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誰だって独りぼっちになる隙間なんてきっとないのだ

しっかり手に取って読んでみたいと思うけれど、難しくて…と思う本に、古事記があります。
うちにあるのは岩波少年文庫の「古事記物語」。

学生時代、バレンタインデーのお返しにもらいました。
もらった時には、なぜ古事記?ちょっとあっけにとられたけれど、いい人だったなあ。
「あなたたちとても仲良しだけど、お互いに全然その気ないよね」
と周囲から呆れられたこともあります。
卒業後はやりとりが自然に途絶えたけれど、その後の人生、幸せだったのかなあ、と時々思い出します。

ともあれ、あらすじをおいかけるのに便利な少年文庫版の他に、もう少しグレードアップしたものが欲しくなり、調べた結果、面白そう、と思ったのがこちら。

全3巻。とりあえず1巻読んでみようと図書館から借りだして初めて、この本がマンガだと知りました。
マンガはきらいじゃないけれど、歴史マンガはあまり得意じゃないな…。
まあせっかく借りたから、ちょっとだけでも読んでみよう。
ということで、読み始めましたが…
これが面白い!
結局全3巻を買い求めました。

現代語ではなく原文のまま。
ただしすべての漢字にフリガナがふられ、欄外に明快な注や解釈が書かれています。
絵は比較的シンプルな線画で、ボールペンで描かれています。

最初は注を追いかけながら読んでいましたが、絵の力でなんとなくストーリーがわかるので、途中からほとんど注を使わずに読み進め、1日1冊、3日で読み切りました。

なぜボールペンで描いたのか。
その答えが、第三巻のあとがきに書かれていました。

さらに、原文に親しむにつれ、普段使っている付けペンではなく、もっと身近な筆記用語で描いてみたい、と思うようになりました。固有の文字をまだ持たない国の言葉を記すことは、いかに大きな挑戦であった事でしょう。千三百年の間に、文字だって絵だってこんなに簡単に記せるようになりましたよ、と報告したくなったからです。まあ「古事記」に関わった方々に実際に報告できるわけではないのですが、とにかく全編ボールペンで描いてみる事にしました。

出典元:こうの史代『ぼおるぺん古事記 三 海の巻』平凡社

話がちょっと逸れます。
絵を描くことは昔から好きでした。
久しぶりに描いてみたくなり、娘に以前教えてもらったデジタルお絵かきツールibisPaintを起動して、ボールペンツールを選んで季節の花の絵を描いてみました。
が‥‥。
文章と同じで、絵も毎日描くことが大事かも。ちょっと頑張ろう‥。
簡単に描けそうに見えるこの作品の絵の確かさを、あらためて認識した結果となりました。

ぼおるぺん古事記の印象的な場面をいくつかご紹介します。
といっても、紙面は載せられないので、文章での説明となります。
うまく伝わればいいのですが。

大海原をおさめるよう言い渡された須佐之男命。亡くなった母を恋しがって世界に異変が起きるほど泣きわめき、とうとう高天原を追い出されます。
根の国に向かう途中、姉の天照大神に会いに行きますが、何か悪いことを企んでいるのではと姉に疑われます。そこで互いの持ち物を交換し、神を産むことで、どちらが産んだ神が優れているかを競争します。
天照大神が生んだのは女神3柱。須佐之男命が生んだのは男神5柱。
ここで天照大神は、持ち物を交換したのだから、自分の子は男神だと主張します。

なぜ最初に持ち物を交換したのか。
なぜ天照大神は、自分の子は女神ではなく男神だといったのか。
以前からよくわからないと思っていた場面ですが、この作品の絵は、弟に侮られまいとする女神の複雑な気持ちをうまく表現しています。
勿論作者の解釈に基づいているのだと思いますが、あ、なるほど、こういうことだったのね、とすんなり納得できる場面です。

もう一つ、天岩戸の場面をご紹介します。
弟、須佐之男命の乱暴に耐えかねて、天岩戸にこもってしまった天照大神。この世は闇に覆われ、困った神々は知略を駆使して岩戸から女神を引っ張り出すことに成功します。
「ぼおるぺん古事記」では、岩戸から出てきた天照大神を囲み、神々が喜ぶ場面が描かれています。ここで天照大神が照れながらうつむいて微笑む様子が、なんともかわいらしいのです。
古事記には「天照大神は照れて笑いました」とは書かれていませんが、実際にこんな感じだったんだろうな、と天岩戸神話がぐっと親しみをもって迫ってくる場面です。


古事記は今から1300年前に、中国の文字である漢字で書かれました。今は、筆より簡便な筆記用具があり、漢字の他にひらがなもカタカナも、なんなら数字もあります。そんな今の世界の古事記を、ボールペンで描いてみたくなった作者の挑戦がたどりついた先が、圧巻です。
再度あとがきから引用します。

ボールペンを選んだおかげで、どこでも描く事が出来ました。誰も歩いていない町でも、風にも雲にも日差しにも川にも、神々が宿っているのでした。いつだって、誰だって独りぼっちになる隙間なんてきっとないのだ、と思いました。

出典元:こうの史代『ぼおるぺん古事記 三 海の巻』平凡社

森羅万象、いたるところに神々がいる。誰かが独りぼっちになる隙間など、どこにもない。いつでも、どこにいても神々が一緒。
なんとも魅力的な世界観 なのだろう、と思いました。

ぼおるぺん古事記の全3巻に描かれているのは、古事記全体の1/3「神代編」です。残りの2/3もいつか描くと書かれていました。
それを楽しみに待ちたいと思います。

補足:
この本を最初に知ったのは、以下の記事からでした。
私が書ききれなかったこの本の魅力が、別の視点から伝わってきます。

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