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『天魔恋玉(てんまれんぎょく)のコンペティション〜俺の魂は猫に奪われました〜』第13話

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第13話 ひいらぎの木

「サキ、お前にはこれをやる」

「あ、ありがとうございます」

レインはサキに黒い銃を手渡した。

「コイツはコルトパイソンの357マグナムエアーリボルバー。弾入ってないから空撃ちしてみな」

「はい」

ドゥンと音が鳴る。アニメの銃の音みたいな感じだ。もちろん安っぽい感じではなく、本当に銃を撃っているような重厚感のある音だ。

「いい音だろ〜」

「エアガンなら音はいらないんじゃ?」

俺は思わずレインにツッコミを入れる。

「ああ? わかってねぇなシュン坊。せっかく銃撃っても音が鳴らなきゃ実感がないんだよ。それに音がなれば目立つ、それは使用者のためにもなる」

「派手な音で周りにも知らせるってことですか?」

「そういうことだ。悪魔憑きから身を守るなら、協力者に助けてもらうのが手っ取り早く時間が稼げる。あとは警察でもマイでも呼びゃあいい」

なるほど確かにそうだ。暗殺する訳でもないし裏社会の人間でもないのだ、本物の銃のように音を抑える必要などない。

「さっきの銃みたいに火薬は使ってねぇ。アタシがカスタマイズして、あくまで空気と機構の形状でこの音を出してんだ! スゲェだろ?」

「は、はい」

レインのマニアックなトークに、サキはたじたじといった感じだ。

「弾はスライドすると6発分セットできる。この薬莢やっきょうに見えるカードリッジにBB弾が入ってて、1つに1発装弾できる」

金色のいわゆる銃の弾っぽいものがカートリッジになっている。中には小さな球体の弾が入っている、これをBB弾と呼ぶようだ。

この小さな球体はプラスチックでできているようで、これをカードリッジにセットできるようだ。

「こっちの小さい弾の方にシスターどもの祈りが込められてて、悪魔の野郎どもにも効果があるわけだ。逆に言えばこの弾、聖別せいべつBB弾がなければ単なるエアガンと一緒だから気をつけろよ」

レインの説明をサキは真剣に聞いている。俺はマイ先生に質問してみた。

「聖別って?」

「あーと、色々意味はあるが……まぁ、だいたいシュンが想像している通りのもんだ。聖なるものとして区別する、単なるおもちゃの弾が聖なる物になる。私が使ってるこのバンテージも聖別済みだ」

ぶっきらぼうにマイ先生は答える。

「聖なる物になるから悪魔に効くってことっすか?」

「そうだな、奴らは聖なるものが苦手だ。正確にはそうあれという願いや信仰が奴らに影響を与えるのさ。目に見えない奴には目に見えない力が効くってことだな」

「願いとかそんなものが効くんっすか?」

「さぁな、よく知らん。私は養護教諭だぞ、当然医療の知識もある。私は科学サイドの人間なんだよ、見た目どおりな」

科学サイドの見た目って、どんな見た目だ。

「白衣のことっすか?」

「そうかもな。科学の礼装それが白衣かもな~」

何、言ってるんだこの人は。

「ただ、聖別された武器だけじゃたいした意味はない。悪魔に対する嫌がらせみたいなもんだ、根性無しなら逃げてくがそうじゃない奴もいる」

「じゃあどうするんすか?」

「拳で殴る」

科学サイドの人間がすることじゃないでしょ。

「聖別されたバンテージでしょ? それだけじゃ意味無いって話じゃないんすか?」

「そうだな。洗礼してやるのさ」

「洗礼? 信者を迎え入れる儀式の?」

「そういう意味もあるが、洗礼ってのは祓うことも含まれるんだよ。簡単にいえば洗礼するってのは悪魔を祓い、宗派に迎え入れる身体にしてやるってことだ。つまり、洗礼すれば悪魔は祓われる」

