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はじめてひっちはいくをしたはなし

陽か陰かで言ったら陰な僕が人生ではじめてヒッチハイクをしました。

ことの顛末を話します。


3/11、12、13と3日連続で予定が全く入っていませんでした。韓国から帰ってきてからの約1ヶ月、予定といったらほとんどバイト(塾講師とバーテンダー)しかなくて、すごく暇でした。だから刺繍をしたり、溜まっている本を読んでいくことで時間を潰していました。

でも、3日間空くとなると本当にやることがなくなってしまいます。
そこでどこかで出かけようかなぁって思いました。

ちょうど1年ぐらい前に名古屋の喫茶店に日帰り旅行に行っていたのですが、その旅行は、どちらかというと樽見鉄道の淡墨桜うすずみざくらを見ることがメインだったので、それじゃあせっかくだから名古屋に行こうと思いました。

でも、交通費は鈍行でも片道¥2640、新幹線だと¥5000以上します。

そうなると脳筋の私はこう考えます。





自転車で行けばいいじゃないか。


こういうアホみたいな考え方をしているから痛い目に遭うんですよね笑

とりあえず先に全行程を公開しますね。

全行程

正直いってどこに行ったとかどんな感じだったかを書くのはこの記事に対してふさわしくないので割愛します。

そうだな、大須が結構ボリューミーで良かったのと、金城ふ頭のリニア・鉄道館が楽しかったってことだけは言っておこうかな。あと金城ふ頭付近外国人多すぎ、みんな名古屋城方面に行きたがってたから、めっちゃ道案内したわ。


さて、この行程を見てわかると思うのですが、最終日に名古屋から京都まで一気に帰るんですよね。

ほんと終わった今だから言えますけど、バカすぎる。
絶対に体力が残っていないはずなのに特攻しすぎです笑


加えて、3/13の愛知・岐阜のコンディションは最悪で、
天気は快晴だったものの風が非常に強い。平均風速は6m/s、最大瞬間風速は15m/sにも達します。

しかも!
季節は冬ですから、西高東低の気圧配置。つまり風は北西:私が帰ろうとしている方向からやってくるので基本向かい風なんです笑

自転車自体はクロスバイクなので、ママチャリに比べると速度は出やすいのですが、クロスバイクの中でも速度が出にくくて重い車体なので、ギアを中速にしないと正直前に進むのもしんどかったです笑

最初、あまりにも前に進まなかったのがサドルが低くてエネルギーを効率よく伝えられていなかったからだと思っていたのですが、サドルを高くしても速度が出やすくはなったもののいかんせん進まない。



さらにさらに!
名古屋〜京都の断面図は次のようになっています。

名古屋→京都

1つ目の峠が岐阜→滋賀の県境越えである関ヶ原付近、2つ目の小さい峠が滋賀→京都の県境越えである逢坂山です。

これを見ればわかる通り、出発地と到着地で標高差がかなり違うんですよね。
到着地の方が高くなっています。

つまり!
帰り道は上り坂の方がめっちゃ多いということなんです!

往路での関ヶ原越えが(しんどかったけど)なんとかギリギリ行けた僕に対して、復路ではさらに険しい上りを要求してきたんです。

ほんとこんなところで合戦するな


つまり私を囲った状況はこんな感じです
①最終日でそこまで体力万全じゃない
②強風でスピードが出ない
③往路より復路の方が道が険しい

もう1回言います、お前はバカすぎる。


案の定、ナビが想定する到着時間はどんどん遅くなります。
私もなんとか頑張ろうと思っていたのですが、関ヶ原の手前の養老付近にてちょっとしんどいなぁって思い始めてしまったのです。

輪行袋を買って、新幹線で帰るという手もあったのですが、ここまで来てしまってはもう遅い。体力はない。日は暮れていく。。。ほんと、リニア・鉄道館で印刷したこの切符をめっちゃ使いたかった、、、!

