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原酒的にもマーケティング的にも秀逸! イチローズモルトのカードシリーズ!!

■イチローズモルトのすごいところ

引き続き、私が思う「肥土伊知郎さん=秩父蒸溜所=イチローズモルト」のすごいところについてです。
今回は、「クラフトならではの斬新な発想、スピード感ある実現《商品編》」です。

・2008年に蒸溜開始
・ウイスキー氷河期に自らBAR回りで営業
・つくり方が基本に忠実かつ超本格
・クラフトならではの斬新な発想、スピード感ある実現
・ハンパないウイスキー愛
・とにかく実直

ベンチャーウイスキーさんの「イチローズモルト」は、正直、どれも「クラフトならではの斬新な発想」の商品ばかりなのですが、私からは『カードシリーズ』『秩父・駒ヶ岳 原酒交換』の2シリーズについてご紹介したいと思います。
今回は『カードシリーズ』についてです。


■イチローズモルト カードシリーズ 概要

その名の通り、トランプのカードをボトルのラベルデザインのモチーフにしています。

2005年の「ダイヤのキング」の発売を皮切りに、ダイヤ・ハート・スペード・クローバーの各13枚=52本が発売となり、最後は2014年にジョーカーの2種が追加発売となり、54本のラインナップが発売されました。

そして、このカードシーズ54本セットは、2019年に香港のオークションにおいて約1億円という当時のジャパニーズウイスキーの最高金額で落札されます。
これはニュースにもなって、ウイスキー愛好家の間だけでなく、イチローズモルトは広く有名となりました。

和製ウイスキー最高額落札 埼玉産、香港で約1億円: 日本経済新聞 (nikkei.com)

ただ、このオークションの落札金額もさることながら、「中身スペック」「商品企画スペック」が勇逸だと思いますので、解説します!


■イチローズモルト カードシリーズ 中身スペック

カードシリーズの「商品の中身スペック」は、最後に発売された「ジョーカーのカラー」以外は、すべて「シングル・カスク」「カスク・ストレングス」です。
(「ジョーカーのカラー」は、14樽の原酒をブレンドしたブレンディッド・モルトです。)

どういうことかと言うと、「1つの樽」から「加水せずに、樽出しのアルコール度数」のまま瓶詰めして発売された、『ウイスキー原酒そのまま』ということです。
そのため、発売されたカードシリーズは、1つ1つアルコール度数が異なっていて、高いものでは、アルコール度数60%を超えています。

通常は、「シングル・モルト」だとしても、複数の樽の原酒をブレンドして味を調整し、また加水をしてアルコール度数を調整します。

▽ 詳しくはこちら ↓
シングルモルトウイスキーは、原酒を混ぜ合わせてつくります!|チャーリー / ウイスキー日記|note

このように基本的には「商品化して販売するウイスキー」には、目指すウイスキーの味わいがあり、そのためのレシピも存在し、それに基づいて原酒をブレンドするので『味わいの再現』が可能です。

一方で、「シングル・カスク」の「カスク・ストレングス」の場合は、『1点もの』です。
1樽1樽で熟成感も異なるため、基本的に同じ味わいの商品は、他に存在しないわけで、自ずとその希少性が高まります。

その上、肥土さんはそれぞれの樽の原酒を、基本的な熟成を終えた後に、他スペックの樽へ詰め替えて「カスク・フィニッシュ=後熟」を施しています。
これは、移し替えた後の他スペックの樽「木材の個性を加える」処理で、原酒に更なる個性を追加します。
このカスク・フィニッシュにより、さらにより一層、価値や希少性が高まります。

ちなみに、「じゃあ、全部、シングル・カスクのカスク・ストレングスで、限定品で発売したら良いんじゃないの?」という考えそうなものです。
しかし、シングル・カスクのカスク・ストレングスで販売できるウイスキー原酒は、「選ばれし優秀に熟成された樽」であって、かなり限られるそうです。
やはり熟成中にブレが出ますから、全てをシングル・カスクで発売できるわけではなく、「ブレンドして味わいを調える」必要が大いにあるわけです。

逆に、カードシリーズとして53種類も、シングル・カスクのカスク・ストレングスで発売できている事実こそが、ベンチャーウイスキーさん=肥土伊知郎さんの原酒管理の素晴らしさを物語っているのかも知れません。


■イチローズモルト カードシリーズ 商品企画スペック

◇秀逸ポイント① シングル・カスクでの発売

2005年の発売当時は、2008年の角ハイ・プロモーションの前でウイスキーは下火の上、日本国内で流通するウイスキーのうち9割以上は「ブレンディッド・ウイスキー」でした。そして、やっと「シングル・モルト」が少しだけ売れ出してきた時期です。

そんな時期に、現場のバーテンダーさんの声から「ウイスキーの個性が注目される時代」を予見し、大手メーカーに先立って「シングル・カスク」の商品を発売した肥土さんの先見の明・洞察力には、本当に驚かされます。

◇勇逸ポイント② シリーズものでの発売

シリーズものは「集めたく」なりますよね? 

そして、1品1品を別々に発売するより、シリーズならカタマリとなりますのでBARのボトル棚でも「目立ち」ます。

そして、カードシリーズは、当時、まだ全く認知されていなかったイチローズモルトを、お客様がBARで注文する際に、「この前に飲んで美味しかったから、ダイヤのキングをちょうだい」といったようにオーダーしやすい、記憶に残りやすいことも意識して発売されたそうです! 

こういったマーケティングの観点からも、このカードシリーズは秀逸だと思います!
(同じような「シリーズもの」での発売では、現在、順次発売が進んでいる「厚岸蒸溜所 24節季シリーズ」があります。)

◇秀逸ポイント③ 徹底した原酒の情報開示

このカードシリーズの全品目で、細かいスペックが開示されています!
例えば、ハートAは、このようなスペックです。

■ハートA
《蒸溜年》1985年:羽生蒸溜所
《瓶詰年》2007年  《熟成年数》22年
《後熟月数》22ケ月 
《後熟のカスクタイプ》アメリオークのシェリーバット
《アルコール度数》56.0% 
《樽番号》9004
ウイスキー・ライジング P322 小学館
ステファン・ヴァン・エイケン著

これだけ、しっかり原酒について「情報開示」できている商品は、カードシリーズがはじまった2005年当時だけでなく、今の日本のウイスキー業界においても、なかなか他にないと思います。

クラフト蒸溜所ならでは、というよりベンチャーウイスキーさんならではの、斬新かつ小回りがきくことを生かしたプロモーションだと思います。

これだけしっかり開示されていると飲む前から「信頼性」が抜群ですし、何より『ウイスキー愛』を感じますよね。
(ちなみに、アイラモルトのブルックラディも、同様に商品スペックをHPで開示しています。)


■最後に

カードシリーズは、それが発売となった2005年にはなかなか売れなかったそうです。

しかし、2008年の角ハイ・プロモーション後の本格的なウイスキー人気がはじまった2010年以降になると、発売されるカードシリーズはどれも「コレクター・アイテム」となり、オークションで取引されるようになります。

そして、2014年にジョーカー2品が発売となり、カードシリーズが完結すると、54本セットは『家が買えるような値段』で取引されるまでとなります。

ちなみに、私はこのカードシリーズの実物を見たことはありますが、「飲んだこと」はありません!

『家が買えるような値段』のウイスキー。

飲める機会があったとしても、なんか緊張して味がわからなくなりそうですね。

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