「なんか唱えてましたよね? あれが洗礼ってこと?」

「そうだな。聖別された物で悪魔を弱らせて、洗礼で完全に追い出し祓う。それが祓魔師のやり方だ」

聖なる物ってことになった武器で弱らせる。そして簡易的な儀式で悪魔を追い出すってことみたいだ。

サキの言ったことも踏まえると、追い出したのは天使の群体って分身だ。

つまり、人に宿った分身が天使のものであれ悪魔のものであれ、手順を踏めば祓えるということだ。

「どうだ、シュン。これでお前の中の中2は満足したか?」

「いや、俺そういうんじゃねぇし。そもそもマジな話でしょ」

「まぁ、そうだけどな。どうでもいいことなんだよ本当は」

「?」

ポンとマイ先生は俺の頭に手を置いた。そしてわしゃわしゃと撫でてくる。

「うわっ! な、なんすか?」

「心配もあるだろうが、悪魔だなんだは気にするな。大人の私たちでなんとかする。お前たち学生が気にすることじゃない」

「いや、サキに銃とか渡しちゃってますけど」

おもちゃとはいえ、聖別済みの弾がついてる。そういう意味ではマイ先生のバンテージと変わらない。

「ああ、ああでもしないと余計に首を突っ込んできそうだっからな仕方なくさ」

「じゃあ、諦めさせるため?」

「最低限、身を守るための手段さ。それ以上はやらせるつもりはない。危険を取り除き守ってやるのは大人の仕事ってことだ」

「ちょっと、もう頭なでんのやめてくださいよ」

「お前ら学生は青春しろよ、それが仕事だ」

「マイ先生……」

「ところでシュン、サキとはどうなんだ? なんかあったか?」

「なんかってなんすか!? 何にもないですよ」

「保健室でふたりっきりしてやったろ? あんなことの後だ、つり橋効果もあったろ?」

「いやいやないですよ。普通に話してただけで」

「何も言ってなかったのか? お前のことが気になるとか」

「言ってないですよ」

「なんだ、わざわざ自白効果のあるハーブも入れたのに」

今なんて言ったこの人?自白効果のあるハーブ?

「え?」

「だからハーブティーだよ。あれには自白効果が出るようにブレンドしてたんだ。正直な気持ちをしゃべらせて、背中を押してやるつもりだったんだが」

そうか、あのハーブティーには自白効果があったのか。だから、サキはあんなに質問に素直に答えたのか。

「いやなんちゅうもの入れてんですか!!」

「安心しろ健康に害があるようなものは入ってない」

「本当でしょうね!?」

「当たり前だ、後遺症なんか出たら大変だろ。まぁ、念のため観察してたが体調に問題なさそうだしな」

怖いなこの人。なんなのさっきの頼りになる大人な感じはどこいったんだよ。

科学サイドでも悪い方の人だよ。マッドなサイエンティストだよ。

「おっ! 何の話で盛り上がってんだ?」

レインはサキへの説明を終えて、こちらにやってくる。サキは銃をマジマジと眺めている。

「青春は大事って話だ」

「青春ねぇ……確かにそうかもな」

「あのところで、俺には何を」

「ああ、お前にはこれだ」

コルトパイソンか、それともワルサーP38か!?

