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006 やまに籠るという話

皆さんは蚕という昆虫をご存知だろうか。
蚕は完全な家畜昆虫と言われており、人が絹をとるために改良した昆虫だ。
地域を舞台に仕事をしていると、養蚕の話がよく出てくるので知識としては知っていたのだが、実際どのような作業や昆虫なのか知りたくて、友人のお手伝いに行っている養蚕農家さんにお願いし、初めてお邪魔したのは2013年の5月だったと思う。

愛知県新城市の里山の中に、その養蚕場はある。そこには、養蚕農家のじっちゃんとばっちゃんがいて、とても穏やかな時間が流れている。養蚕場に入ると、涼しい里山の風がさーっと吹く広い倉庫のような部屋があり、そこに腰くらいの高さの台が何台も並ぶ。その台の上に、緑の桑の森が広がる。桑の中から「パチパチパチ」と葉っぱを食む音が聞こえてきたのを、今でもはっきりと思い出す。

私が覗き込むと、蚕たちはびくっと体を震わせて、体を曲げてクネクネと動き私の顔を確認しているように見えた。蚕は基本的にその場所から逃げ出すことはない。人間が桑を与えてくれるのをじっと待ち、桑が来たらパチパチと食む。
「眠(みん)」と呼ばれる脱皮を行うときは、じっと空を見上げるように眠り、動かなくなる。そして、また新しい自分に脱皮して、桑を食むのだ。

とても静かな時間だ。静かだけど穏やかな時間。もしかしたらそこには時間は流れていないのかもしれない。

虫が苦手な人は何万頭という数に最初は圧倒されるかもしれないが、だんだんとこの虫の愛おしさに気づく。
真っ白な体を持ち上げて、じっと桑が来るのを待ち、逃げることもせず、桑が来ると嬉々として食む、やがて上に上にと天を目指すように登り始め、美しい繭を作る、たとえ孵ったとしても物も食べず、飛ぶこともなく、次世代を残して死んでいく。1ヶ月半ほどの生涯だ。
生み出した繭は絹になり、100年以上も利用されることもある。たった1ヶ月半で、100年持つものを生み出す。その生涯は短く儚いが、とても尊いものに感じる。

昔の人は、この蚕を「おかいこさま」「おこさま」と呼んでそれは大事にした。貴重な収入源だったこともあるが、じっちゃんや、ばっちゃんの育てる姿を見ると、それを超えた特別な存在であることがわかるし、なんとも言えない愛おしさが込み上げてくる。蚕を育てた人ならきっとわかるのではないだろうか。
農山村に蚕を連れて行くと、蚕を育てるのは大変だったと口を揃えていうけれど、それでも蚕を見せるとみなさん懐かしそうに大事そうに蚕に触れる。

蚕が繭を作ることを「やまに籠る」というのだとばっちゃんに教えてもらった。天を目指しやまに籠もった蚕たちは、どんな夢を見ているのだろうか。美しい何者かになれると信じて、そっと眠っているのかもしれない。

先日、蚕仲間の友人がこの渦中の中仕事に行かなくてはならず、STAY HOMEできないことを知った私は、彼女を守ってくれるようにと蚕のお守りを作って渡した。きっとやまに籠る名人の蚕たちが友人を守り、そして、この苦境が終わった後、世界が素晴らしく生まれ変われますように、という願いを込めて。


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