乗せてくれ、マジでほんとに。



そんな崖っぷちの私に残された最終手段がヒッチハイクだったんです。

養老SAの付近で無理だな〜って思ったのですが、このSAはスマートインターになっていて、車両がここからも出入りできるので、か弱な親指を突きあげて車を待ち始めました。

ヒッチハイクを始めてから約10分。最初の一台が止まってくれました。
車内には母娘が乗車していました。京都方面に向かいたいと伝えたのですが、残念ながら親子は高速に入らずに下道で名古屋方面に向かうみたいで、残念ながら無理でした。

ヒッチハイクですから、断られて当然。それ以降も諦めずに道路に立ち続け、さらにはSAの中にも入って、15台ぐらいの車に声をかけましたが、どの車も自転車を置く場所がなかったりなどで全部断られてしまいました。




全部で40分くらいは粘ったでしょうか。
もう無理だなと思ったのと、若干風が弱まってきたので先に進もうと思いました。

養老SAから自転車に再び乗車、因縁の関ヶ原方面へ向かっていきます。
この関ヶ原越え、下道では国道21号線でのみ越えられるので、行きも使っています。途中でふくらはぎをつって道中のラブホの前で悶絶していた記憶があります。だからすごおおおおおおおおおく嫌な気持ちで向かっていきました。


走っていくこと十数分、いよいよ上り坂にかかり始めたのですが、あまりにもキツくて再び挫折。

ここを通る車なら、滋賀方面に抜けていく車も多いだろうと思い、再びヒッチハイクを始めました。しかし、自転車という重荷を抱えている見ず知らずの人なんかそりゃ僕でも乗せません。

車が何台も通り過ぎていきます。









でも!!!!!!!!

反対車線から軽トラックがハザードをつけながらUターンして止まってくれました。そして途中の彦根まで乗せてくれることに!


初のヒッチハイク成功です。
20代前半の優しい兄貴が乗せてくれました。岐阜で仕事をした帰り道だったみたいで、一度は通り過ぎたのですが、どうやら僕が自転車をパンクして困っていたんじゃないかと思って、自転車だから多分乗せてくれることも少ないだろうし、こっちは軽トラックだから乗せられるしっていうのでわざわざ戻ってきてくれたんです、、、、!

はあ、なんて優しい方なんでしょう。
でもごめんなさい、パンクじゃなくてただの死にかけのクソダサです笑

荷台に自転車を乗せ助手席に座ります。

車内では、乗せてもらった分ちゃんと話題を提供しなきゃと思い、バーテンダーのバイトで培ったコミュ力を駆使していろいろ話しました。

僕については、たとえば大学のこと・バイトのこと・将来のこと。
相手方については、されてるお仕事のこと、付き合ってる彼女さんのこと。

そして案の定僕の恋愛相談笑笑

でもおかげで楽しく関ヶ原を越えることができました。
彦根市内の琵琶湖海岸のコンビニまで乗せてもらい、下車。

インスタを交換して、今度機会があったらうちのバーに来てくれるそうです。

誠心誠意注がせていただきます💪







人間は限界だと感じたときに成長することができる。

今回のヒッチハイクでそう感じました。
そして自分も捨てたもんじゃないなと。限界だからこそ自分の新しい側面を見つけることができました。

国道21号線は僕の中で一生、「ヒッチハイクできたといういい思い出」と「2度と使いたくないという悪い思い出」が交錯し続けることでしょう。







そして、乗せてくれた彦根の兄貴、もといお兄様。
こんな死にかけの僕を救ってくれて本当に本当にありがとうございます。

お兄さんのおかげで私はまた1つ成長することができました。
どうか、あなたの人生に幸があらんことを。




そして、今度は私が人を救う番です。
車に乗っているときに親指を突き上げている人がいれば、たとえ逆方面であれ乗せます。

だから、全国・全世界のヒッチハイカーよ。
ヒッチハイクするときは僕にLINE入れてね。



思ってもみなかった成長を感じられた、3日間の旅行なのでした。



P.S.
ところで、峠越えの途中にある大量のホテルを見て思ったのですが、人間って峠越えをしているとムラムラしてくるものなのですか?



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