「何ですか? これ?」

手渡されたのは小さな紙袋。

中から出てきたのは……お守りだ、煉玉神社のお守りだ。

「お前には銃は渡せねぇ。例えエアガンでもな」

「お守りって、しかも安産祈願なんですけど!?」

「安心しろそれも聖別済みだよ。それに安産祈願ってのは産まれてくる命とその母体を守るためのもんだ。守りとしちゃ最強クラスなんだよ」

「いや、俺が安産祈願のお守り持ってるの明らかにおかしいでしょ」

「おい、マイ! 料金はきっちり払えよ、エアガンと弾とお守り代に手数料込みでな!」

「わかってる、それくらいは私が払う」

いや、俺の話全然聞いてねぇ〜。

「おい、シュン坊! ちょっと来い!」

レインにガシッと肩を組まれて、部屋の隅へ連れていかれる。

「な、なんすか?」

「どっち狙いなんだ?」

「は、はい!?」

「だからマイとサキのどっち狙いだって訊いてんだよ」

「いやどっち狙いとかそういうんじゃ」

「どっちもか!? 欲張りだが悪くねぇ、若い男はそれくらいじゃなきゃなっ!」

レインはバシバシと背中を叩いてくる。何を言ってるんだこの人は。

「だがなシュン坊、今のお前はまだまだだ。いいか、男だったらこのコルトパイソンが似合うような男になれ。そうすりゃ、なびかねぇ女なんかいねぇ」

「は、はぁ」

「とはいえ、あのマイが連れて来たんだ。まだまだだが望みが無いわけじゃねぇ。これからしっかり男を磨け、わかったな!」

「は、はぁ」

「何?声が小さいぞ! 返事は!」

「は、はい!」

「よし、その意気だ!」

笑いながらバシバシと背中を叩かれる。

悪い人じゃないかもしれないが苦手かもしれない。盛大に勘違いしてるし。

「さて、そろそろ……ん?」

マイ先生がお開きにしようと俺らに声をかけたその時、部屋のサイレンが鳴り始めた。

赤色灯が赤い光を発する。

「なんだこのサイレンは?」

「店の方で何かあったな、上に行くぞ!!」

レインが駆け出し、マイ先生がそれを追う。

「私たちも行きましょ!」

「あ、ああ」

俺とサキも後を追って部屋を出た。

店へと戻ると入り口のドアが壊れていた。店の外へと出ていく。

外の道では店主の男と異様な仮面を付けたふたりの男たちが向き合っていた。互いに間合いに入らないような、そんな距離だ。

仮面のふたりは異様なデカさだった。店主も大きいおっさんだが、それよりもデカい。腕は長く、太い、人間というよりゴリラの化け物みたいだ。

「オヤジどうした!? 強盗か!?」

スマホを取り出すレインをマイ先生が静止する。

「待て、レイン。あれは悪魔憑きだ」

「何!?」

「さすが、マナちゃんその通り」

「マイですよ、ハヤテさん」

「オヤジ、得物えものは」

「いきなりだったからな、生憎だがこれしか持ち合わせてない。あと、レイン私のことはパパと呼びなさい」

「何言ってやがる! パパって頭じゃねぇだろ!」

ハヤテと呼ばれた店主の両手にはメリケンサックが光っている。

「マイ、お前はガキども守っておけよ!」

