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2023.1.1

 実家に帰っている。おかげでずっと楽器を触るか、横たわっている。
 実家にはアップライトピアノがある。マンションの風土的に日中は引いても構わないとなっているらしく、たまによそから楽器の音が聞こえてくることもあった。ピアノを弾いていいならギターもいいだろうと思って、今年はアコースティックギターを持って帰ってきた。ちょっとピアノを弾いてはギターに移り、またピアノという具合にちゃんぽんをしている。爽快だ。
 アパート住まいの身としては、しっかり音の出る楽器を家で鳴らすわけにはいかない。エレキギターおよびエレキベースならいいだろうとたかを括っているが、それ以外はダメそうである。しかし、エレキ系のそれらも「うるさくないかしら」とびくびくしながら弾いている。ストレス。楽器可能物件をスーモで探すものの、近隣には見当たらないのであった。
 楽器を使うなら一戸建てに住むべきだろうか。もしくは室内に置ける防音室。どちらも金銭的に現実的ではないが、それさえ叶えば生活は劇的に豊かになる気がする。なんてことを考えた元旦だった。あけましておめでとうございます。

 実家に住んでいた時代、多くに縛られていた気がする。親が厳しいとかそういうことではなく、自分主体で作り出したルールのようなものだ。
 みんなと一緒にいなくてはならない、仕事を率先してやらなければならない、会話をしなければならない、タバコや酒はいけない。部屋とリビングが隣接していたせいで部屋の戸を閉める習慣が生まれず(なんで閉めてるん?と聞かれるからだ)、生活の音すべてがダダ漏れだったこともストレスだった。これは自分主体じゃないけど。
 そのストレスのせいで、家庭生活にあまりポジティブなイメージが持てない気がする。義務感や妙な罪悪感を感じてしまうからである。母親とあまり話が噛み合わないのもつらいことの一つだった。
 年末、実家に帰ったとき、酒を飲まない両親がビールを買って待ってくれていた。部屋の戸を閉めて一人の時間を
満喫したりもした。そういうことをもっと早く覚えていれば、家庭に対してもっとポジティブに、気楽にいられたかもしれない。一緒に暮らすとはずっと一緒にいるのとは違う。あくまでも同じ屋根の下で、それぞれが暮らすだである。

屋根雪をみんなで降ろしたんでした ふわふわと光る呼吸が好きよ

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