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ミッドナイトカット

手首に這っている。それは今も変わらず。
消し去りたくて掻きむしったら、新しい赤が糸を引いただけだった。
愛した日々も、人も、物も、消えては産まれるこの世界で、私は息をする。
全てが正しい、この世界で。
そこに、私は居ない。
私の人生に、続きがあるとするならそこは、どんな場所だろう。和やかな空気と笑い合える場所だろうか。忙しない哀しみに押し潰され、独り涙する場所だろうか。
そのどちらにせよ、抱きしめてくれる両腕が存在するなら、私は私の続きを知りたいと思える。
ただ盲目に、目の前の優しさに包まれていたいと思える。
誰かが私に向けた笑顔が、鋭い刃に見えて仕方が無いのは何故だろう。
「大丈夫」
誰かの大丈夫が、私にとっての超えなければならない壁になったのは、何故だろう。
愛される事、優しくされる事、それらのどれもが当たり前でなく、尊い物であると理解しているのに。それが堪らなく恐ろしいのは何故だろう。その都度孤独を望み、“私”を装う殻が分厚くなっていくのは何故だろう。
ああ、心の奥底が揺れている。
水面のように緩やかに、それに反射する月光のようにチラチラと。
とても綺麗だ、私の心の奥底は。
あなたの心も、きっととても綺麗なのだろう。
それが水面でなく、どこまでも続く大地であったり、深緑に濡れた森であっても、同等に皆綺麗なのだろう。
遣る瀬無いヴェールが、私の身体に纏わりついて、そっとベッドに運んだ。布団の中は、いつだって大切な何かの匂いがして、私はそれに夢を見る。
隣に横たわった亡霊は、私とそっくりな顔をして、その瞳孔は暗く沈んでいた。
明日も私が笑えるように、今日の私を殺してくれたんだね。
ありがとう。
脳の奥に触れてしまえたから、私はそろそろ寝る事が出来る。
今日も生を全うした。
さようなら私、また明日、私の為に死んでくれ。
さようなら、私。

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