レインは素早くハヤテの横へと飛んで行った。

「オヤジ、黄色い仮面の奴はアタシが相手する」

「わかった。あと私のことはパパと」

「くだらねぇこと言ってんな、イクぞ!」

レインは両手に持ったエアガン、マシンガンを撃つ。

黄色い仮面の男は腕で弾をガードする。その隙にハヤテがもう一人の青い仮面の男に殴りかかる。

青い仮面の男はバックステップ、後ろに飛ぶ。ハヤテの拳は道路のコンクリートを砕いた。

レインとハヤテは連携して仮面の男を分断し、1対1の状態を作り出した。

「す、スゲぇ」

「マイ先生、 私たちも加勢を」

「アイツらなら大丈夫だ。お前たちは下がっていろ」

仮面の男たちは首をひねり、キョロキョロと周りを見回している。

そして、男たちがこちらを向いた。

俺たちと目が合う。目は見えないがそんな気がした。

「どこ見てやがる!!(狙いはアイツらか!?)」

レインのマシンガンが唸る。男は弾の雨を素早い動きで避けると、ムチのように腕をしならせた。

「は! 当たんねぇよ!」

レインは跳躍しながら避ける。しなった腕が道路のコンクリートを砕く。

「!!(オヤジの拳と同じ威力かよっ!)」

レインは弾の雨を降らせる。男はムチのように腕をしならせ弾をはたき落とした。

「へっ、やるじゃねぇか……(腕に当てても意味ねぇってことか)」

レインと男は互いに距離を保ち、にらみ合っている。

「ふんぬっ!!」

青い仮面の男は跳躍し避ける。ハヤテの拳がコンクリートを砕く。

「避けるばかりでは俺は倒せんぞ、かかってこい……(おかしい、コイツら何が狙いだ?)」

青い仮面の男はキョロキョロと周りを見渡す。

ハヤテは一瞬で距離をつめた。

「ふんぬっ!!」

渾身の拳が男の顔に決まる。青い仮面が砕ける。砕けた仮面の下に顔がなかった。

「!?(なんだコイツは!?)」

「アレは」

その瞬間に突然ヴィジョンが浮かぶ。

「上だ!!」

「チッ!」

俺の声にマイ先生が咄嗟に反応する。マイ先生が俺たちを庇うようにしながら、上から落ちてきた男を避ける。

赤い仮面を付けた男だ。

「な、なに!?」

一瞬の出来事でサキは状況を読み込めていない。

「3人目だ!」

「え? 3人目って」

「お前たちは動くなよ」

マイ先生は男と一気に距離をつめる。

「シッ!」

男がガードする間もなく顔面に拳が入った。

「余所見とは、良いご身分だな!」

レインのマシンガンが、黄色い仮面の男に弾丸の雨を降らせる。両手で弾をガードする。

「!!(ココだ!)」

両手で視界がふさがった男。レインは男の股下を蹴り飛ばす。

思わず男のガードが下がる。

「残念だったな!!」

顔面目掛けて、弾の雨をぶちこんだ。黄色い仮面が砕ける。

「キメぇ面構えだな」

その男にも顔がなかった。

マイ先生の一撃で赤い仮面が砕ける。

「コイツか、例の噂の奴は」

仮面の下には顔がなかった。だが、目を思わせるくぼみはあった。

他のふたりと違い、店の屋根から落ちてきた男は目のくぼみが鈍く光っていた。

