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私は今日も、くまに愛を伝える

「生んでくれてありがとう」「大好きだよ」

感謝や愛を言葉で伝えることは、なぜこんなに恥ずかしく感じてしまうんだろう。本当に伝えなくてはいけない人の前では「きっと伝わってるから言わなくてもいいよね」「また今度にしよう」なんて思って、言葉にすることから逃げてしまう。私はずっとそうやって生きてきた。


しかし、私のお母さんは真逆だった。私と違って昔からよく言葉で愛を伝えてくれた。子供のころから私は、どうしたって恥ずかしくて「うん……。」と呟き、照れ隠しでいつも違う話をしてはぐらかす。そんな私をみて、お母さんはいつもニコニコしていた。「私が結婚するとき、結婚式のお手紙で全部伝えるよ」なんてことを子どもながらに考えていた。

私は今、実家を離れ東京で一人暮らしをしている。いつまで経っても口にできない感謝の気持ちを、私はプレゼントに託すようになった。誕生日、クリスマス、バレンタインには決まってプレゼントを贈っている。よく贈り物をするようになったのは、12年前のある出来事がきっかけだ。

高校1年生の冬、母に贈ったもの

私は学校の授業が終わると同時に、足早に校門を出る。今日はお母さんが入院する日だ。きっと心細いお母さんがベッドで待っているだろう。私は雪が好きだけど、足にまとわりつく今日の雪はやけに鬱陶しい。私は息を切らしながら、ショッピングモール行きのバスに乗り込んだ。


お見舞いの品は、もう心に決めていた。一目散に売り場に行き「これ、ラッピングお願いします!」。そういって店員さんに手渡したのは、灰色のくまのぬいぐるみ。以前お母さんと一緒に買い物に来たとき「このくまかわいいねー!」とお母さんがおちゃめに言っていたものだったから。灰色くまさんを抱きしめながら、私はすぐに病院に向かった。ラッピングはもうぐしゃぐしゃだった。


病室には、ベッドで静かに休むお母さんがいた。私は、どうしても震えてしまう声をごまかすように、すぐに灰色くまさんを渡した。「早く良くなって、戻ってきてね」「絶対に大丈夫だよ」。私からは口にできない気持ちを、灰色くまさんに託した。「わー!あのかわいいくまさんだ!!」しんと静かだった部屋に、甲高い声が響く。


お母さんは、私の想像以上に喜んでくれた。むしろちょっと呆気にとられた。人に贈り物をして、こんなに喜んでもらったのは初めてだったから。お母さんは笑っている。私の贈り物で元気になってくれたんだ。

病院を出ると、上も下も真っ白だった。街頭に照らされたぼた雪が、きらきら光って雪の上、また雪の上。「きっと、大丈夫!」。そうつぶやいて、空になったラッピング袋をぎゅっと抱きしめる。新雪をサクサク鳴らしながら、病院を後にした。

それからの私は、よく贈り物をするようになった。花束、雑貨、ケーキ、クリスマスにはオーナメントを。あのときのように、お母さんに喜んでほしくて。ありがとうの印として。

一人暮らしになってからは、宅配便で送るようになってしまったが、お母さんは必ず私が贈ったプレゼントをきれいに並べて写真を撮り、私に送ってくれていた。喜んでいる姿が、文面からでも十分伝わってきた。私があげたものはいつだって、全部大事にしてくれているんだ。あのときあげた灰色くまさんは、今もリビング中央に飾られている。


今年の誕生日

今年は久しぶりに、直接プレゼントを渡しに行くことにした。高校生ぶりだろうか。今年の誕生日は平日だけど、関係ない。今年は、去年と違う。

プレゼントは薄ピンクのチューリップとかわいいくまのケーキ。実はクリスマスもバレンタインもサボってしまったから、お詫びにお母さんの好きなオロナミンCもつけておく。

久しぶりに実家に戻った。いつものソファーに座りプレゼントを準備し終えると、私はお腹から声を出した。
「60歳、お誕生日おめでとう、還暦だね!乾杯!」。私が手に持つ瓶と、テーブルにおかれた瓶がぶつかり、コツンと静かに響いた。ケーキの箱を開け、くまのケーキをお披露目。「最近、近所にできたおいしいケーキ屋さんのケーキだよ!」。そう言って私は、灰色くまさんの前にケーキを並べる。「今日はチューリップも買ってきたよ!」。そう言って私は、灰色くまさんの腕にチューリップを乗せる。

返事はない。笑い声も聞こえない。オロナミンCがシュワシュワと、遠慮がちに鳴っている。

今日はお母さんの誕生日。でも主人公は、もうここにはいなかった。「結婚式のお手紙」で伝えるはずだった言葉は、もう届かなくなってしまった。1年前、言葉を届けられなくなってから言葉を届けなかったことを後悔しだす。贈り物に乗せてばかりだった私の気持ちは、お母さんにしっかり伝わっていたのだろうか。

下まつげに、かろうじて留まっていた涙があふれた瞬間、ニコニコ笑う灰色くまさんと、写真の中で微笑むお母さんが目にうつった。

あぁ、わかった。お母さんは全部知っているんだ。これが、お母さんの微笑みだ。恥ずかしそうに照れる私、お母さんを想って泣く私。言葉が無くてもつい態度に出てしまう、そんな私を見て、いつまでもニコニコ微笑みかけてくれるんだった。

私はくまのケーキを口に入れ「美味しいね」とつぶやいた。甘ったるいチョコレートのクリームが塩気と混ざって丁度いい。もう私の言葉は聞こえないかもしれないけど、それでも言わせてね。

ありがとう、大好きだよ

この記事は、オンラインキャリアスクール【SHElikes】のWebライティングコース「エッセイライティング」の課題で実際に書いた記事です。課題提出後に添削いただき、加筆修正いたしました。
【課題の概要】
テーマ:家族と贈り物にまつわるエッセイ
想定読者:20代後半〜30代男女
依頼背景:毎月1日を「家族の日」として制定したい。この日に合わせて、読者が「家族のことを考え、贈り物をしたいな…」と思うようなエッセイを掲載したいです。直接的に”贈り物をしましょう!”と言及する必要はありません。大事な家族のことを考え、思い出してしまうような、家族と贈り物にまつわるあたたかいエッセイをお願いいたします。
文字数:2,000〜5,000字程度
与えたい読後感:家族に対して思いを馳せる。あたたかい気持ちになる。

課題bookより一部引用

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