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いつの時代も一休さんみたいな人はいるものです! オールド・トム・ジン 《ジン⑭》


■オールド・トム・ジンとは?

連続式蒸溜機の普及により、軽快な味わいの「ロンドン・ドライジン」が人気になるまで主流だった、加糖されている甘いジンのことです。


■ジンの歴史① オランダでジュネヴァが誕生

最初は、ブドウを蒸溜した「木樽熟成させていないブランデー(無色透明)」に、ジュニパーベリーをメインとしたボタニカルを漬け込んだものが、薬酒として誕生。

その後、寒冷化によるブドウの不作が続き、寒さに強いライ麦や大麦を原料にしたグレーンスピリッツが、ベースに使われるようになり、ジンの原型ジュネヴァが、オランダで生まれました。

ちなみにジュニパーは、オランダ語でイェネーフェルと呼びます。

そして、ジュニパーベリーをメインとしたボタニカルを用いたスピリッツのことを、「ジュニパーベリー水=イェネーフェルベーセンワーテル」と呼んだそうです。

この「イェネーフェルベーセンワーテル」の名前はさすがに長すぎるので、ジュネヴァというニックネームになり、やがて薬酒としてだけでなく、嗜好品として飲まれるようになったみたいです。


■ジンの歴史② イングランドでオールド・トム・ジンの誕生

1688年、イギリスの名誉革命でジュームズ2世が退位に追い込まれ、オランダ総督だったウィリアム3世がイギリス国王に迎えられると、ジュネヴァがイングランドにもたらされ大ブームとなります。

やがて、イギリスではジュネヴァが愛称的に短縮されてジンと呼ばれるようになります。

ただ、この時のジンは、ベースとなるスピリッツの質の悪さ、嫌な味をごまかすために、ボタニカルの他に「加糖」もされていました。

この時の甘味のあるジンを、オールド・トム・ジンと呼び、同じジンでも、加糖されていない切れのあるロンドン・ドライジンと区別しています。


■ジンの歴史③ ロンドンでドライジンの誕生

連続式蒸溜機が発明されると、ロンドンのジン蒸溜業者が、真っ先に導入します。
効率よく、大量生産することで、低原価を実現できるからです。

また、連続式蒸溜機によってつくられるスピリッツは、今までにないクリアな味わいを実現し、ボタニカルと砂糖の繊細な香味バランスの調整を可能にします。

そして次第に、糖分は抑えられるようになります。

こうして、雑味の少ないライトな風味を持つジンは、ロンドン・ドライジンと呼ばれるようになったのです。

ロンドン・ドライジンとは? 《ジン⑦》|チャーリー / ウイスキー日記 (note.com)


■ジンクレイズ(狂気のジン時代):18世紀前半~半ば

オールド・トム・ジンに繋がるので、少々お付き合いください。

オランダのジェネヴァがイングランドに伝わり、(加糖された)ジンがイングランドで流行しましたが、貧困層ではその国産ジンを買うお金がありません。

より安い「混合ジン」を飲むようになりました。

怪しいジン業者が、まずは、粗悪で安価なアルコールを入手し、ボタニカルで不快なアルコールの味わいを消すようになります。

次には、手間がかかり高価なボタニカルさえも使用しなくなり、松の樹脂から抽出したテレビン油がジュニパーベリーに似た香りだとわかると、それを使い、他にも色々なものをぶっ込んで、偽物ジンをつくりはじめます。

さらには、有害な添加物を使用することさえあったので、貧困層は粗悪な偽物の混合ジンにより、視力を失うものや、生命を落とす人もいたそうです。

なんか、第二次大戦の直後の日本みたいですね・・・

ただ、この粗悪な混合ジンは、パンやミルクよりも安く、水事情が悪かった当時、

汚染された水を飲むより、偽物ジンを飲む

という負のスパイラルに陥ってしまいました。

この粗悪な偽物ジンと貧困層の様子は、ジンクレイズと呼ばれています。


■ジンクレイズ対策

このジンクレイズの惨状に政府も黙っていません。

1725年頃から対策に乗り出し、1729年からジン規制法が何度も施行されます。

そして、1737年の法律では、「不法ジン販売者を密告すれば、多額の報奨金をもらえる」制度が導入されます。

この時代に、誕生したのが、オールド・トム・ジンです。


■密告者から、密売者へと鞍替えした男

オールド・トム・ジンを、発明したのはダッドリー・ブラッドストリートという男です。

ダッドリーは、元々は「密告者」として稼いでいました。
しかし、次々に密告するので、次第に自分の身が危うくなります。

このままじゃ、ヤベーな。
いつか密告したヤツから、仕返しを受けるな。

そろそろ、密告で稼ぐのを止めないといけないけど、俺って、ジン業界にしかノウハウないしなぁ。

(チャーリー推定:ダッドリーの声)


ポクポクポクポク、チーン!!
(ある年齢以上の人しかわからない、一休さんの音楽です。)

そうだ!

法律では、ジン密売者を密告する場合、「あのあたりに密造している人がいるらしい」という、ふわっとした情報ではなく、「正確な名前」が必須となっている。

だったら、名前がバレなきゃ、密告されないってことか!
名前がバレないようにして、ジンを密売したらいいじゃん!!

(チャーリー推定:ダッドリーの声)

と、密告者から、密売者へと鞍替えします。

では、どうやって名前がバレないようにしたのか?

「猫ちゃん型 ジン自販機」

を設置したのです!

◇猫ちゃん型 ジン自販機

・道路に面した建物の壁に猫の浮彫を設置。(見た目は招き猫みたい)

・ジンを購入したい人が、その浮彫の猫の口に硬貨を入れると、建物の中にいる人が、注ぎ口からジンを入れる。(自販機と表現していますが、思いっきり手動です!)

・その注ぎ口からの鉛管が、猫の手(前足)に繋がっていて、そこからジンが出てくる仕組み。お客は出てきたジンを容器に受ける。


オールド・トム・キャット
(Beefeater Visitor Centreの展示)
稲富博士のスコッチノート 第82章から転載

稲富博士のスコッチノート 第82章 ロンドン・ジン-1歴史 [Ballantine's] (ballantines.ne.jp)

これなら、顔や名前はバレません。
アイデアマンですね、ダッドリー!

ちなみに、その猫の浮彫には、猫の名前が書いてありました。

その名も「オールド・トム・キャット」

これが、当時のロンドンで大ヒット!
連日、長い行列ができるほどだったそうです。

あまりにヒットしたので、その後にジンクレイズが集結し、1760年代にジン蒸溜が解禁されても、イングランドではジンのことを、愛称的オールド・トムと呼ぶようになります。

そしてオールド・トムと呼ばれた、この時代のジンは加糖されていて、モルト感もあるタイプでした。

後に誕生する軽快な味わいのドライジンと区別するため、加糖された甘味のあるジン総称を、オールド・トム・ジンと呼ぶようになったのです。


■ビジネス事例としてのオールド・トム・ジン

この猫ちゃん型ジン自販機で、大儲けをしたダッドリーでしたが、すぐに真似する人が続出!

競争激化で、儲からなくなったそうです。

オールド・トム・ジンは、法律の文言を逆手に取ったビジネスの事例であるとともに、新しくビジネスを始める際には『参入障壁の高さ』も考えないといけないという事例でもあると思います!

それにしてもダッドリー、一休さんみたいなヤツですね。

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