赤黒い、不気味な光だ。

男は両腕を思いきり振り上げると、地面を叩いた。

「くっ!?」

咄嗟にマイ先生は跳躍する。凄まじい威力で砕けたコンクリートの破片と舞い上がる土煙がマイ先生の視界をふさぐ。

「マズイ!」

少し離れた俺たちからは見えていた。マイ先生に迫る男の姿が。土煙が舞い上がり、マイ先生位置からでは男の姿が見えていない。

「させない!」

サキは銃を構える。サキのコルトパイソンが閃光を放つ。

「ガッ!?」

弾丸が男を捉える。

「よくやったぞ! サキ!!」

マイ先生は接近してくる男の腕を避ける。そして素早く懐に飛び込んだ。

「シッ!」

右、左、右。マイ先生の見事な拳3連撃が決まる。

男は両腕で守るように自らを包む。

「……(なんだあれ?)」

男の体は赤黒く光りながら脈動している。ドクドクとまるで臓器かのように。

「!!(何かする気か、だがこれで!!)」

マイ先生は強く拳を握る。

「悔い改めろ。キリエ・エレイソン」

ドガっと凄まじい音が響く。

渾身のストレートが男を貫いた。男は吹き飛び倒れる。

そして、ドロドロと溶けると泥になって消えてしまった。

「おいおいおい、何だよコリャ?」

「これは……」

レインとハヤテの方も男たちを倒したようだ。男たちはドロドロ溶けた泥になっていた。

「マイちゃんこれは……」

「ええ、そうですね。……神の泥人形ってとこでしょうね」

ハヤテとマイ先生の不穏な会話にレインが口をはさむ。

「あん? なんなんだよソレ? アタシらが相手してたのは悪魔憑きじゃなかったのかよ」

「レインは、神が泥から何かを作ったって話聞いたことないか?」

混乱している様子のレインに、マイ先生は冷静に尋ね返す。

「あ? そりゃ人間だろ。神がアダムを作ったって……待てよ、ありゃ土だろ。乾いた土だ、泥じゃねぇ」

「そうだな、最初の人類アダムは土から形作られた。それが旧約聖書におけるアダム誕生だ。たーだ、泥から人間が作られたって話もある」

「レイン、女媧じょかだよ」

「その通りです、ハヤテさん」

「ジョカ?なんだよそりゃ??」

「古代中国神話における女神のことだ。半人半蛇の姿で、泥をこねて人類を作ったとされている」

マイ先生の言葉にハヤテが補足する。

「その女媧は始め丁寧に黄土で作っていたが、数を増やすために縄で泥を跳ね上げた。その跳ねた泥から人間が生まれたって話だよ」

「じゃあ、何だよ? さっきの男どもは、女媧の作った人間だったって言いたいのか?」

「それだったらまだ良い、単なる人間だからな。だが、泥から作られた者は他にもある」

「エンキドゥだな、マイちゃん」

「エンキドゥ……シュメールのエルキドゥか!? ゲームとかで出てくる、ギルガメッシュの親友!!」

「そうだ、ゲームとかはわからんが……。エンキドゥは古代メソポタミアの最古の英雄譚《ギルガメッシュ叙事詩》に登場する。女神アルル、知恵の神エンキ、軍神ニヌルタが作り出した戦士であり……野獣だよ」

