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Slackに書き込んだらシブヤの中心で高砂を叫んでいた話(コミュニティの話ですよ)

「やー、和樂web大好きなんですよー!あ、noteとかも書いちゃっていいスか?!やっちゃいますよ!!」

2019年春、鼻息荒くそんな大口を叩くヤツがいた。......ワタシだ。

初めて訪れた小学館さんの会議室で、外部ライターとして面談して頂いた時のことであった。
それから3年が過ぎたが、私が書いたnoteはたった1本、和樂web全体で数えてもほんの数本。挙句、自分で提案した記事すら書けずに「落とす」という打首びモノの失態まで犯した。
どの辺が「やっちゃいますよ!!」なのか? オマエまじでちゃんと仕事しろよ……である。

そんな外部ライターの小俣と申します。
今日はワタシの記念すべき(?)note記事第2弾にお付き合いください。

そうそう、「コミュニティ」の話を鳩さんに続いて書かせていただくんだった。

最近またよく聞くようになったこのキーワード。
鳩さんはmixiを例に解説してくれていて懐かし&わかりやすかった。

個人的にはコミュニティは居心地の良し悪しが肝だと思っている。
どんなビジョンや心惹かれるコンテンツがあっても、環境や関係がしんどかったら参加し続けられないなぁと。
「どっか他を当たろう……」と、忍耐のないワタシはその場からオイトマしてしまう気がする。そしてきっとそういう人はワタシだけではないだろうなぁとも。

なにも人間関係がギスギスしたネガティブな環境でなくても、メンバーの消滅は起こる。
例えば、運営者が過剰なまでに丁寧に対応してくれると、こちらは参加者ではなく「お客さん(鑑賞者)」のまま。いつまでも自分からはアクションせず結局何も起きない場になっちゃったり、熱狂できなかったり。時に丁寧すぎることは相手の負荷にもなるから、真面目な人ほど「私もちゃんと反応しなくちゃ…」とプレッシャーを感じてツラくなることがあるかもしれない。相手を信じて手放す勇気というか、委ねる心が必要なんだと思う。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」って本当だなぁと、身に覚えしかないワタシは先達の言葉を思い出すのであった。

各々が自分のペースで楽しくやろうや!と思える環境って大切だ。
だけど「良い塩梅」ってヤツを生み出すのは案外難しい。
その点、和樂webは絶妙でめちゃくちゃ居心地が良いのだ。

まずもって、記事も書かずにウロつく手合いが何年もSlack内に生息しているのを見逃してくれる懐の深さが有難しなのだが、ちゃんと仕事している人もそうでない人もついつい立ち寄りたくなる場所になっているのが素晴らしい。
雑談や趣味など業務以外のチャンネルで発言するもしないも自由。発言した時にスルーされても別に気にならない(「不適切だったかしら...」と不安になる場も過去に経験したことがあった。でもここは誰も声を出さなくても生暖かい空気が流れていて、オンライン上...その上テキストだけ!でもこんな環境が育まれるのかと驚く。いわゆる「心理的安全性」ってヤツが大変高い)。

いい感じのスタンプもいっぱいあるから、ポチっとリアクションするだけでも楽しい。体調が悪かった時はひたすらスタンプを押しまくるSlack座敷童と化していた。具合悪いなら寝てりゃいいのに、つい見に行っちゃうのよね。書き込む側の時も、最近お見かけしないなぁという方が気の利いたスタンプをひとつポンっと置いていってくれたりなんかすると、日がな一日ニヤニヤして過ごしてしまう。

そして何より楽しい場を支えているのは、多様性を積極的に面白がってくれるマインドにある気がしている。
伝統とか古典とかオイソレと発言するとお叱りを受けそうなハードル高めに見える日本文化の話題も、思いつくままに投げかけられて、同じくニワカ勢(失礼w)の人を巻き込んだり、先達が惜しみなく知恵を貸してくれて話が広がったり、おしゃべり大会が始まる。

先日は「室町時代の能楽はロックフェスだったのでは?」という記事に興奮し、雑談スレに書き込んだ。
執筆者の給湯流茶道さんをはじめ、ビジュアル系バンドが好きな人、ライブ経験のある人、歌舞伎やお能に詳しい人、映画「犬王」を見てきた人、とりあえずスタンプ押してみたおじさまなどが集まって大いに盛り上がり、気付けばコメントの数は数百を超え、リアルに集まる能楽上映会を開催するまで発展。

いざ能楽鑑賞!とシブヤのカラオケボックスに出かけ、生まれて初めて某巨大ハニートーストをほおばり、最後は謡曲「高砂」を大合唱(←全員初心者)してきた我々一行であった。

イベント首謀者の給湯流茶道さん(左)と小俣(右)
大変立派なハニトーは、給湯流さんと編集スタッフくろりんさんの共同作業で解体された。
祇園精舎の鐘の音が聞こえそうな姿である。
Slackに写真を貼ったら「もののあはれを感じました」という声が届いた。

※この集会での気付きや考察は、近く和樂webにて給湯流茶道さんが記事化してくれる予定。乞うご期待!

もはや好奇心とノリしかなかったのだが、「ここで声をかけたら、きっと面白がってくれる人がいる!」そんな環境があると人生は楽しくなる。「人生」なんていうと大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、ワタシは「生きててよかったなぁ楽しいなぁ」という気分になった。
加えて、いろんな意見をうかがえて楽しむ幅が広がったのも嬉しい。同意じゃなく反対意見だって面白がってくれる。このニワカがぁ!なんて野暮なことは誰も言わない。
別に共感しなくったって共存できるし、その方が豊かで楽しいと実感させてくれる体験だった。

この感覚って、まさに今言われているコミュニティや共有地のあり方なんじゃないかという予感がしている。
集合知だDAOだと話題になるWeb3の世界や利他の考えに通じるものもあるのではないだろうか。

聞くところによると、和樂webでも新しい場作りを考えているところらしい。
今はまだコンテンツ作りをする人たちだけの集まりとなっているが、広く一般に開かれた形を模索しているのだとか。
今回、お能×ロックのイベントをやってみて、異業界オタクの掛け合いにはドラマと発見がたくさんあると気づかされた。真剣に面白がって生きてる人の話は本当に面白い。もちろんワタシのように好奇心とノリでその場にいるだけだって十分に楽しい。
この輪がもっと広がっていくことを思うと、今から楽しみで仕方がない。
乞うご期待!

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※一応言い訳をさせていただくと、小俣は3年前からジワジワと体調不良が始まり、昨年の夏にはとうとう腰の痛みからスマホすら持ち上げられない病状になった…という事情もありまして候。Slack座敷童すらままならず、書きたくても執筆できなかったのょ。(今年春に回復!です。) 和樂webには仕事のできる人、面白い人がたくさんいて、もちろんゴロつきばかりではない。ので、その点誤解なきようお願い申し上げまする。
しんどかった時、この辺りの事情を詳しくお伝えせずとも首をはねずにいてくれた編集部のみなさん懐が深すぎてもはや大容量クラウドやんと思っている。

まぁしかし、健康体の今も自分で宣言した締め切りはとうに2時間過ぎている。いっそハワイあたりで昨日を生きていることにしたい。編集担当のChiakiさんが、にっこりと菩薩の微笑みを返してくれると信じながら、原稿を提出するところである。なむ


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