月11日にCharlieInTheFogで公開した記事「見た・聴いた・読んだ 2020.5.4-10」(元リンク)から、本書に関する部分を抜粋して転載したものです。


 日本という一国ではなく、鉄道や団地といったよりミクロな視点で思想史を紡いでいくことを旨とする著者が、今回は地形と思想の絡み合いを実際に現場を訪ね歩きながら考察していった紀行文的思想史の本です。

 白眉は第二景「『峠』と革命」でした。東京は多摩西部。理性的な議論の末に民主的な私擬憲法の生まれた五日市と、討論をブルジョワ的手段と否定し、農村から都市を包囲すると武装した山村工作隊が拠点にした小河内という、峠を挟んだ二つの場所の対比が描かれます。

 暴力革命思想の下、党が送り込んだ山村工作隊はのちに六全協で「極左冒険主義」と否定され、村がダムに沈むかのように見捨てられていく──。2度の逮捕後も小河内に戻り工作隊の活動に従事し続け、そのせいで体を悪くし35歳で亡くなる岩崎貞則の慰霊碑を原は現地で見つけます。句読点のない石碑の文章は、同志を見捨てた党への怒りを湛えています。

 のちに生まれる赤軍は、さらに柳沢峠を越えた山梨県丹波山村にある「福ちゃん荘」を拠点に、首相官邸や警視庁への襲撃に備えた訓練を展開します。原はここで、なんと現在の天皇・皇后夫妻が皇太子・同妃時代に訪ねていたことを示す看板を見つけるのです。各地の峠を踏んだ現天皇の足跡が、よりにもよって赤軍ゆかりの地にまで及ぶという偶然か否か。原の体験を通じて読者も否応なく、時代の流れを突き付けられます。

 この他考察の舞台となるのは、皇国の「浄」を実現するためにハンセン病患者を隔離する場となった広島の似島、オウム真理教や創価学会など数々の新興宗教が信仰の場としてきた富士山麓、女性の社会進出が同じ県内でも薩摩半島に比して圧倒的に遅れている大隅半島など。原の視角の鋭さが本書でも発揮されています。

(KADOKAWA、2019年)


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