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映画『恋の病~潔癖なふたりのビフォーアフター~』

※2021年8月28日にCherlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。


 極度の潔癖症で、決まった行動をとらなければ不安に駆られる青年ボーチン(リン・ボーホン〈林柏宏〉)は、月1回と決めている外出日、地下鉄の車内で、自分と同じようにレインコートとマスクの防護スタイルに身を包んだ女性ジン(ニッキー・シエ〈謝欣穎〉)と偶然出会う。彼女もまた極度の潔癖症であり、かつ万引きをやめることができない窃盗症をも抱えていた。

 ボーチンは翻訳で生計を立てているが、“文字入力障害”でタイピングが異常に遅い。一方のジエはタイピングコンテストで優勝したことが唯一の自慢という。他人と同じような生活を送れないという点で一致する2人は、互いに不得意を得意で補い合える2人でもあった。

 運命的な出会いを経て交際、同棲へとと至る2人に変化が訪れる。ある日突然、ボーチンの潔癖症が消えてしまったのだ。何をするのも平気になった彼と、依然潔癖症のままのジンの関係はいかに……。


 共通項を持つ男女が付き合い始めた後の関係性の変化を描いた映画として現在、『花束みたいな恋をした』を思い起こさないわけにはいかない。ほぼ同時期に日本と台湾で、同じようなテーマの映画が作られたということの偶然は興味深い。

 『花束』ではサブカルチャーへの偏愛という共通点で結ばれたのに対し、本作では極度の潔癖症──作中ではそれが強迫性障害という病名が付くレベルのものであることが示されている──によって結ばれている。精神障害による生活の困難を、ポップなラブコメの中に落とし込むことには慎重さが必要だが、 ボーチンが家の中でもできる翻訳の仕事で身を立てることができていることからも分かるように、揶揄にも悲劇にも振り切らない丁寧さが本作にはある。また現在のコロナ禍によって世の中全体がある意味で潔癖的になっていることも、本作を、遠いどこかの誰かの話に終わらせないことに貢献しているだろう。

 潔癖症というネガティブな性質がポジティブなものとして更新される2人の生活は、見ていてほほえましい。ジンの考えたデートプランが「不潔な空間に行くことへの挑戦」というのも突飛だが、それも阿鼻叫喚しながら楽しめてしまうのが、恋愛の成せる業であろう。

 しかしある朝、ボーチンの潔癖症が突然治ったところから、それまでのポップさは退き、シリアスな展開が始まる。実は前半部分でもボーチンとジンの潔癖症には微妙に違いがあることが示されている。ジンのほうは4時間以上外出すると発疹が出てしまうので、ボーチンよりもさらに重症と言える。同棲することになったのも、具合が悪くなるジンを見て、外出しなくても2人が会えるようにとボーチンが提案したからだった。同じように見えても違う他人である。

 鉄壁の共通項を失った2人は、互いに気を使うことが増える。ボーチンは日課だった2人での大掃除を続け、ジンはボーチンの外出欲を察して積極的に買い物を頼むようになる。次第に外の世界を知るようになったボーチンは、出版社勤務の誘いを受け、ついに通勤生活を始める。ジンは1人で家事を担うようになる。

 共通項の喪失が原因か結果かという点で『花束』と本作に違いはあるが、いずれも「社会に出る」ということが恋愛関係に抜き差しならない影響をもたらす様を描いた点で、とてもヒリヒリする。

 若き男女にとって、サブカルチャーや潔癖症は、2人の関係性を約束するものであったはずである。その約束が失われようとするとき、約束がまだ有効であってほしいという固執してしまう。一方でジンがボーチンの就職を後押ししたように、出会いの時の約束がもはや幻想であることも悟っている。しかし新たな約束を組めぬまま、長所と短所の入れ替わりの中で苦しむ。トリッキーな設定ではありながら、恋愛の普遍的な本質を描く力作である。

 もう1点。『花束』は2015年からの4年間という具体的な時代に交際期間を設定したうえで、交際を終えた2020年のシーンで始まり、2020年のシーンで終わるという構成を取った。つまり2人の交際はすでに、過去のものとして語られたことになる。ゆえに観客にとって本作を鑑賞する意義は、完璧ではない自分の過去を顧みつつ承認していくことができる点にあっただろう。

 しかし本作は、ある仕掛けによって、恋愛とは何か、他者と関わるとは何かという考察が、回顧ではなく、まさに現在進行形の自分における問いとして成立するようになっている。この仕掛けのフレッシュな切れ味がとても映画的で、鮮烈な印象を持った。

 全編iPhoneで撮影されたという本作は、その画作り、色使いの工夫も見どころの一つである。劇場で見るべき一本となった。

(2020年、台湾、リャオ・ミンイー〈廖明毅〉監督、原題『怪胎』)=2021.8.24、シネマート心斎橋で鑑賞

シネマート心斎橋にて


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