「おいおいマイ、あれがエルキドゥな訳ねぇだろ。エルキドゥって言ったら、英雄であり王でもあるギルガメッシュと組んで神さえ恐れさせたって奴だぜ?」

「そうだな、確かにそれにしては弱すぎる。だが、最悪の事態は考えておくべきだろう。例えば、まだあれは未完成で最終的にはエンキドゥを再現しようとしてるとかな」

「あ? 誰がそんなことするんだよ! マイは神がやってるとでも言いてぇのか?」

「神はそんなことはしない」

「オヤジは黙っとけ! マイと話してんだよ!」

「さぁな、わからん。ただ、神を騙る何者かがいるのかもしれんな」

「ああ、クソッ! わけわかんねぇ!! アタシらの手に負える事態じゃねぇ、こりゃ本職の騎士団連中の仕事だろ! 」

「そうかもな~……(さて、どうしたもんか……)」

マイ先生たちが話す中、俺は小声でサキに確認した。

「おい、サキさっきの奴らって」

「ええ、あの時と同じでしょうね」

そう答えたきりサキは黙っていた。何か考えごとをしているようだった。

その時、ドーン、ドーンとどこからか音がした。

「チッ! んだよこんな時に花火でもやってんのか?」

「そんな予定はないはずだがな……」

マイ先生たちの助けもあって、顔なし3人組をなんとか退けた。

危機は去ったはずだった、けれどどこからか聞こえてくる音が不安感を掻き立てた。

響き渡る音が、何かが始まる警告のように聞こえていた。


第13話ー2

「なにしとるんじゃ~?」

「何って、原稿書いてるんだよ。誰かさんがよく遊び、よく食べるからな」

「いやはや、それほどでもないのじゃ~」

やれやれ嫌味も通じないのか、このマイペース猫め。

俺はリオに頼まれた原稿をポツポツと書いている。

サキと行ったビルの現場について、3人組の顔なし男の噂を絡めて書いてくれと頼まれた。

本来ならあの時リオも一緒にビルに入り様子を見る予定だったようだ。

しかし、結果としてビルに編集部で入ったのは、俺だけだった。ならばわざわざまた行くより、俺が書いた方が手っ取り早いということだった。

研修代を前払いされている以上断るわけにもいかない。

「結局、あの顔なし男たちはなんなんだ?」

同居人に問いかけるが返事がない。

「お〜い、タマさーん。聞こえてる~?」

「聞こえないのじゃ」

「聞こえとるじゃねぇか」

「もうちょっとだけ待つのじゃ」

タマはマンガ雑誌を読んでいる。というか、さっき人に何してるかって覗きこんできておいてもうマンガとは移り気なやつだ。

もちろん、そのマンガ雑誌はタマが俺の金で買ったものだ。タマは何にでも興味を持ち、結果として金がかかる。

タマはこれが欲しいとなったら手に入れずにはいられないのだ。

顔なし男の一件の後も、コイツはミリタリーショップに俺を引き戻した。

俺たちが店の地下室で銃のあれこれをしてた時、コイツは店内を見てまわっていたのだ。

キャンプグッズに興味を持ったらしく、俺に買わせようとしてきた。あんなことがあった後だ、迷惑がかかるから別の日にしようとしたがタマは一歩も引かなかった。

店主のハヤテさんがめっちゃ丁寧に対応してくれたので、結局タマに押し切られる形で買わされてしまった。俺が使うことはないだろう、おしゃれなガスランタン。

この気まぐれ猫のペースでいたら、いくらあっても足りない。金も命も。金を散々使っておいて、いざという時にそこに居ませんでは困るのだ。

一度ビシッと言ってやった方がいいんだろうか。いや、言うべきだな。

ビシッと言ってやるぜ、ビシッと。

「あのなぁ〜タマ、お前いい加減に」

「?」

人間姿のタマが見ている、綺麗に輝く瞳で。

美少女の無邪気なその表情が俺の決心を鈍らせる。

いやダメだ。見た目に騙されるなコイツは猫だ。

「今日という今日はな」

「?」

タマは猫の姿に戻る。

猫のつぶらな瞳が俺を見つめている。

タマはゆっくりと首を傾げた。

「な、なんでもありません」

ダメだ、あんな顔で見つめられたら怒れない。俺の決心は猫の首傾げがトドメになり完全に瓦解。どうやら俺は猫にも弱いみたいだ。

「で、さっきの話じゃけど」

「顔なし男が何だったのかって話だよ。サキは天使でも悪魔でもないみたいに言ってたけど」

顔なし男に俺たちが遭遇したのは2度目だ。1度目は学園でサキを襲ってきた奴ら。2度目はミリタリーショップを襲撃してきた。

2度目の狙いはわからないが、1度目はサキを狙ったものだ。悪魔とコンペティションで敵対している天使である可能性はある。

