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酒井正『日本のセーフティーネット格差─労働市場の変容と社会保険』

※2020年8月3日にCharlieInTheFogで公開した記事「見た・聴いた・読んだ 2020.7.27-8.2」(元リンク)から、本書に関する部分を抜粋して転載したものです。


 非正規雇用の増加で、日本の社会保険制度がセーフティーネットとしての役割を果たせなくありつつあるということは数多く指摘されてきました。ではどうすればいいのか。

 例えば保険が適用される範囲を拡大するという方法。たとえば雇用保険は、1989年にパートタイマーへの適用拡大を念頭においた制度が始まるなど、非正規雇用に対しての適用拡大は早くから行ってきたことが第2章で紹介されます。実際にこの30年で非正規雇用割合が一貫して上昇してきた中にあっても、被用者(雇われている人)に占める被保険者の割合は一定の水準を保っています。

 ところが失業者に占める雇用保険基本手当の受給者割合は低下し、1980年代前半に60%近くだったのが、現在は3割を切るに至っているのです。調査によると、正規雇用に比べて非正規雇用では受給要件を満たさず、失業時に受給できない場合が多く、もともと非正規雇用のほうが失業する確率が高いことも相まって、適用拡大してもセーフティーネットが機能しない事態が起こっているのです。

 受給要件を拡大しても、保険料支払いが低いことから給付もわずかにしかならないおそれがあります。拠出と給付のリンクしない形でのサポート、例えば職業訓練やそれに参加することを条件とした給付金支給などは、不況時にはそもそも労働需要が不足している以上、有効に機能するかどうが疑問が生じます。

 こうした社会保険制度が持つ複雑さとその不備を指摘しつつも、それに対する処方箋がそう単純に示せるものでないことを実証に基づいて丁寧に述べています。高齢者の就業、育児と就労の両立といった問題を取り上げる章ももちろんですが、EBPMを社会保障政策に反映させることの難しさや問題点について述べた第7章は、かつて国立社会保障・人口問題研究所に身を置いた著者ゆえの読み応えがあります。

(慶應義塾大学出版会、2020年)


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