ただ、この時天使ではないとサキ自身が否定している。玉が手に入っていない以上襲うにはまだ早いという理由だった。

「天使である可能性は低いじゃろうな。あんなことができるなんて聞いたことがないのじゃ」

「でも、仮にそういう能力があるとしたら天使の可能性もあるよな?」

「そうなるとじゃ、天使には玉の存在がバレていることになるのぉ」

そう、サキが天使ではないと否定したのは玉が無い場合だ。玉がサキの近くにあるとわかっていたら、天使が襲ってくる理由になる。

そうとなれば天使が操っていた、作業員の男が襲ってきた理由も納得がいく。

「だが、やはり天使にあんな芸当はできんのじゃ」

「なんでだ? 人を操ったりできるんだろう? そういう魔法みたいのも使えるんじゃないのか?」

「そもそも奴らがどうやって人を操っているか知っておるか?」

「群体とかいう、分身を憑依させて操るんだろ?」

自白ブレンドハーブティーを飲んだサキが言っていたのでこれは間違いじゃないはず。

「確かに、そうじゃ。ただ、少し足りないのぉ」

「足りないって何が?」

「奴らがなぜそんな能力を持っておると思う?」

「それは……そういうもんなんじゃないのか?」

生まれ持ったものというのはそういうものだろう。生まれ持ったものに理由なんてないはずだ。あるとすれば、その理由は後から付けられたものだろう。

「まぁ、そうとも言えるのじゃがの。奴らがその力を持っているのは、人の願いを叶えるためじゃ」

「願いを叶える? 悪魔もか?」

「そうじゃ、どちらも願いを叶えるために力を使っておるのじゃ」

願いを叶えるために操るというのはおかしな気もする。

「どうして願いを叶えることが、操ることになるんだ?」

「正確には操るのではなく、欲望を行動力に変えさせておるのじゃ。操るというのはその副次的な効果にすぎん」

タマは説明を続ける。

「人が願う時、少しの手助けをするのが奴らの仕事じゃ。霊体である群体を飛ばし人に憑依させ、あと一歩の行動力を手助けしてやるのじゃ」

確かにあと少し足りないということはよくあることかもしれない。

好きな相手と付き合いたい時も

テストで良い点が取りたい時も

プロになるためにコンテストに応募する時も

行動に起こさなければ絶対に願いは叶わない。

行動に起こしても走り切らなければ結果につながらない。

それでも叶うかはわからないのだ。ただ同時に、あと一歩の差で叶うこともあるだろう。

「願いを叶えるために、欲望を燃料に行動力へと変えさせる。それが奴らの力じゃ、天使だろうと悪魔だろうとそれは変わらん。手助けしてやる人間を選ぶ時、天使と悪魔で選択基準が違うというだけじゃ」

「じゃあ、あのサキが使ってた雷みたいな魔法は?」

「それは人の願い、一種の信仰を力にしたのじゃ。悪魔に雷や火を使うイメージがあるじゃろ? 天使にはどういうイメージがある?」

「えっと、羽があって光の輪があってラッパを吹いてるとか?」

「他には?」

「歌を歌って、ハートに矢を打つとか。特別な光の武器を持って戦うとか?」

「そういったイメージを奴らは力にできる、個体差はあるがの。逆に言うとイメージにない力は使えん。泥で人を作るなんてイメージはないじゃろ?」

「た、確かに」

もしかしたら神話や伝承によってはそういう天使もいるのかもしれない。ただ、少なくとも俺は聞いたことが無いし知らなかった。

「天使と悪魔の違いは知っておるか?」

「姿とか?」

「そうじゃなくてじゃな、この人界にどうやって本体が現れておるかじゃ」

サキは身体がどうのと言っていた気がする。

「悪魔はこちらの世界に合う身体を作りそれに憑依する。乗り物を自分で用意するイメージじゃ。ただし天使は違う、天使は人のものに乗る」

「人のものって?」

「天使は本体がこちらに来る時、適応する人間に憑依するのじゃ」

「憑依って、天使に乗っ取られるのか!?」

「いや、天使の本体が入る場合は人間の側の同意が必要じゃ。同意を得た上で、人間と融合するのじゃ」

融合ってことは天使と人間が合体しちまうってことか?

「融合するとどうなるんだ?」

「ひとつの身体に二つの魂が溶け合ってるイメージじゃな。ただ、完全に融合するわけじゃない、どちらも自我があるし主導権も人間にある」

「そ、そうか。じゃあ、乗り物に一緒に乗ってる感じか。じゃあ、コンペティションが終わったらどうなるんだ?」

「天使が天界に帰るだけじゃ、人間は元に戻る。だから天使が憑依融合していても身体は人間のものじゃ。群体を飛ばすならともかく、泥で人を作るような人並み外れた力を使うことはできん」

悪魔は専用の身体を用意する。天使は人間の身体を同意の上で間借りするということだ。

身体が自分のものでない以上は、天使は強引なことはできない気がする。

「故に、天使に泥で人を作ることはできんのじゃ」

「じゃあ、あの顔なし男は……」

「わからんのじゃ。あのエクソシストの言うように、神の真似事をしとる奴がいるのかもしれんのじゃ」


第13話ー3

「おお!! シュン! 今朝の筋肉の調子はどうだ?」

「シュン、おはよー」

「ああ、ユイ、タケシ、ムラマサ、おはよう。筋肉は……まぁまぁかな」

「ちなみに俺様はバッチリだぜ」

タケシは筋肉をアピールするかのようにポーズをとる。

「こんな奴に朝からつき合ってやる必要ねぇぞ、シュン」

ムラマサはそういうと同時にあくびをする。

「ユイもだけど、タケシもムラマサも悪いな。わざわざ遠回りさせちまって」

「何言ってんだ、実家からだし大して遠回りでもねぇよ。4人で行くならシュン家の前がちょうど良いってだけだ。それにソイツの筋トレにもなるだろ」

「おおよ! 今日はスクワットしながらきたぜ!」

「ほらな」

「ええ!? ちょっと、やめてよね! 私たちまで変な人だと思われるじゃない」

「諦めろユイ。残念ながら手遅れだ」

「そ、そんなー」

ユイのリアクションに3人で笑う、遅れてユイも笑い出した。このメンバーといると本当に安心する。

4人で歩きだし、近所のカミ婆の家に差し掛かった時だった。

「え?」

カミ婆の家が壊れていた。窓やドアは無く、枠が変形して曲がっている。屋根や壁には大穴が開いていた。

ところどころ焼けたような跡があり、まだ焦げ臭かった。

「カミ婆の家、こんなになっちゃったんだね。昨日の爆発事故で」

「昨日の爆発事故ってなんだ!? カミ婆は!?」

「え!? え!? シュン、もしかして知らなかったの?」

思わずユイの肩を両手で掴む。

「カミ婆はどうしたんだ!? なぁ!?」

焦った俺の腕をムラマサに掴まれる。

「落ち着けシュン。ユイに言っても何にもなんねぇだろ」

我に返り、俺は掴んでいた手を離した。

「ス、スマン。ユイ」

「ううん、大丈夫。カミ婆はね……まだ見つかってないみたい」

「見つかってない?」

「うん、それにね、カミ婆だけじゃないの。昨日の爆発事故の後、行方不明者がでてるって」

「ユイの言うとおりだぜ、ウチの消防団のオヤジも安否確認と捜索にあちこち駆り出されてたからな」

「ムラマサ、爆発事故って他の場所でも起きたのか?」

「ああ、煉玉市のそこらじゅうで起きてる。昨日の夕方ごろ、音が鳴ってたろ?」

そうか、ちょうどサキとミリタリーショップに居た時だ。そういえば、顔なし男をマイ先生が倒した後、花火みたいな音がしていた。

「オヤジに訊いたんだが、重傷者や死んだ奴はいないが代わりに行方不明者が多い」

「し、死んだ奴が居ないってのは? なんでわかるんだ?」

「死体がないからだよ、そのまんまな。普通の火事みたいに大きく燃えたわけでもねぇし、爆発規模と状況から見ても消し飛ぶほどじゃねぇ。それなのに死体はない」

「うむ、そういや今朝のニュースでもそんなこと言ってたな。爆発事故と集団失踪がどうのとか」

「この筋肉野郎の言うとおりだ。爆発事故と行方不明は別だってことだ。爆発が起き、その後か前に行方不明になったってことらしいぜ。つまり行方不明の原因は爆発事故じゃねぇ、一応はな」

「一応?」

「ああ。オヤジの話だと現場も上もそう判断してるってことみたいだぜ。ただ、因果関係は当然警察が調べるらしいがな。だから一応だ」

「でも心配だよね、カミ婆どこに行っちゃったんだろ?」

「安心しろユイ。あの婆さんのことだ、俺様の筋肉同様にピンピンしてるさ」

「ちげぇねぇ。昔の知り合いにでも会いに行ってんだろ」

「確かに、そうかもな」

タケシやムラマサの言うとおりかもしれない。あの婆さんはいつの間にか、どこかにふらっと出かけていることがよくあった。

出かけた先で偶然出会うこともよくあった。子どもの頃はこの婆さん分身でもしてるんじゃないかと、よく驚いたもんだ。

「そろそろ行こうぜ。学園からまとまって行けって言われてるからな。マイ先には俺らが登校グループ一緒だってバレてるから、遅れたら面倒だぜ」

「うう、そうだった。シュン、早く行こ。遅刻したら私たちまで折檻室行きになっちゃう」

「何!? おいシュン早く行くぞ!!」

「あ、ああ」

ふと、カミ婆の家の方を振り返った。

カミ婆が育てていた柊の木も焼け焦げてしまっていた。

次話

1話

#創作大賞2023 #小説  #ライトノベル


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